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公爵令嬢、愛を知るぜ
しおりを挟むああ、癒されたい……。
大叔母の襲来で心底そう思った。まだ一回しか来襲していない大叔母と言う名の人災だけど、キリアネットはこれを日常的に食らっていたのか。可哀相に……って、俺のことだよ。自分で自分の境遇に同情しちまった。
こういう時、キリアネットが訪れていた場所がある。キリアネットの私室から続く小部屋で、ウォークインクローゼットになっているのだが、その一角に王子からもらったプレゼントが置いてあるのだ。
いや、ただ置いてあるだけではないようで、そこには引き出しがたくさんついた大きな戸棚と、コレクション棚が壁一面に設置されている。
婚約してからの10年間、折に触れ届いた贈り物は、品物に合わせ適切に保管してあるのだ。
大叔母が愚痴っていた「手紙は寄越さない、贈り物のセンスもない、年に一度の会う約束はすっぽかす」というのは大叔母に対してのことで、キリアネットには王子から真心がこもった贈り物がプレゼントされている。
戸棚のクローゼット部分を開く。服がいっぱいだ。幼い頃から頻繁に頂いているので、もう着れないサイズのものもあるけれど、すべて大事にとってある。
公式ドレスは一着もなく、どれも今の社交界では見ないデザインばかり。前世の記憶を取り戻した今ならわかる。これは現代服だ。しかもややコスプレ風味の。
クラシカルじゃないフリフリメイド服がやたら目につく。セーラー服にウサ耳付きバニー服、アリス風エプロン付きワンピ、女子高生風ブレザーにブリーツスカート、ギンガムチェックのウェイトレス風ワンピ、そして着物に浴衣までも……。
これらの現代日本風な服装、キリアネットは大叔母の目が無い所にて、1人で着ては楽しんでいたようだ。
ナイス判断だぜ自分。もし大叔母に見つかってしまえば、貴族らしくない下品な服と看做され、捨てられてしまっていただろう。あの凝り固まったクラシカル大叔母には、現代ファッションなんて理解不能だからな。下手すりゃ隣国に抗議の手紙を送ってしまうレベル。
つくづく内輪に留めておいて良かったぜ。
それから、戸棚の引き出しにはネックレスに腕輪、指輪ににピアスなどの宝飾品。それに紛れて王子ブロマイド、王子アクキー、王子型クリーナー(宝石磨く用)、王子ハンカチ等々。各種王子グッズを見つけてしまったが……。
これ、なんぞ?
ブロマイド見てちょっと驚いたのは写真技術があるということ。セピア色だけど。写真集もある。王子ミニアルバム、だと?
気を取り直して。
コレクション棚に目をやる。
そこには幼き日の思い出がある。ただの石にニコニコマークが描いてあるもの、ドングリを繋げた人型らしきもの。どちらも王子お手製だ。
少し成長してからは女性へ贈るに相応しい靴やバッグもくれたが、多いのは人形だ。魔法陣が仕込まれた可動式人形。木製、陶器製、ぬいぐるみ、果ては何が素材か分からぬものまである。
どの人型も王子に似ているの、気のせいか?
最近だと等身大魔陣人形まで贈って下さるものだから戸棚の幅を大きくすることになり、そのことを手紙でお知らせしたら長柄の武器まで追加される始末。
え、これ、どうしろと?
とりあえず、等身大人形に武器を持たせてポーズをつけさせたけどさあ。
長柄の武器は先に刃が付いているのだけど、これってどう見ても薙刀なんだよなあ。うーむ。
もしかして王子ってば転生者なのかと疑う要素もりもり。けど、まだ確信はない。家臣など周りに転生者が居ての影響かもしれないし。それに、王子なんて身分の高い人だ。御用商人に頼んで珍しいものを集めさせたのかもしれない。
それにしても、王子アピール強すぎだろう。自意識過剰野郎だなと思う。でも、これは俺の感覚なだけであって、キリアネットは違ったみたいだ。
毎日の大叔母の行き過ぎた教育、お説教にお小言。多大なるストレスを感じてはここに逃げ込み、王子からのプレゼントに癒されていたのは間違いない事実。
哀し気な表情をした王子型人形を一つ、手に取る。人形の手の平に魔法陣があって、そこを握った。
(今日もまた大叔母様に怒られたわ。一生懸命やっているつもりだけど、大叔母様からしたら私は未熟者なのよね。どこがいけなかったのかしら。聞いても、口答えするんじゃありませんって怒られるし。私は駄目な子なのよ。だから、お母様もお兄様も会って下さらないのね。お父様なんて我が家に平然と愛人を連れ込むし、この間なんて愛人と観劇に行く時の待ち合わせにしたのよこの邸宅を……お母様に対する酷い裏切りだわ……)
キリアネットの哀しみの心が俺に伝わる。
それと父親、お前は有罪だぜ。
今度は怒りの表情の王子型人形。後頭部の部分に描かれている魔法陣へと触れる。
(くっそあのババアアアア!! 私ばかりじゃなくゴリンダまで叱り飛ばさなくてもいいじゃない! ゴリンダはちょっと毛深くて不器用なところがコンプレックスなのよ。ティーカップ置く時にお茶をこぼしただなんて、ほんの数滴じゃない。それをネチネチと責め立てるなんて酷いわ。失敗したことと毛深いことは関係ないわよ。乙女の事情を上げ連ねるなんて本当に卑怯。私の大好きなゴリンダを虐めるなんて、厚化粧ババアのくせに生意気よ! キイイイイ!)
おお、すごいご立腹だキリアネット。やはり彼女は無口・無感動・無表情なんかじゃない。心の中は猛吹雪で雪中行軍だ。
キリアネットの怒りの激しさにちょっと慄きながら、笑顔でハートマークを胸に掲げる王子ぬいを抱き締める。自然、ハート部分にある魔法陣が豊かな胸に押された。
(とても愛らしい人形だわ。こういうのなんて言うのだったかしら。そうそう、ヒュミエール様のお手紙にデフォルメ人形ってあったわ。愛らしいわ。抱き心地もいいわ。素敵ね。ヒュミエール様を抱き締めているみたい。きゃっ、私ったら、はしたないわ。でも、私の胸がちょうどヒュミエール様のお口に当たって……)
おおおおおお、ちょ、ちょっと、待っ、キリアネット本当にそれは、はしたのうございます……!
ま、まさか、人形を使って授乳プレイとは高度な……はぁ、はぁ……落ち着け、俺…………。
あーいや、しかし、こうやってキリアネットは、普段は表に出さない恋心や感情を閉じ込めたのだな。
淑女たれと大叔母に強制され、感情の発露も叶わぬ中、唯一、王子からの贈り物だけには心を預けれたのだろう。
(ヒュミエール様、背が伸びたのね。格好良いわ。ブロマイドではとても凛々しいお顔つきなのに、プライベートのお写真では優しい笑顔をくださるのね。お声はどうなったのかしら。心配。早くお会いしたいわ)
写真や、ちょっとした小物にまでキリアネットの喜びの声は溢れている。
王子が成長して変声期を迎え、喉が枯れたと愚痴を零したような日常エピソードを綴る手紙。何度も読み込んだらしく、紙の縁が若干擦り切れている手紙だ。
手紙は引き出しに沢山入っていた。暦毎にまとめられ、婚約してから毎年50通以上はやり取りしている。
「プレゼント発送したよ」とか「待っててね」とか、電報のような一行だけの紙片までも合わせれば、百通にものぼるんじゃないかな。
隣国とは往復で一ヶ月はかかると聞いたが、嘘だろう。これだけ頻繁に文通しているなら、何か他の手段が……。
ああ、記憶が読めた。
手紙を書いたらゴリンダに渡すのだ。するとゴリンダが王子直通の魔法陣に手紙を乗せ、送る。早ければ数時間で、遅くともその日の内に手紙なり紙片なりの返信が届くようだ。
この世界にLINEがあったら、こいつらしょっちゅう喋ってるんじゃねってくらい頻繁な遣り取りだな。
色ボケてないで公務ちゃんとしろよ、王子。
あーもう、こいつらのラブラブいちゃいちゃに中てられて俺まで変な気分だわ。熱い熱い。
結局これ、結婚不可避ってことじゃねえか。
キリアネットの気持ちを知った今、そりゃあ、おまいら、はよ結婚して幸せになれよっていう親戚のお兄ちゃんくらいの生温い気持ちは芽生えたけれどな。
でも、俺だからね。キリアネットは俺。前世は男の俺だから、無理。絶対。結婚、無理。
こうなったらもうさ、ゲロるしかないわけよ。やっぱりね。どんなに愛し合っていても、ゲロは愛する二人を引き裂く魔物と化すんだぜ。俺、信じてるゲロパワーを。
それにさ、愛してるなら、ゲロるくらい体調悪い女を気遣ってシないと思うし。
そこに運命、賭けてみるっきゃない。
よし、ゲロ吐きの特訓だ。オウエェエェ。
「気分悪いのですかおじょおおおさまああああああ」
即行でゴリンダ来たぜ。
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