気持ち悪い令嬢

ありのある

文字の大きさ
上 下
5 / 19

何を考えているの?

しおりを挟む


血液で汚れた服を洗うため、湖に立ち寄ることにしました。
この湖は、国で一番美しいといわれている湖です。ここにはアレンと何度か来たことがある思い出の地です。そんな神聖な地を人攫いの血なんかで汚したくはなかったですが仕方ありません。

「わああ、大きくて広い湖だねえ」

一つの台詞の中に同じ意味の言葉を並べて使うヤナギヤとも来たくありませんでしたが、体がアレンならば仕方ありません。

「私は今からここで服を脱いで洗います。その間、近付かないでください。裸をあなたに見られるのは耐え難いことなので」
「うん、分かった!」

ヤナギヤが粒に見えるまで距離を取り、服を脱いで湖で洗います。
すると、どこからともなくチピチピチャパチャパと水が跳ねる音が聞こえてきました。
こんなに距離を取っていても、ヤナギヤが湖を蹴って遊んでいる水しぶきの音が届いてきて不快です。

「チピチピチャパチャパとうるさいですね」

時間が経ってしまい、完全には取れなかったけれど、血の跡は目立たなくはなりました。
次の街に着いたら買い換えれば良いことですし、洗うのはここまでにしましょう。
湖からあがり、炎と風を操った魔法で濡れた体と服を乾かしてヤナギヤの元へ戻ります。
途中でヤナギヤが気付き、「おーい」と手を振ってきました。戻っていると分かるのに、合図を出すのは無意味です。あの腕は何のために揺れているのでしょう。

「ファルメン!さっき魚が跳ねた!あそこ!」
「……」
「聞いてる!?」

いちいちうるさい女です。魚だって跳ねることくらいあるでしょう。
この逃避行がアレンとならば、この湖ももっと静かに見つめられたかもしれないのに。

「ファルメン」

私を静かに呼ぶ声。まるで、風が花びらをすくうような穏やかさ。アレンは、常に静寂を身に纏っていた。
気難しい私が黙っていると「何を考えているの?」と優しく聞き出し、私が怒りをあらわにする時は、理解し、微笑み、静かに受け入れてくれた。
アレン。この湖へは、あなたと来たかった。

「ファルメン?何を考えているの?」

顔を上げ、目の前のアレンをじっと見つめます。いえ、この子はアレンではない。
外見が同じだからといって、何故アレンの面影を見てしまうのでしょう。

「あなたは……ヤナギヤですよね?」
「違うよ」

違う、という言葉に思わず身を乗り出しそうになります。
彼女はニカリと、歯を見せるような笑い方をしました。

「ミコトって呼んでって言ったでしょう!ファルメンってば全然呼んでくれないんだもん!」

私は今まで何を感傷に浸っていたのかしら。全ての思い出がこの女に汚される前に、出発すると致しましょう。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

女官になるはずだった妃

夜空 筒
恋愛
女官になる。 そう聞いていたはずなのに。 あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。 しかし、皇帝のお迎えもなく 「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」 そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。 秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。 朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。 そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。 皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。 縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。 誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。 更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。 多分…

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

処理中です...