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第3部 私達でなければならない

自分とハイネの音

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 頭上に吹き掛けられるその熱い吐息、息を上がらせながらハイネが尋ねてきた。

 意識が切り替わったのか、鼓動が聞こえだす。

 思ったよりも大きく響き早いリズムの音色が心臓から肉を振動させ血の流れ音がジーナの耳へと入り、頭へ心へ届かせる。

 それのみでなく、頭を支えるその掌の熱は鼓動が鳴るたびに熱を再生させ、それが自分にも伝わり届けられているとも分かった。

 一つ鳴るごとに掌から熱が、耳へと入り心を震わせる。

「ハイネ、鼓動が走っているけどこんなものなのか?」

「いいえ。絶対にいつもより早いです。なんでかというと、あなたのせいです。いつもあなたのせいで、いつだってあなたのせいです。……自覚はないでしょうけどね」

 そんなものはない、がハイネの口調からそうなのだろうとジーナは思い、ならと返した。

「それを言うのなら、私の鼓動が早かったのものお前のせいだ」

「へぇそうなのですか? へぇ知らなかった」

 とぼけた声が聞こえると同時にジーナは鼓動の音が大きく一つ弾んだのを聞くもその意味を察することは不能だった。

「こうやって会うと緊張を強いられるし恐怖も与えられるし」

「こうやって会いますと言葉は通じないし力づくで何かされるし」

「混ぜっ返すな。私のは認めるが」

「あっ認めますか。良かった、そうです認めなさい」

「じゃあこっちのことは認めるのか」

 打つも響かずに、無が辺りに響きもしなかった。

 鼓動は落ち着き穏やかに、だが逆にジーナは自分の心臓の鼓動が大きくなり聞こえそうな気がし出すと。

「……そっちのはちょっと待ちましょう」

 ハイネがそう言いこの大きさに合わせてか心臓の鼓動は小さくなる。

「緊張と恐怖を与える存在ですか……そういうのと会いたくないですよね」

 声、というよりもそれは鼓動の間から聞こえると、次の鼓動が鳴らない? 消えた?

 だから呼ぶために、鳴らすために、ジーナはその胸に向かって言った。

「そんなことはない」
「はい、そういうことです」

 答えると鼓動が鳴り、また同じリズムを奏でだした。

「もう私の鼓動と熱を覚えましたか?」

「はっきりとはいえないが、覚えたかなと」

「しっかりしてくださいよ。間違えないように」

「何と間違えるんだ」

「……私以外の人とですよ」

 突然重低音となった意味がまるで分からないがジーナはとりあえず頷いた。

「私は、覚えましたよ。あなたのを。決して間違えませんし忘れません。口だけではなくて本当に。だからあなたもそうしてください」

「できるだけそうする」

「この熱と鼓動が、私であり、私の命であり、魂です」

「そうなのか? 随分と近くにあるものなんだな」

「そうですよ。人はそういうものです。このことに関しては私はあなたのことをあなた自身よりも知っています」

「すると私もハイネ自身よりもハイネのことを知っているということか?」

「はい。そうだからもっと感じて聞いて私を覚えてください。忘れてしまわないように」

 そこまでして覚えさせてどうするのか? ジーナはそう思いながら眠気さに襲われ出した。

「なんだか眠くなってきた」

「寝ても構いませんよ。今日は疲れたでしょうし」

 誰のせいで……と思うも瞼を閉じているせいで眠気は増すも、意識を保つために何かを言おうとして、探す前に声が出た。

「ありがとう」
「なにをです?」

 そうだ、何に対しての感謝だ? ハイネに言うことがあったはず、言い忘れていたことは……

「あの、看護。あとでみんなから聞いたらしょっちゅう来てくれたようで」

「ああ……それ。別にいいですよ私が勝手にやったことですから。いろいろしたいことも出来たし、楽しかったから構いません」

 看護のなんで楽しいのか? いつものようによく分からない女だとジーナは思うしかなかった。

「ありがとう」
「えっなにがだ?」

 同じ言葉を返すとハイネの笑い声が聞こえた。

「私がいま感謝すると言ったら一つしかないじゃないですか。花ですよ、花束。私にくれたあれですよ」

「いつの間に受け取ったんだ? どうでもよさそうにしていたような」

「なにを拗ねているのですか? 私はいま、ありがとうといって受け取りましたよ」

 どういう理屈だとも思うがジーナはそうだなと小声で言い頭の闇の中で花の色を広げた。

「ねぇ、四種類ありますが花言葉は知っていますか?」

 良かった覚えといて、とジーナはすかさず先手を取った。

「青いのは憎悪」

 心臓の鼓動は変化せず、ハイネは返事をする。

「はい」
「赤は別離」

 強くも弱くもならず

「はい」
「緑は破局」

 遅くも早くもならずまた止らず

「はい」

 それどころか心地良い速さが耳へと流れてきた。

「紫は刹那」
「はい」

 どうして?

「どうして?」
「どうしてって私はジーナことは分かっていますからね。すぐに分かりましたよ。これはつまり反対の意味ですよね?」

「アルの故郷は中央のと逆のようだな」

「反対の意味ですよね」

 説明したのにハイネはしつこく聞いてくる。

「そうアルが言っていた」

「もう一度確認しますよ? 憎悪の青に別離の赤に破局の緑そして刹那の紫。これはこの中央では反対の意味ですよね、ジーナ」

 何を言ってもらいたいのか? ジーナは分からないものの、言ってはならないということだけはなんだか察した。

「そうだけど、そうだと言いたくない」

「言っているじゃないですか」

 笑い声が混じった非難の言葉を受けるも返す言葉は真面目そのもので

「いや言っていない」

「言ってますよ。そこでどうして意地を張るのか、私にはさっぱりですって。反対のことを言う呪いでもかけられています?」

 ハイネぐらい意地の強い女もいないなと思いながらジーナの意識はまた遠ざかる。

「まぁいいです。あれは私のために買ってきてくれた花束。その事実だけは変わりはないですからね」

「それはそうだ……」

 端的な事実でありそこに偽りはないと思う闇の中、花の匂いが強くなる。

 ハイネが花束を手に取ってみているのか?

 鼓動がやや早まり事が分かると同時に意識が遠ざかるにつれ自分の鼓動も聞こえるのを感じ出した。

 どうして、とはもはや深く考えることもできずにジーナは落ちる寸前だと自覚するなかで、二つの鼓動が近づきつつあるのを聞いていた。

 自分のとハイネとの音。

 そのハイネの心音に徐々に近づきそれこそ手と手で取り合う距離にまで寄り、限りなくひとつに重なり一つの音となりつつあるなと思うと、知らずにジーナは頬にぬるい何かが流れていると感じるも、自分のではない誰かの指で拭われると、もう夢の中に入ったかとジーナは思いながら眠りについた。
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