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第3部 私達でなければならない
それは駄目さ
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一夜明けジーナは首を垂れながら龍の休憩所に向かう途中の道で探し物をしていた。
花を、である。
この季節は微妙に花が咲かないのかどこにも見当たらなかった。
そもそもの話でジーナはこれまで花を気にしたことなど人生でそうそうなく、印象に残るのはあのソグの龍の館における庭園の黄色の花、二人で椅子に座った際に正面にあったあの花ぐらいなもので。
そういえばあの花はあれからどうなったのか、もし同じ花があればあれを……と考えているうちに、小さな花が広場の中で咲いているのが見えたため、ジーナは誘われるようにそこに行き取ろうとすると、声が掛かる。
「隊長、なにやってんだよ」
見ると見知っているのに知らない人がいた、たぶんキルシュだ。違和感であるのはその巨大さ。見上げて顎が見えるなんて今までなかった。
あの背の低いキルシュがこんなに大きく見えるだなんて……あっそうか私が屈んでいるためかと気づいてもジーナは腰をあげなかった。
「ああキルシュかおはよう。ちょっとこの花を取ろうとしてな」
答えるとキルシュは困った顔をした。何故困る? この花はお前のなのか?
「あっあのさ隊長……それは駄目だよ、駄目。その花は駄目なんだ」
慌てながらとにかくダメと話すキルシュを見ながらもジーナはまだ腰をあげない。
「なぜ駄目なんだ? 今日は花が入用でな、これを持っていかないといけなくて」
「駄目、駄目、それは駄目。えーっとあのね隊長。この中央ではね無暗に許可なく植物を引っこ抜いちゃ駄目なのさ。ここにあるのは全て龍のものだというそういう理由でね。花なんて特にそう。それを龍の護衛になろう人がやっちゃったら問題でさ、それで止めたわけなのさ」
そういうことか、けどなんだかキルシュの様子は違う理由っぽく見えたものの、険しい顔とここまで言うのならと屈んでいたようやくジーナは背を伸ばした。
「じゃあ花が必要な時はどうするんだ」
「隊長……そんな野蛮人みたいなこと言わないでさ。ほらこっちだよこっちついておいで」
キルシュに袖を引っ張られると市場に到着しその片隅に花の塊が目に入った。
「おお花屋なんてものもあるのか。さすがは中央だ、不思議な商売もあったもので」
「ソグにだってあったよ! 隊長の眼にただ単に入らなかっただけさ」
「それもそうだな。私が部屋に花を置いて飾ろうとか考えるはずもないし」
そう言いながら店に近づくとキルシュは複雑そうな表情でこちらを見返した。今日のキルシュは難しいことを考えていそうだな。
「あの、一番安い花束はどれですか?」
開口一番でこういうと店番の婦人は白色の花の束を取り出した。とてもシンプルな色彩であった。そうなにごとも単純にいこう。
「じゃあ、それで」
「これは墓地への献花用ですが、よろしいのでしょうか?」
「良いです、花束は花束ですし」
それにこの花束はハイネの雰囲気にぴったしだなと思いながら答えた瞬間に脚に強い力が加わりジーナは横に動き花束を受け取ることができない。
なんだこの不可解な力は、と思い下を見るとキルシュが脚を押しているのが、見えた。
「結婚は墓場、自分への献花、といった暗喩とか嫌味、じゃなくてその天然というか……」
ブツブツ独り言を言いながらキルシュは何かを考えているようである。最近嫌なことでもあったのかとジーナは心配になってきた。
「どうしたキルシュ? この突然の奇行は。何か悩み事だあるのなら私に言ってみろ」
「あっあのね隊長。隊長はさ、嫌味な当てこすりや挑発とか、そういうことはしない人だと長年の付き合いであたしは知っているし信じているんだよ。でも隊長はちょっと勘違いされちゃうような行動を取って色々と損をしちゃう……そこをあたしは心配で悩むことがあってさ」
「そうなのか……まぁ私は西の人間だからな。風習の違いとかあるからそういうところもあるだろう」
「そういう次元の問題じゃない」
「えっなに?」
低い声の早口が一瞬で流れたためにジーナは聞きかえしたがキルシュは息を吐いて胸を反った。
どうしたことか今日のキルシュはいつもより背が高く見える。
「まずはね隊長。龍の休憩所に献花用の花を持って行っちゃ駄目だよ、不吉さ。そのタイプの花の持ち込みは禁止だよ」
「ああ、そうかなるほど。じゃあそれ以外で安い花束を」
「次はその安いという安易な発想を捨てようよ。その時点で心が籠ってなくていけないさ。だいたいさその花束って何のために買うんだよ」
敵への献上品……というとキルシュは激怒しそうだなと察し賢く判断できたジーナはハイネの言葉を思い出した。
「……仲直りのためのもの」
答えると険しきキルシュの表情に和らぎ光が差し腰を叩いてきた。
「なんだ分かってんじゃん! それなのにあれなのがあれだけど、まぁいいさ隊長だし! じゃあ綺麗なのを買おうよ。どれを買うのさ?」
急にはしゃぎ出すとはやはりキルシュは心が疲れているのではとジーナは心配しながらも反論せずに花屋を一瞥すると、まず目に入ったのは黄色の花。見覚えのある黄金色。
「あれがいいな。キルシュはどう思う?」
「値段の問題じゃないなら何でもいいさ。あれってあの黄色の……おぉソグにもある花さね。隊長はあれが好きなの?」
「好きというか龍の館の庭にあったな。一輪の花だったが私にとってこっちに来て花といえばソグのあれだからな」
それがあったのは木陰。あの岩の正面にありこちらを監視しているように正面を向き咲いていたからこそ覚えていた。
ジーナはそれを眺めていたのが遠い昔のようにその記憶を噛みしめていると、重低音な声が下から感傷を貫いてきた。
「それだけはだめさ。他のにしてくださいな隊長」
黄色の花に手を掛けようとしていたその動きが止まりジーナは花から目を逸らさずに尋ねる。
「どうしてだ、説明してくれないか」
反発からか声が荒れたが、キルシュはすぐに返した。
「これは、ハイネへの贈り物だからさ。他の何かを混ぜちゃ駄目だ。あの子は知らないかもしれないけど、あんたは知っている。そこにあの子にとって良くないものが混じるかもしれないなら、そうだとしたら駄目だ、お願いさ、やめて」
なんて感覚的な話だとジーナは下を向くとキルシュが見つめていた。
息を止め、瞬きもせずに見る。そこまでしてなのか?
どうしてだか分からないが、ジーナは頷いた。
「……分かった。別のにしよう。それでさキルシュ。いったいハイネはどういうのが好みなんだかさっぱり分からん。ヒントぐらい教えてくれないか?」
花を、である。
この季節は微妙に花が咲かないのかどこにも見当たらなかった。
そもそもの話でジーナはこれまで花を気にしたことなど人生でそうそうなく、印象に残るのはあのソグの龍の館における庭園の黄色の花、二人で椅子に座った際に正面にあったあの花ぐらいなもので。
そういえばあの花はあれからどうなったのか、もし同じ花があればあれを……と考えているうちに、小さな花が広場の中で咲いているのが見えたため、ジーナは誘われるようにそこに行き取ろうとすると、声が掛かる。
「隊長、なにやってんだよ」
見ると見知っているのに知らない人がいた、たぶんキルシュだ。違和感であるのはその巨大さ。見上げて顎が見えるなんて今までなかった。
あの背の低いキルシュがこんなに大きく見えるだなんて……あっそうか私が屈んでいるためかと気づいてもジーナは腰をあげなかった。
「ああキルシュかおはよう。ちょっとこの花を取ろうとしてな」
答えるとキルシュは困った顔をした。何故困る? この花はお前のなのか?
「あっあのさ隊長……それは駄目だよ、駄目。その花は駄目なんだ」
慌てながらとにかくダメと話すキルシュを見ながらもジーナはまだ腰をあげない。
「なぜ駄目なんだ? 今日は花が入用でな、これを持っていかないといけなくて」
「駄目、駄目、それは駄目。えーっとあのね隊長。この中央ではね無暗に許可なく植物を引っこ抜いちゃ駄目なのさ。ここにあるのは全て龍のものだというそういう理由でね。花なんて特にそう。それを龍の護衛になろう人がやっちゃったら問題でさ、それで止めたわけなのさ」
そういうことか、けどなんだかキルシュの様子は違う理由っぽく見えたものの、険しい顔とここまで言うのならと屈んでいたようやくジーナは背を伸ばした。
「じゃあ花が必要な時はどうするんだ」
「隊長……そんな野蛮人みたいなこと言わないでさ。ほらこっちだよこっちついておいで」
キルシュに袖を引っ張られると市場に到着しその片隅に花の塊が目に入った。
「おお花屋なんてものもあるのか。さすがは中央だ、不思議な商売もあったもので」
「ソグにだってあったよ! 隊長の眼にただ単に入らなかっただけさ」
「それもそうだな。私が部屋に花を置いて飾ろうとか考えるはずもないし」
そう言いながら店に近づくとキルシュは複雑そうな表情でこちらを見返した。今日のキルシュは難しいことを考えていそうだな。
「あの、一番安い花束はどれですか?」
開口一番でこういうと店番の婦人は白色の花の束を取り出した。とてもシンプルな色彩であった。そうなにごとも単純にいこう。
「じゃあ、それで」
「これは墓地への献花用ですが、よろしいのでしょうか?」
「良いです、花束は花束ですし」
それにこの花束はハイネの雰囲気にぴったしだなと思いながら答えた瞬間に脚に強い力が加わりジーナは横に動き花束を受け取ることができない。
なんだこの不可解な力は、と思い下を見るとキルシュが脚を押しているのが、見えた。
「結婚は墓場、自分への献花、といった暗喩とか嫌味、じゃなくてその天然というか……」
ブツブツ独り言を言いながらキルシュは何かを考えているようである。最近嫌なことでもあったのかとジーナは心配になってきた。
「どうしたキルシュ? この突然の奇行は。何か悩み事だあるのなら私に言ってみろ」
「あっあのね隊長。隊長はさ、嫌味な当てこすりや挑発とか、そういうことはしない人だと長年の付き合いであたしは知っているし信じているんだよ。でも隊長はちょっと勘違いされちゃうような行動を取って色々と損をしちゃう……そこをあたしは心配で悩むことがあってさ」
「そうなのか……まぁ私は西の人間だからな。風習の違いとかあるからそういうところもあるだろう」
「そういう次元の問題じゃない」
「えっなに?」
低い声の早口が一瞬で流れたためにジーナは聞きかえしたがキルシュは息を吐いて胸を反った。
どうしたことか今日のキルシュはいつもより背が高く見える。
「まずはね隊長。龍の休憩所に献花用の花を持って行っちゃ駄目だよ、不吉さ。そのタイプの花の持ち込みは禁止だよ」
「ああ、そうかなるほど。じゃあそれ以外で安い花束を」
「次はその安いという安易な発想を捨てようよ。その時点で心が籠ってなくていけないさ。だいたいさその花束って何のために買うんだよ」
敵への献上品……というとキルシュは激怒しそうだなと察し賢く判断できたジーナはハイネの言葉を思い出した。
「……仲直りのためのもの」
答えると険しきキルシュの表情に和らぎ光が差し腰を叩いてきた。
「なんだ分かってんじゃん! それなのにあれなのがあれだけど、まぁいいさ隊長だし! じゃあ綺麗なのを買おうよ。どれを買うのさ?」
急にはしゃぎ出すとはやはりキルシュは心が疲れているのではとジーナは心配しながらも反論せずに花屋を一瞥すると、まず目に入ったのは黄色の花。見覚えのある黄金色。
「あれがいいな。キルシュはどう思う?」
「値段の問題じゃないなら何でもいいさ。あれってあの黄色の……おぉソグにもある花さね。隊長はあれが好きなの?」
「好きというか龍の館の庭にあったな。一輪の花だったが私にとってこっちに来て花といえばソグのあれだからな」
それがあったのは木陰。あの岩の正面にありこちらを監視しているように正面を向き咲いていたからこそ覚えていた。
ジーナはそれを眺めていたのが遠い昔のようにその記憶を噛みしめていると、重低音な声が下から感傷を貫いてきた。
「それだけはだめさ。他のにしてくださいな隊長」
黄色の花に手を掛けようとしていたその動きが止まりジーナは花から目を逸らさずに尋ねる。
「どうしてだ、説明してくれないか」
反発からか声が荒れたが、キルシュはすぐに返した。
「これは、ハイネへの贈り物だからさ。他の何かを混ぜちゃ駄目だ。あの子は知らないかもしれないけど、あんたは知っている。そこにあの子にとって良くないものが混じるかもしれないなら、そうだとしたら駄目だ、お願いさ、やめて」
なんて感覚的な話だとジーナは下を向くとキルシュが見つめていた。
息を止め、瞬きもせずに見る。そこまでしてなのか?
どうしてだか分からないが、ジーナは頷いた。
「……分かった。別のにしよう。それでさキルシュ。いったいハイネはどういうのが好みなんだかさっぱり分からん。ヒントぐらい教えてくれないか?」
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