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デートには緊張感が大切なの

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 思わぬ収穫にすっかり気を良くした沼尻さんである。よほどぬいぐるみが気に入ったのか、小脇に抱えたまま他のクレームゲームへ次々と挑戦。そのすべてが失敗に終わり、残念ながら二つ目は手に入らなかったが。

 既に3,000円以上は投入している。その姿やビギナーズラックに惑わされ散在を重ねるパチンコユーザーの如し。お金、持ってるんだな。羨ましい。

 他のゲームはあまり興味が無いようで、施設内をグルっと一周回り大方満足した様子の沼尻さん。ボディーガードの責務も任期満了かと思いきや、ある個所を物欲しそうにジッと眺めている。


「プリクラ?」
「うん、やってみたい……っ」
「本当に経験無いんだね。ゲーセン自体初めてってわけでもないんでしょ?」
「中学の頃に何回か……でもプリクラは本当にやったことないの。なんか『沼尻さんは外で待ってて』って言われて……」
「えぇ……」

 沼尻さんの容姿が飛び抜け過ぎていて、一緒に映りたくないと思われたのだろうか。だとしても酷い扱いだ。本当に友達いないんだなこの人……。


「初めてのプリクラの相手が俺でいいの?」
「え、なんで?」
「大人になって『どうしてあんな陰キャと二人でプリクラなんか撮ったんだろう』とか後悔されても困るし」
「いやぁ、流石に卑屈すぎないかな……っ」

 珍しく俺がドン引きされる珍しい光景だった。相も変わらず抱き抱えたままのぬいぐるみをギュッと胸元に押し寄せ、沼尻さんはか細い声で答える。


「……そんなこと思わないよ。だって今、すっごく楽しいもの。楽しかった思い出が、時間が経って嫌な思い出になるなんて……そんなの、あり得ないでしょ?」

 同意を求める曖昧な目配せ。
 彼女なりの気遣いか、それとも本心か。

 なんとも言いにくいところだ。俺に言わせれば綺麗事で、あまりにも現実が見えていない。ちょっとしたきっかけですべてが無に帰ることくらい、この世には沢山ある。身に覚えがあり過ぎて。

 改めて分かったことがある。彼女は決して色情狂というわけではなく、ただただ己の欲求に素直なだけ。良くも悪くもイノセントなのだ。

 だとしたら、その言葉を頭ごなしに否定してしまうのは。少なくとも、今は。今だけは違うのだと、なんとなく思う。


「……そうだね。じゃあ、沼尻さんが心変わりしないうちにさっさと撮っちゃおうか。でも俺、お金全然無いよ」
「あたしが出すからっ! ほら、行こっ!」

 手を引っ張られプリクラ機のなかへ。普通に手とか、握っちゃうんだな。たった一日で警戒心無くなり過ぎだろ。勘違いしてしまいそうだ。


「森下くん、ポーズ! ポーズ取れだって!」
「そう言われてもな」
「なんで直立不動なの!? 証明写真じゃないんだから、もっとこう、楽しい感じ出してこうよ!」
「オレ、命と引き換えに喜怒哀楽を失ったんだ」
「意味分かんないこと言わないっ!」

 見よう見まねでピースサインを作ってみる。思いっきり笑え、という機械音の指示に従い満面の笑みでポーズを取る沼尻さん。

 初めてという割に随分と小慣れている。女性という生き物には本能的にプリクラの操作方法が備わっているのか。或いは胎児のうちから学習しているのか。


「森下くんも初めてなんだね」
「ゲーセン自体ほとんど来ないからなぁ……お金が掛かる上にリターン皆無だし。うるさいのもあんまり好きじゃない」
「でもロックは聴くんだ?」
「そうだね。矛盾してるよね」
「変なの、森下くん」

 安っぽい顔でニコニコ笑う。
 貴方に言われる筋合いは無いよ。たぶん。

 すると沼尻さん。機内を遮るカーテンをジッと見つめ、人差し指をスーッと下ろし布の肌感を確かめる。


「……あのさ、森下くん。このカーテンって、ちゃんと外からは見えないようになってるんだよね?」
「マジックミラーでもない限り誰にも見えないよ」
「そっか……じゃあ、イケるかな……っ」
「沼尻さん?」
「あっ、ううん!? なんでもないっ! ほら森下くん、最後の一枚だって!」

 慌てて取り繕い元の場所へ戻って来る。最後は飛び切り変顔で! と暢気な機械音が流れ、沼尻さんは少し恥ずかしそうに視線を泳がせた。


「恥ずかしいなら普通に撮れば良いんじゃない?」
「あ~~……えっと、そのっ……」

 なにか言い淀んでいる。そうこうしている間にカウントダウンが始まった。あまり時間は残されていないが、気になることでもあるのだろうか。


「……森下くんっ! 目、瞑ってて!」
「え、写真撮るのに?」
「良いからっ! ちゃんと手で抑えて!」
「お、おう」

 無理やり腕を掴んで顔のところへ持って来させられる。そんなに凄まじい変顔を披露する気なのだろうか。
 どちらにせよ撮られて現物として残るのだからあまり意味の無い葛藤だと思うのだが。まぁいいか。


『さん、にー、いちっ!』

 両手で目を収める。見ざる聞かざる言わざるの長男に値する格好だ。次男を頼るに沼尻さんは変わらず俺の真横に立っている。

 フラッシュが焚かれる直前、なにやら繊維的なものがスルっと擦れる音が聞こえた。さっき気にしていたカーテンに触ったのか? なんだ?


「……い、いいよ森下くん。目、開けて……」
「う、うん。なにしたの?」
「…………ひ、秘密っ!」

 首の辺りまで真っ赤に腫らして駆け足で機械の外へ出ていく。そんなに凄い変顔をしたのか。しかもカーテンを使った特殊な方法で。逆に気になる。

 プリクラって写真にお絵描きが出来るんだよな。ちょっと見てみよう。これ以上沼尻さんの弱みを握るのも何だか忍びないが、あくまで友達を弄るに過ぎない些細なやり取りだ。問題は無い筈。


「ダメっ! こっち来ちゃダメっ!」

 お絵描きブースに入ろうとしたところ、手をグッと伸ばされ侵入を阻止されてしまった。カーテンを上手く使い盤上が見えないよう隠している。


「そんなに変な顔だったの?」
「とにかくっ、ダメ! 絶対に見ちゃダメ! 森下くんでもこれはムリっ!」
「なんだよ。やっぱり俺と撮るの嫌だったんじゃないか」
「そっ、そうじゃない! そうじゃない、けど……とっ、とにかくダメなのっ!! あっち向いててっ!」

 相当な剣幕である。ここまで拒絶されれば無理に抗うのも気が引ける。大人しくお絵描きが終わるまで待っていよう。

 数分後。作業を終えた沼尻さんがブースから出て来た。よほど写真を見られたくないのか、取り出し口も身体ごと塞いでいる。

 出て来るや否や瞬時に鞄へ押し込んでしまった。え、せっかく二人で撮ったのに俺だけ写真も確認出来ないの? 何故に?


「どんだけ凄い変顔したんだよ」
「……い、言わないっ」
「あとで写真だけ送るとかは?」
「しないっ!」

 ということである。俺だって初めてのプリクラだったのに。まぁ女の子には色々と気を遣うものがあるからな、どうしてもと言うなら仕方ないが。露出狂がなにを言ってもという話でもあるけれど。

 ぬいぐるみでスカートをギュッと抑え込み、ちょっと小刻みに震えながら早足で立ち去る沼尻さん。普段よりしっかりとガードしてくれているのはあり難いが、いったい何がどうしたのやら。

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