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第四章
「宿泊研修一日目」
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緑、緑、緑……。
窓から見える景色はどこも緑の葉が生い茂る森だった。
気温は二十三度。それなりに過ごしやすい気温と言える。緑の中に見え隠れする青は大きな湖だろう。
良はバスの座席から窓の外をぼーっと眺めていた。流れる景色を見るのは好きだ。周りの喧騒さえなければもっと楽しめていただろうが……。
ちらりと横に座る柊真を見る。
保健室で話すようになってから、二人が"友達"という関係になるのにそれほど時間はかからなかった。相変わらず筆談と言葉での会話だが、良は柊真になにか自分と近しいものを感じていた。
しかし、バスに乗ってからは柊真はメモ帳を開かない。
「……柊真、どうかしたのか?」
問うが、柊真はメモ帳を開いて会話をしようとしなかった。ただ苦笑する柊真に首を傾げる。
「柊真君は酔いやすい体質だからね。 乗り物での移動のときは文字見ただけでも酔っちゃうんだ」
前の席に座っていた緒方の説明に、良は納得して頷いた。
筆談でしか会話できないのに、大変だな。
それが良の率直な感想であった。
「はーい、みんな、そろそろ着くからお菓子とか飲み物とか仕舞ってね。忘れ物ないようにね。ゴミは自分で持ってください」
浅間の言葉でクラスメイト達が自分の荷物をリュックやカバンに仕舞い始める。
バスは途中左折して門を抜けると、ゆっくりとスピードを落として停まった。
「はい、じゃあ降りましょう」
浅間の声がかかる中、緒方が柊真と良のほうを振り向いて言った。
「二人は最後に降りようね。良君はバスの下に車椅子積んであるから、外に出したら浅間先生が抱えてくれるからね」
「は、はい、すみません……」
緒方の説明に良が頭を下げると、緒方は笑って言った。
「気にしなくていいんだよ。歩けないのは君のせいじゃないから」
優しい言葉に、良はほっとした。
施設内に入ると、意外にも広いことがわかった。
さらに、施設内に階段は一切なく、上の階に上がる手段はスロープとエレベーターだった。
「はい、みんな静かに」
浅間の掛け声で全員が話をやめる。
「今日から四日間、お世話になる田沼ご夫妻です。よろしくお願いします」
田沼ご夫妻は三十代くらいの優しそうな人達だった。浅間の挨拶に笑顔で頭を下げる。
「えー、桜陽高校の皆さん。今日から 四日間、よろしくお願いします」
経営主の夫である人が挨拶をすると、浅間が夫妻に頭を下げ、全員に声をかける。
「じゃあ、みんなにはこれからそれぞれ割り当てられた部屋に移動してもらいます。部屋に着いたら自分のベッドに荷物を置いて、筆記用具を持って二階の講義室に入ってください。席は自由です」
良の部屋は先程集まっていたホールから広い廊下に入ってすぐ右の部屋だった。部屋に入ってからも良は驚く。
部屋は車椅子が四、五台入っても動けそうなスペースがあり、部屋の両端に二段ベッドが一台ずつ、計四人が宿泊できるようになっていた。
「意外と広いなぁ~」
クラス委員である牧野 和樹が感動の声を上げる。
「俺は二段目がいい」
和樹と同じ中学出身の梶原 幸太の言葉に、和樹は頷いた。
「わかった。じゃあ俺と幸太が二段目ってことでいいかな?」
良と柊真を見て問われたため、二人は頷いて了承した。
午前中の一通りのスケジュールが修了し、施設の外に設けられた木造の建物で自分達で夕食のカレーを作る時間になった。良の班のメンバーは、男子は良と柊真、洋介と洋介の取り巻き的存在の男子生徒、女子はクラスのマドンナ的存在の水無瀬 泉とその友人の計六人である。
「じゃあ、小野寺君と飛鳥君はここで野菜を切ってもらってもいいかな?洋介と陽はお米、私はお肉とお皿洗いをするわね」
泉の振り分けを聞いているのかいないのか、洋介がこちらを見てぼそっと呟く。
「なんでよりによって障害者二人も入ってんだよ……」
それに、取り巻きの男子生徒も揶揄するかのように笑う。
「ホントだよね。迷惑だなぁ~」
良はそんな二人の言葉に顔を歪め、しかし作業を開始する。
「柊真、ごめん。野菜一通り洗ってきてもらっていいかな?」
良が問うと、柊真もはっと我に返って頷いた。
柊真が良から離れると、洋介はさらに良を追い詰める。
「車椅子とか一番邪魔なんだよ」
「ホントホント。お家帰ったら~? 」
「ちょっと洋介! 」
そこへ割って入ったのは泉だった。
「やめなさいよ! 高校生にもなって子供みたいなこと言わないで! 」
泉の怒った表情に、洋介は頭を掻いて自分の作業を再開する。男子生徒もそれに倣った。
「小野寺君、ごめんね」
泉が謝ることではないのに、と良は思ったが、反射で頷いてしまった。
「あ。飛鳥君」
柊真がちょうど野菜を洗って戻ってきた。
「ありがとう」
良が言うと、柊真は笑って頷いた。
午後九時。良と柊真はクラスの男子が全員入り終えた風呂に入っていた。
脱衣場に向かう前、何人かの女子が二人を通り過ぎて行ったため、女子のほうが時間がかかるのだろう。
「……柊真、橋田はどうしてあそこまで俺達に突っかかってくるんだろうな……」
半ば独り言のように疑問を口にする。
「嫌がらせ?いじめのつもり?」
良の問いに、柊真はわからないと首を横に振った。
「だよなぁ……」と呟き、良は入ったときと逆の動作でお湯から上がり、柊真に手伝ってもらいながら浴場用の車椅子に座った。
髪を乾かして部屋へ戻ってくると、部屋の奥にある畳の部屋で牧野と梶原がトランプをしていた。
「あ、おかえり。二人もこっち来てトランプしないか?」
牧野も梶原もいいクラスメイトだ。牧野は優しくて気遣いができる。梶原は見た目乱暴そうに見えるが実はよく気がつく。
牧野がせっかく誘ってくれたのだからと、二人は頷いて加わった。
第四章 終
窓から見える景色はどこも緑の葉が生い茂る森だった。
気温は二十三度。それなりに過ごしやすい気温と言える。緑の中に見え隠れする青は大きな湖だろう。
良はバスの座席から窓の外をぼーっと眺めていた。流れる景色を見るのは好きだ。周りの喧騒さえなければもっと楽しめていただろうが……。
ちらりと横に座る柊真を見る。
保健室で話すようになってから、二人が"友達"という関係になるのにそれほど時間はかからなかった。相変わらず筆談と言葉での会話だが、良は柊真になにか自分と近しいものを感じていた。
しかし、バスに乗ってからは柊真はメモ帳を開かない。
「……柊真、どうかしたのか?」
問うが、柊真はメモ帳を開いて会話をしようとしなかった。ただ苦笑する柊真に首を傾げる。
「柊真君は酔いやすい体質だからね。 乗り物での移動のときは文字見ただけでも酔っちゃうんだ」
前の席に座っていた緒方の説明に、良は納得して頷いた。
筆談でしか会話できないのに、大変だな。
それが良の率直な感想であった。
「はーい、みんな、そろそろ着くからお菓子とか飲み物とか仕舞ってね。忘れ物ないようにね。ゴミは自分で持ってください」
浅間の言葉でクラスメイト達が自分の荷物をリュックやカバンに仕舞い始める。
バスは途中左折して門を抜けると、ゆっくりとスピードを落として停まった。
「はい、じゃあ降りましょう」
浅間の声がかかる中、緒方が柊真と良のほうを振り向いて言った。
「二人は最後に降りようね。良君はバスの下に車椅子積んであるから、外に出したら浅間先生が抱えてくれるからね」
「は、はい、すみません……」
緒方の説明に良が頭を下げると、緒方は笑って言った。
「気にしなくていいんだよ。歩けないのは君のせいじゃないから」
優しい言葉に、良はほっとした。
施設内に入ると、意外にも広いことがわかった。
さらに、施設内に階段は一切なく、上の階に上がる手段はスロープとエレベーターだった。
「はい、みんな静かに」
浅間の掛け声で全員が話をやめる。
「今日から四日間、お世話になる田沼ご夫妻です。よろしくお願いします」
田沼ご夫妻は三十代くらいの優しそうな人達だった。浅間の挨拶に笑顔で頭を下げる。
「えー、桜陽高校の皆さん。今日から 四日間、よろしくお願いします」
経営主の夫である人が挨拶をすると、浅間が夫妻に頭を下げ、全員に声をかける。
「じゃあ、みんなにはこれからそれぞれ割り当てられた部屋に移動してもらいます。部屋に着いたら自分のベッドに荷物を置いて、筆記用具を持って二階の講義室に入ってください。席は自由です」
良の部屋は先程集まっていたホールから広い廊下に入ってすぐ右の部屋だった。部屋に入ってからも良は驚く。
部屋は車椅子が四、五台入っても動けそうなスペースがあり、部屋の両端に二段ベッドが一台ずつ、計四人が宿泊できるようになっていた。
「意外と広いなぁ~」
クラス委員である牧野 和樹が感動の声を上げる。
「俺は二段目がいい」
和樹と同じ中学出身の梶原 幸太の言葉に、和樹は頷いた。
「わかった。じゃあ俺と幸太が二段目ってことでいいかな?」
良と柊真を見て問われたため、二人は頷いて了承した。
午前中の一通りのスケジュールが修了し、施設の外に設けられた木造の建物で自分達で夕食のカレーを作る時間になった。良の班のメンバーは、男子は良と柊真、洋介と洋介の取り巻き的存在の男子生徒、女子はクラスのマドンナ的存在の水無瀬 泉とその友人の計六人である。
「じゃあ、小野寺君と飛鳥君はここで野菜を切ってもらってもいいかな?洋介と陽はお米、私はお肉とお皿洗いをするわね」
泉の振り分けを聞いているのかいないのか、洋介がこちらを見てぼそっと呟く。
「なんでよりによって障害者二人も入ってんだよ……」
それに、取り巻きの男子生徒も揶揄するかのように笑う。
「ホントだよね。迷惑だなぁ~」
良はそんな二人の言葉に顔を歪め、しかし作業を開始する。
「柊真、ごめん。野菜一通り洗ってきてもらっていいかな?」
良が問うと、柊真もはっと我に返って頷いた。
柊真が良から離れると、洋介はさらに良を追い詰める。
「車椅子とか一番邪魔なんだよ」
「ホントホント。お家帰ったら~? 」
「ちょっと洋介! 」
そこへ割って入ったのは泉だった。
「やめなさいよ! 高校生にもなって子供みたいなこと言わないで! 」
泉の怒った表情に、洋介は頭を掻いて自分の作業を再開する。男子生徒もそれに倣った。
「小野寺君、ごめんね」
泉が謝ることではないのに、と良は思ったが、反射で頷いてしまった。
「あ。飛鳥君」
柊真がちょうど野菜を洗って戻ってきた。
「ありがとう」
良が言うと、柊真は笑って頷いた。
午後九時。良と柊真はクラスの男子が全員入り終えた風呂に入っていた。
脱衣場に向かう前、何人かの女子が二人を通り過ぎて行ったため、女子のほうが時間がかかるのだろう。
「……柊真、橋田はどうしてあそこまで俺達に突っかかってくるんだろうな……」
半ば独り言のように疑問を口にする。
「嫌がらせ?いじめのつもり?」
良の問いに、柊真はわからないと首を横に振った。
「だよなぁ……」と呟き、良は入ったときと逆の動作でお湯から上がり、柊真に手伝ってもらいながら浴場用の車椅子に座った。
髪を乾かして部屋へ戻ってくると、部屋の奥にある畳の部屋で牧野と梶原がトランプをしていた。
「あ、おかえり。二人もこっち来てトランプしないか?」
牧野も梶原もいいクラスメイトだ。牧野は優しくて気遣いができる。梶原は見た目乱暴そうに見えるが実はよく気がつく。
牧野がせっかく誘ってくれたのだからと、二人は頷いて加わった。
第四章 終
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