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第3部 私達でなければならない

また再びの呪身

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 同じ言葉であったのにその響きは重ならずぶつかり合い弾け、空間に散らばりあちこちに落ち、砕かれ消える音が聞こえた。

 気づいてくれたのかルーゲンの瞳に黒い陰が宿った。今まで見たことがない、見せたことのないその色。

 ジーナはその色がルーゲンに似合い美しいと感じそして理解し、思う。自分はいまはじめてこの人に出会ったのだと。

「いまのあなたはこれを拒絶するでしょう。だけど私はその為に長い旅を経てきた。これを見ずに西に行くことは、できない」

「……なんでもない君の口からいつも聞いた言葉であり、僕と全く同じ言葉なのに初めて聞く言葉のようだった気がするよ」

「そうでしょうね。私はあなたとは違うのですから」

 ジーナが言うとルーゲンの瞳はますます陰に染まっていくのが見えた。

「あなたは私がここに来る限り龍が現れないと思われている。だから門衛に命じてここに私をいれさせないようにした……だけどあなたは」

「君を待っていた。これは事実です。僕は君を出禁にしてここで毎日君が来るのを待っていたのです。酷い矛盾ですが、これは君からの影響かもしれません。君ぐらい矛盾極まる人はどこにもいませんからね。そうですよ。僕は君が龍化を阻止していると確信しています。よってですね、おかしなことですが論理的に言うと君が龍に会いたければ、休憩所からつまり龍から離れ遠ざかれば、会えます。つまりは君が龍に会う方法は君が去ることにある、というわけです」

 冗談を言っているわけでは無いのにルーゲンは微笑んだ。

 その意味不明な説明に対して、不可解さに対して、ジーナという存在に対して。

「いえ、ここから離れてしまったら会うことはできなくなります。いったいそんな言葉に納得できるはずがない」

「僕が思うに君は龍を本当は望んでいないのではないかという疑問だ。会いたくないのに、会いたいと願う、そうではないか?」

 ジーナはルーゲンの陰に覆われた瞳に意識が吸い込まれた。

「もしかしたら君は心のどこかに今という永遠を願っているのかもしれない。龍を待ちながら永遠にその日が来ないことを願うからこそ……禁止され望まれていないというのに、ここに来た」

「……ルーゲン師」

 ジーナは呟くが、ルーゲンは反応どころか瞬きすらしない。

「……ルーゲン」

「なんです?」

「龍は必ずこの世に現れなければならないのか?」

 問いにルーゲンは沈黙した。その沈黙は何の意味があるのか?

 すぐに答えられるというのに、あなたなら、誰よりすぐに、だがどうして即答せず、考え、私を見る?

 ジーナは同じことを聞こうと口開こうとすると、瞬間的にルーゲンの掌に力が入ったことを感じながらその答えが来た。

「そうです」

 だからジーナはルーゲンの手を、離す。離れた掌に残るぬめりに熱に痛み、その全てが不快感を覚えさせてくれた。

 こちらを覗き見るルーゲンの瞳にはもはや美しさを感じはしなかった。

 そこにあるのは濁り光を返さず闇に沈む色。呪龍の婿に相応しい瞳。

「現れるのならば申し訳ないがルーゲン。龍に最初に会うのは、この私だ」

 ルーゲンは何も言わない。

「あなたではない」

「それがどのような意味であるのかを、君は御存じでしょうか?」

 その瞳にはなんの光をも宿してはいない。

「知りません。それがどのような意味であるとしても、私が最初でなければならないのです。一番に、最前列で、会う。これが私の戦いの目的の全てがそこにあります」

「……君は龍の婿になろうというのか?」

 最初に出会う意味をジーナは知るも、心も身体も驚きを現さなかった。

「いいえ。私にはそのつもりはありません。けれども私は……あなたより前に龍の前に行きます、行くのです」

 ルーゲンの瞳にまた陰りが見え、唇が動く。

「……どうして」

 それから睨みながらジーナの顔を見つめてきた。なにかを探るかのように。

 しかし何も見つからなかったのか瞳に失望の色を付け、より一層の闇へと深まっていった。

「君は嘘や誤魔化しを言わないのだろう。君は真実しか語っていない。だがその言葉は矛盾と不可解さしか、ない。決定的な誤りがあり、間違いがあるが、僕にはそれが何であるのか分からない……ただ分かることはひとつ」

 言葉を切り唇を噛んだルーゲンは瞼を閉じた。もう私に見せるものは無くなったのだなとジーナは悟った。

「君を龍に近づけさせてはならないということ。ジーナ、君は今後一切この龍の休息所並びに階段及び門に近づくことを禁じる」

 瞬間、灰色の空が真紅の空へと変わる。あの時と同じだ、と男は瞬きをするとあの日の茜色の夕陽は消え、そうであるから予め予想できた次の言葉を唱えられることに心は構えられた。

「君を龍に近づくことを許されない呪身とします。マイラ卿からも許可を得ております。君がもしも不穏な動きをするのだとしたら、この宣告を発することを僕は任されています」

 言いながらルーゲンはなにも無い空を見上げる。

「まぁこんなことを言ったとしても君は大人しくは引き下がるとは思えませんけどね」

「はい」

 ルーゲンは苦笑いをした。だがジーナは自分に対して向けられた笑いではないとなんとかなく察したものの思う、この人は何故自嘲するのだろうかと。

「ジーナ。僕は君が好きだよ」

「それは自分自身への感情の裏返しではないでしょうか?」

「ほぉ君らしくない難しい表現だね」

「私にだって意味は分かりませんが、そう思うのです」

「納得はしないけど、それに乗るとしてどうして僕たちはこんなに似ているのやら」

「いいえ。もう似てはいません。たとえ目指した約束のその時が同じだったとしても、先に着くのが私となる以上、もう違うのです」

「先に着くのは、僕です。そこは譲らない」

 息を吐きルーゲンはジーナの背を向ける。もう見せるものは何も無いようだというように。

「さようならジーナ。もう二度と僕らは出会うことや顔を合わせることもないことを、互いに祈ろう」

「……お世話になりました」

 ジーナもまた踵を返しルーゲンに背を向けると頬に何かが流れるのを感じ、急いで拭った。

 それが地面に落ちて音を立てなかったことに息を吐きながらその場を去った。
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