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三柱の世界
暴走プロポーズ
しおりを挟むこんなとこでのんびりしていて良い身分じゃないんだよルークスさんは。
ついマ○カーに興じてしまったけども、そこな皇族はお仕事に行かなくていいのかいと水を向けてみる。
「ここに居ると【目】の監視を遮断できるんだ。まあ、こちらからも使えないんだがね」
「……誰に監視されてるんですか?」
「ああ、姉に。姉君も皇族だから固有スキルが使える。私より強力な【耳】も使えるから厄介さ」
「傍迷惑な姉弟ですね」
お互いに諜報活動しまくりじゃないか。
固有スキルって便利だけど一歩間違うと個人情報筒抜けで人間関係悪くなりそう。
「さすがに丸一日だと…私は行方不明扱いにされてるかもな。ははは!」
と、笑いながら言うことじゃないよね。さっさと姉君とやらに連絡しなさい。
私は玄関の鍵を開けて外へルークスさんと一緒に出た。
アザレアさんは家の中に残したままだ。夕御飯をつくってくれている。
外はまだ明るいが時刻にしたら夕暮れどきである。白夜にはなかなか慣れない。夜九時くらいまで明るい生活って体内時計が狂いそうになるんだよ。
『あら、ルーちゃん?なんだか遠いわねえ。どこにいるの?』
何もないはずの空から女性の声が降ってきた。
おお、この可憐な美声が姉君とやらの声だね。まるで声優さんのように綺麗な声だ。姿は見えないのに声はするというこの状況、前にもあったなと思い出す。
アザレアさんが本体から離れて霊体の状態で話しかけてきた時のことである。
あれはアザレアさんが近くにいればとても身近に、それでいてクリアに声が聞こえたんだけど…今のこの状況は、なんか違う。声が遠いのだ。
遠くの方からの声を頑張ってお届けしてますううううってかんじ。一瞬途切れたりもするし。すぐまた復活するから聞き取りに不自由はしないけれど。
てか、まさかこれも固有スキルってやつだろうか。
スキル、何個持ってるんだこの姉弟…。
「姉君、聞こえるか?連絡遅くなってすまない。色々あって………
嫁ができた!ハツネって言うんだ」
ぶふーーーーーーーー!!!
この男はなに寝たぼけたこと言ってんの?!お姉ちゃんの声が降って来た方、空の彼方を仰ぎながらなんつーこと言うんだこやつは…!
『まあ嬉しい。ルーちゃんたら、その手の話ぜーんぜんしてくれなかったから、姉さん心配だったのよう』
ちょ、姉ちゃん喜んでんだけど。
これ早く撤回しないとヤバくないか。
「ルークスさん、姉君を糠喜びさせちゃ駄目ですよ。誰が嫁ですって誰が」
「ハツネ殿だが」
「撤回を要求します」
「未亡人になっても良いというのか」
「結婚してないのに誰が未亡人ですか誰が」
「だからハツネ殿が」
「嫁になった覚えはありません」
「じゃあ結婚しよう」
「はい。て、えええ?!何いきなりぶち込んでんですかあああ」
思わず頷いてしまったじゃないかこんちくしょーい!
「可愛いハツネ殿、生涯をかけて君を愛すると誓うよ。私と共に居てくれ」
そう言って跪いたルークスさんが、私の右手をとって甲に口付けた。
跪いたルークスさんは片膝で背筋ピーン。スッと伸ばした腕は長くてそれでいてスマートに私の右手を掴んでいて、そこに接吻…!
こ、ここ、これはもしかしなくともプロポーズというやつでは?!
薔薇背負ってる少女漫画でよくある王子様からのプロポーズとかいうやつではないか?!
王子ぃぃぃじゃなくて皇族だっけ。しかしロイヤルぶりは変わらない。
高貴な人物からのプロポーズを認識した途端、耳まで真っ赤に染まった私は、息が詰まってしまい咄嗟の返事も出来ない。何これ。胸が苦しい。
「はうぅ…こんな…こんなことって……」
「…………嫌かい?」
嫌?そんな気持ちは一欠片もない。
むしろ喜びで胸が詰まって張り裂けそうなくらい苦しいのだ。
「嫌じゃ…でも私たち、お付き合いもしてないのに……」
そうなのだ。体ばかり繋げてしまって付き合ってすらいない。普通はお互い知り合う為にもデートしたり手を繋ぐとこから始めるもんじゃないかなあ。
…今更だけど。
『まあ!ルーちゃんたら付き合ってない彼女にプロポーズしたの?!
あなた達、一体どういう関係なのかしら?』
ほーらほら。お姉ちゃんに疑惑を持たせてしまった。
やっぱ、どこの馬の骨とも知らない身分の低い女にプロポーズしちゃ駄目だよ。
「姉君、前に話しただろう。ハツネ殿は異世界人だ。我ら皇家にとっても関係が深いはずだ」
ルークスさんは立ち上がり、何もない中空に向かって再び声をかける。
『え?!あら…そう、そうなのね………』
お姉ちゃんの声が沈んでしまった。驚きよりも懸念の方が大きいのかもしれない。
異世界から来た人間だと聞かされただけでも衝撃なのに、更に嫁にするとか正気の沙汰じゃないもんなあ。
『ハツネさんと言ったかしら』
「はい…」
美しい声が私に降り注ぐ。とりあえず返事をしてしまったけど、どこ見て喋ればいいのかは分からないので、適当に声がする空を見上げた。相変わらず遠い感じ。
『弟が暴走して御免なさいね。ちょっと直情気味で自意識過剰な子なの』
言われてるぞ暴走皇族。
『でも良い子よ。姉の欲目かもしれないけれどハンサムだと思うし』
お姉ちゃんそれ、言外に良いのは顔だけとディスってないかな。
『もし、あなたがこんな弟で良いと思うのなら…傍で支えてあげてくれないかしら』
「え、いいんですか?」
まさかのオッケーにこっちが恐縮する。
『良いか悪いかはあなたが決めることよ。結婚なんて一生を左右するものを、そう簡単に決めては駄目』
しかも至極真っ当なお言葉で、私の立場に立って優しく諭してくださる。
め、女神か?!
『ルーちゃん、お姉ちゃんお仕事あるからもう行くけど、ハツネさんとはよく相談するのよ。ご先祖様と同じ過ちだけは犯しちゃいけないわ。あと、ハツネさん泣かせたら、お姉ちゃんはあんたの方を切り捨てるからね』
姉ちゃんキビシー。
『それじゃあ、帝都で会えるのを楽しみにしてるわ。ハツネさん、いらしたら是非私のおうちにも寄ってね。ゆっくりお茶しましょ』
バイバーイと最後まで気安い素敵なお姉ちゃんだった。もう空から天女の美声は降ってこない。ちょっと残念だ。
しかしこんな素敵なお姉ちゃんがいるなんてルーちゃんは幸せもんだなあ。なぜか落ち込んでるけどルーちゃん。
「どうしましたルーちゃん」
「……その呼び名は」
「やめてほしいですか?」
「姉君にも言ってるんだがやめてくれない。でもなぜかハツネ殿に呼ばれると胸が苦しくなる」
「病気ですね」
胸が苦しいというそのお言葉通り、胸を押さえてハァハァしてる変態この皇族。呼吸系に異常が出るなんて深刻な病とお見受けする。
…て、また背後から抱きしめてくるけどこの男。
ハグだけじゃなくて胸まで揉んでくるから頭突きかましてやろうか。
精一杯、背伸びをしてみるけど、ガッチリホールドされてるから腰が曲がるだけで、頭突きどころか何の反撃もできなかった。
「野外プレイは嫌です」
「では家の中でしよう」
「明るい時は駄目です」
「分かった。今夜しよう」
「…中出ししないでください」
「それは無理だ」
「どうして…」
「君が好きだから」
えあ…?!
「君が好きで好きでどうしようもない。先祖の二の轍を踏むなと姉君にも釘を刺されたが、これだけはどうしようもない」
そう言って益々に抱きついてくるこの人の顔すらまともに見れずに鼓動だけが早くなる。首熱い。顔熱い。顔面ゆでダコ状態だよ絶対。
好きだと言葉にされたのはこれが初めてだ。こんなにも嬉しいものだったのか…。
「先祖って…さっきお姉様も同じこと言ってましたけど、それ、なんのことです?」
恥ずかしいから話題そらしたってわけじゃないんだぜ。
ただちょっと気になるというか、異世界人が皇族に関係あるとか、なんか聞き捨てならないことも言ってた気がするから、その辺まとめて教えてほしい。
私たちは手を繋いで歩いた。家のあるところは森の入口なので、そこから森とは逆の方向へ、ぶらぶらと歩きながら話をした。
「昔の話だ。先祖に傲慢な人物がいて、そいつが異世界人を拉致監禁した」
「変態の話ですか。勿論そいつは罰を受けたんですよね」
「残念ながら、皇族だったから減刑された。ほぼ無罪だ」
なんて胸糞悪い話だ。異世界人に人権は無いとでもいうのだろうか。
というか、聖霊王国の初代国王や神子以外にも異世界人が来てたんだねえ。
「聖霊王国の王族が黒髪の血統を維持できているのは何故だと思う?」
「なるほど。途中で異世界人の血が混ざってるんですね。道理で、建国して一千年経っているのにディケイド様の血が濃いと思いました」
ディケイド様の白髪まじりだけど真っ黒な髪と、ちょっとのっぺりな和顔を思い出して納得する。
「聖霊王国は神に愛されし国だ。血統が薄まってしまった頃に異世界人は都合よくやってくる。"双陽神の采配"だと神子も言っていた」
「へえ~じゃあ、私がこの世界に来たのも"双陽神の采配"とかいうやつですかねえ」
「君だけは謎だな。今までの異世界人は必ずと言っていいほど聖霊王国内に現れている。君は…ずっと帝国に居るだろ」
その通りだね。神様からのプレゼントっぽいあの家が最初にあったのは帝国内だ。今も帝国内に居る。
そういえば帝国帝国いってるけどこの国の名前ってなんて言うんだったっけ。改めてルークスさんに尋ねる。
「この国はナハルマタ・スカサイリア帝国という。世界で一番巨大な国だ。聖霊王国とは中央部アダシュラ自由都市を挟んで交易や外交が盛んだった」
やっぱ長い国名だ。覚えれる気がしない。
今の今まで忘れてたんだから二度と覚えることはないだろう。
「我が先祖の不埒者が拉致監禁した異世界人は、聖霊王国元国王ベンディケイド・ヴランの祖母にあたる人物だ」
「ディケイド様のお婆様ってことですね。ディケイド様の顔が、私の故郷の人々に似てるのも無理ないです」
「初対面の時、ベンディケイドに似ているから君を王族かと疑った」
「ああ、王族かって聞いてきましたもんね」
「おそらく君は"双陽神の采配"で、この世界に来たのだろう。なぜ今回に限って帝国だったのか…疑問だが、喜ばしいことでもあるな」
話しながら辿り着いたのは細い小川だ。小川には丸太棒を渡しただけの粗末な橋が架かっているけど、それを渡る勇気はない。手摺りはないし今にも崩れ落ちそうだったから。だから橋の一歩手前で止まる。
繋いだままの手。お互いの体温を感じとれて、とても温かい。
緩やかな風に乗って、私の黒髪が広がってしまう。
何も結んでいなかったから広がった髪は大いに乱れた。
ルークスさんが私の黒髪に触れ、撫で梳きながらまとめてくれる。そうしてまとめた髪へとキスを落とす。まるで敬愛を示すかのように…。
こういう振る舞いは受け馴れないけど、ルークスさんの立ち居振る舞いだけを見てると高貴で貴公子然としてるなあと眩しく見つめてしまうのだった。
ふと視線が合う。
熱を孕んだルークスさんの碧眼が私の心を見透かしてくるようだ。
「君の黒髪は魅力的だ。先祖が…私にとっての高祖父だが、彼が異世界人の女性に惹かれた気持ちが、よく分かる」
そりゃあこんな平顔はこの世界にいないからねえ。珍しいのがいるなと目を引かれる気持ちも分かるよ。
もしかしてそれで高祖父とやらは犯罪に走ってしまったのだろうか。
拉致監禁はヤバいよ。犯罪だよ。
「私からしたら金髪の方が綺麗で羨ましいです」
「こんな髪色は帝国には大勢いる。ありふれたものだ」
「私の故郷だと金髪に憧れて金髪の子供産みたいって女性はけっこういますよ」
言ってからしまったと思った。
ルークスさんは驚いたように目を見張ってから、私の肩を抱く。
「ハツネ殿もそう思ってくれてるのか?金髪の子供が欲しいと?!」
「あー…いや、今のは、言葉の綾ってやつで…」
「私は金髪だ。君が望む子供をつくれるぞ。さあ、つくろう。今直ぐ、つくろう」
「えあ、ちょ、落ち着いてルークスさーん」
ぐいぐい腕を引かれるので、私はたたらを踏みつつ家に向かって歩いた。
あれだけお姉ちゃんに言われても暴走皇族はずっと暴走したままなのか。
やはり彼は高祖父とやらの血筋だということか。
拉致監禁コースだけは勘弁してくれーい。
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