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第3部 私達でなければならない

『龍なき世界へ』

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 私はいま以上のものは何も望みません。いまのように私はあなたの傍にいられるだけで良かった。

 出会った頃のように、共に歩み続けた以前のように、一緒に行先を未来を話し合っていた時のように。

 だから私は龍の后を拒否しました。私にはその任は相応しくなく、私でなければならない理由はやはりないのです。

 龍の護衛を務めているだけで私はもう……と私はずっとそう思って来た。そうだとずっと自分に言いきかせてきた。


 そうすれば今がこの先続き、何もかもは変わらず、私達の関係は続いていける、と。

 だけどそれは、間違いだった。あの日、あの人があなたの傍にいるのを見て、それは違うと自分の声による叫びが聞き、虚構は粉砕された。

 だから私はあなたの顔を見れなかった。思わず目を逸らし、あなたの顔に背いてしまった。

 もう二度と見ることはできない。そこにはかつてのようなあなたの表情は、無いのだろう。

 それを自分で見るのが怖い。だけどそうさせたのは他ならぬ私であり、その罰を受けるべきなのだろうか?

 罰とはなんだろう? 罪とは、なんだろう? いいやまた誤魔化しているそんなのは分かり切っていることだ私は……二人を騙した。

 あなたとそして……私自身を。初めて出会った時から今に到るまでずっと嘘を吐き続けてきた。

 今回もまた私はあの人と共同して偽り、あなたを傷つけ私自身を傷つけている。

 私はいったい何をしたかったのか……それは、分かっている。

 私は自分自身のあなたへの深い欲望を隠すために謙虚に振る舞い静かに大人しくするように努めていた。

 そうしていればあなたは私になにかと気を掛けてくれ優しくしてくれ、愛してもしてくれた。

 あなたに見つめられた時はまず心が震え、身体も震える。

 これをあなたに対して隠すのにどれだけの苦労をしたかあなたは分からない……いいえ分かっていた。

 その言葉にはしない心の動きをあなたが捉え私に言葉以外の方法で伝えて来る、

 その時が私にとっての永遠の時であり無限の喜びであり、死に最も近い瞬間だった。

 だけど私はその度に後々に思った。この私であるからこそあなたは私を愛してくれるのか? それともこの私の全てを……

 これが私の弱さだったのだろう。自分を信じられなかったこと、本心を見せられなかったこと、それはひいてはあなた自身を信頼できなかったこと……

 その結果が、あの光景なのだろう。私自身が選んだ、結果だ。

 あなたは深く心に傷を負ったでしょう。あんなにも優しく訴え続けたのに、敵や龍の血で汚れた私をあなたは受け入れてくれると何度も言いあんなに誓ってくれたのに……だがそれはあなたの勘違いだった。

 私はそのようなもので汚れてなどいない。敵兵や龍の血を被り顔を朱に染めようが、そんなものは私の皮膚を通さずに滴り落ち地面に吸われるだけだ。

 それは当然だ。あなたの為に振るう剣が肉を切り骨を断ち命を奪うことこそが私にとっての栄光の時であり、降りしきる血の雨はこの行いの祝福以外のなにものでもない。だけども私はそんな感情は外には見せずにその心の奥に潜めていた。

 だって私のその姿を見てあなたはとても苦しい顔をしてくれるのだから。そう、あなたは、血がお嫌いだった。

 色も臭いもその手触りも。あなた自身がお嫌いかそれとも龍がそうなのかもしくはその両方かはともかく、そうであるというのにあなたは血に塗れた私をいの一番で抱きしめてくれる。他の誰よりも先に。

 あの人にとって私は最も苦しい役割を果たしているから。

 あなたの厭う汚れを全て受け止めよう。そうであるからどうか変わらずに私を……

 誰にも、分かるまいあの恍惚をさ。私は特別なのだと信じられる幸せを、私はこの世界で最も美しい人に、こんなにも想われていると。

 誰もが分かるだろう、だから他の何もいらない、と。みんなはこの先の世界に希望を抱いている。

 新しい龍の世界の始まりを。だけど私は待ってなどいない。いま、この時がいつまでも続きまたは繰り返されることを望んでいる。

 いつもこう思っていた、だがこの間からずっと違うことも考え出した。もう戦争は終わるということを。

 私はもう戦場において剣を振るうことは無いだろう。

 もしも求めを受け入れ后となり傍にいることとなったら、私を変わらずに愛してくれるだろうか?

 努めてくれるだろう。あの人は疑いもなくそういう人だ。

 だがあなたは徐々に見えてくるはずだ。この私という存在の内面を。

 慣れればいいのだろう。いいや慣れるだろう。誰もがそう言う。だけどもそれを想像する私はいま、耐えられない。だから無理だった。

 この汚れた身体をあなたに見せ触れさせ嗅がせられる勇気が私にはなかった。

 そんなことは無いとあなたは言うだろう、だが、もう隠し通せない。

 それは血の臭いよりも自身の嘘の臭いを、もっと言えばあなたへの欲望の臭いを悟られたくは無い。

 私はこう思っている……あなたを龍にはしたくは無かったと。そうだこれが私の偽りのない、本心だ。

 龍になる前に私と一つになって貰いたかった。私はあなたを龍になるために戦ったのに、結局はそれを望んではいなかった。

 私はあなたのものであると思うと同時に、あなたも私のものであれば……こんなことを心の底で思い抱いているがこそ、あのように謙虚になり自分を偽らねばならなかった。

 私はいま、憎悪を抱きつつある。あなたの隣にいるあの人に対して。

 あんなに良くしてくれ、親切にしてくれたのに、私達はこの一点でもう、修復はできないだろう。

 それは他ならぬ私の罪……そう思えるうちにどこかへ、この醜い心があなたの気づかれる前に遠くへ、この地を、去ろう。どこか遠くへずっと遠くへ、あなたの力が及ばない、世界へ、龍なき世界へ。
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