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第3部 私達でなければならない

龍の瞳

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 腰のベルトから鞘が外されたことによってジーナの腰は不気味なほど軽くなった。

 素早くハイネは剣を、ジーナの剣を抜き、構え切先を向けた。

「無茶は止すんだ」

「いいえご心配なく。私は先日一度毒を飲みましたから耐性ができているのでしょう。無茶はそちらです。様子を見ますと今の私はあなたよりも動けると思いますよ」

 頭の痺れや思考する苦しさはあるもののジーナはハイネの顔色を見ると自分の方が動けるとしか思えなかった。

 だが、向うは動かなくていい状況でもある。

「道の左右からはあなたを取り押さえる僧兵がやってきます。脱出路は前後ですが、背後は柵がありその先は森。樹にでも登って隠れます? まさか。となると道は前方の草原ですね。さてどうですジーナ」

 剣の切先が伸びこちらに近づく。しかしハイネの位置は少しも動いてはいない。

「私の剣の腕を試してみますか?」

 左右から音が近づいてくる。組み伏せられないためには前に出るしかない、だが試すまでもなく腰の落し方はシオン程ではないが、そこそこに使えることが分かる。

 けれどもその様子を見るに身体が痺れて動くのも辛いはずであった。

「私のことはいいから早く治療を受けるんだハイネ」

「それは私の台詞ですよ。私の心配をするのではなく自分の心配をしてください。そうでないのなら、来なさい」

「そんな辛そうな顔をしているものに私は戦いたくない」

「……なに被害者面をしているのですか。それも私の台詞ですよ。あなたはジーナを苦しめて私を苦しめているじゃないですか。私達は同じなのです」

 なにを、とジーナは思わなかった。ハイネは泣いていないというのに声が涙声であり、すぐに乾いた。

「あなたはあなたを苦しめ窮地に追い込み続けている。そんなのはこれ以上見たくありません。私はジーナを救います。けどあなたがジーナを救わないというのなら、あなたは私の敵です。毒を呑み剣を奪いこの私の全てを命を尽して……それを阻止する」

 だが剣の切先は震えず不動であり、ジーナもまた動けずにいる。

「違うそうじゃないんだハイネ。私は同じではない。私とお前とは違うんだ」

「違わせないで、ください」

 ハイネは一歩前に出る。

「問答はもう無用です。来るのでしょう。私が、止めます……来なさい」

 左右からの足音に喚声がもうそこに来ていることが見ずとも聞こえた。

「私は、龍に会いに行く」

 ジーナは呪文にも似た言葉を唱えると瞬間、辺りに金色の光が満ちた。

 はじめて、僧兵に向けて放ち、はじめて、知り合いに対しても放つ。

 すると騒がしいほど轟いていた足音も怒号もそこで死に絶えたのか消え、僧兵たちは皆転がり又は倒れ跪いた。金色の光が彼らを跪かせ、沈黙させた。

「それがあなたの金色の光……私は以前見たことがあります」

 だが目の前にいるハイネは同じ姿勢のままであった。立ったまま、対峙したまま。

「あなたのではなく、あの人のです」

 ジーナは痺れる身体を鼓舞するよう息を吐きながら前に一歩、剣にハイネに向かって進んだ。

「かつてあの人が撤退作戦中の際に一度だけ放った……それに似た光。あの人のは弱く小さな小さな光でしたが……いまと同じ効果がありました」

「ハイネ……黙ってくれ」

「敵兵は跪きその間に我々は窮地を脱することができた……あれはその時一回きりでした。そのことを知っているのは極一部のものたちだけ……その金色……」

「黙れハイネ!」

「龍の瞳の光……」

 ジーナは雄叫びと共に前へ駆け出した。もはや支えきれなかったのかハイネが剣を落した。

 なにがあっても剣を、回収しなければならない。その剣でなければならない。

「あなたはいったい……なにものなのです?」

「どくんだハイネ!」

 再び光を放つも、だが命ぜられたハイネはそのままの位置で退くことも倒れることも跪くこともせずに、両手を広げ、立塞がろうとする。

 なら脇からだがその前に剣を。龍を討つにはその剣がなくてはならない、とジーナは駆けながら剣のほうへに手を伸ばそうとすると、見ないようにしていたハイネが目に入る。

 その左薬指の指輪による輝きが目の端で見ると、宝石の光が落下しだした。

 もはや自らを支えきれないのかハイネの膝が折れ前に傾き落ち出すのをジーナは見る。

 早く剣を取れ、とジーナは自分に命じる。剣を取って前に進め、と輝けるその光は命じる。

 そうすればお前を遮るものは何も無くなるのだ、とジーナも光も、男に命じた。

 ジーナの両手が動きしその両の腕は衝撃は来たもののすぐに支え慣れよく知る重さへと変わりこれを受け止めた。

「ほら……あなたは……こうしてくれる」

 消え入りそうな声が鳴った。

「黙ってくれ」

 ジーナはハイネを抱え上げ、駆けだした。

「手が……塞がっちゃいましたね」

 ジーナは背後から複数の足音を聞いた。金色の力が消えこちらを追いかけて来るのだろう。

「剣は……いいのですか?」
「黙れ」

 ジーナは抱えているハイネを見ない。だがその口を閉じさせることも自分の耳を塞ぐこともできない。両手は両腕はハイネに捧げられている。

「私はあのまま……剣の上に倒れても良かったのですよ。そうしたらあなたはきっと……」

「黙れと言っているんだ!」

 叫ぶもハイネは聞こえていないのか言葉を繋いでいく。

「ねぇジーナこのまま……どこか遠くに行きましょうよ」

「行かない。お前をこの先にある兵舎の門衛に預けてそこでお別れだ。お前は治療を受けるんだ」

「私達ならどこへでも行ける気がしません?」

 その問いにジーナは確かにどこにでも行けるという気を、起こした。

 腕は疲れず駆ける足も遅いどころか速いとすら感じる。

 追ってくる僧兵たちの声はまだ遠く、距離がある。実際に早いのだろう。

 だが印の力を使っているとしてもここまで身体能力が飛躍するだろうか?

 これは龍を前にしていないというのに……どうしてここまで。

「なんでそんなに……気づかない振りをし続けるのですか?」

 違う、とジーナは心の中で答える。

「剣よりも私を……優先させたのだからあなたにはそういう心もあるということですよ」

 そうではない、あれは……ジーナは足に力を入れもっと早く駆け出した。

「あなたは……それを願っていることは私には分かります」

 兵舎が見えだしジーナは心の中で叫び声を出し続ける。何も聞こえないために何も、考えないために

「簡単なことなのに……あなたは複雑にして私達を困らせる」

 門が近づき顔なじみの門番がこちらに向かって来た。

 このままハイネを渡せば一人で行ける。予定通りに自分だけの力で龍の元へ……

「私達は……すごく簡単な関係なのですよ」

 言葉に反応するように腕に力が入り手がハイネをより強く掴む。愕然としながらジーナは思う。

 違うそうじゃない。私はそんなことを願ってはいない、と。私達は無関係であるのに。

 そのジーナの手の力を感じながら意識が遠のきつつあるなかでハイネは思う。

 もしもこのまま眠りについたとしたら、もしもここで命が尽きるとしたら、ずっとこの人の傍にいられるのではないかと。

 もはや瞼を閉じ闇の中にいるハイネは手を泳がせジーナの身体を探った。

 意識を失う前に、完全な闇が来る前に、ジーナの身体に触れ掴みそれからその時の訪れを待てるとしたら……

 ハイネは手を更に振るも、だがハイネの手はジーナのどこも掴むどころか触れることもできず、それから無が来た。
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