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第3部 私達でなければならない

彼は私の部下である

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 不自然さのない洗練された振る舞いによる美しい情景であるのに、正視できない汚らしさがそこにあるとシオンは反射的に感じ取った。これではもう二人は……

「それでは祝典式の打ち合わせを致しましょう。これより準備が行われまして午後になりましたら」

「打ち合わせの前に妾は導師殿の活躍の話を聞きたいぞ。手紙では詳細が書かれてはおらぬからな。ここで、聞かせてくれ」

 龍身がそう言うとシオンは顔を前に戻し耳を傾けた。そう、そこは気になるし知る必要はあった。

 それでは、と威儀を正しルーゲンは手紙には書けなかった詳細を語りだした。その、龍を討つ話を。

「あの男は龍の重圧の影響がなかったということだな」

 ルーゲンの語り途中で龍身がそう尋ねるとルーゲンは頷いた。

「そうです。彼は僕の錫杖による回復を全然必要としませんでした。よくよく不信仰なもので」

 あの男・彼とはジーナであることはシオンにはすぐに分かったが、その呼び方にも違和感があった。

 ルーゲンのはいつも通りであるが龍身のは違う。響きが違う、熱が違う、そもそもが発しているものの違いがあるとも感じられた。

 重ね重ね思うことはヘイムならそんな呼び方などしないと思いが強まる。

 語りは長い階段から扉の前となり当時の重圧そのままに雰囲気も重くなっていき、龍の扉が開かれる場面はその音が耳に聞こえるほどであった。

 実際は聞いたことなどないというのにこの身に流れる血が覚えているのか、いつかの記憶が刻まれているように。

「先頭は彼、ジーナ君であり真ん中には僕とブリアン、そして後方は他の隊員という編成でした」

 その編成かと思うと同時にそれしかないなともシオンは思い、また成功していると分かっていながら先行きに不安を覚えた。

「……偽龍は伏せっておりました。これは予想通りであり、任務の遂行はこのまますんなり行くかと楽観的になってしまいました。なにせあの重々しい雰囲気の中でも先頭の彼は変わらずに歩き近づき、労せずに剣を抜いて振り上げたのですから。ところが突然偽龍が起き上がりその瞳から光を放ったのです」

 シオンは息を呑んで聞いていたが隣で喉を鳴る音が聞こえた。この自分が聞いたことのないその音にシオンは驚くと、呼ばれた

「それでシオン嬢。これからあなたにとってお辛いお話をしなければなりません。よろしいでしょうか」

「兄のことですよね? 報告は受けておりますので構いません。そのお心遣いに感謝します」

「では続けます。ジーナ君と偽龍が対峙しているその背後の、龍座の後ろの幕から一人の剣士が現れました」

「……あの人らしいタイミングですね」

「その光によって硬直してしまっているジーナ君に目掛けてその剣士が突撃をしましたところ、僕は錫杖を床に叩き付けて鈴を盛大に鳴らしました。すると後方からアル君が旗を投げ剣士に当て動きを止めまして」

 アル君が、とシオンは出来過ぎであるものの宿命的な因果関係を想起せずにはいられなかった。

「その後に隊員によってその剣士は討たれたということです」

「ご配慮ありがとうございます。その、兄を討ちましたのはジーナですか? いえ、彼以外でしたら名は上げなくて結構です」

「いいえ、他の隊員でした」

「そうですか、ありがとうございます」

 良かった、とシオンは心中でのみ胸を撫で下ろす。これで余計な気配りや心遣いを掛けられることがなく、また掛けることがないことに安心をした。

 あのようなものでそういう思いをするのは御免だ、と。

「お立場は違えど残念なことでした」

「いいえそんなことはありません。お話を聞く限り兄上様は勇敢に戦われ散った、見事です。最悪命乞いでもするかと思っていましたのに。最後の最後で騎士の魂を見せてくれた、それを聞くだけで私は救われます」

 そう、救われると。自らの手で自らの解放は成し遂げられなかったものの、これでいいとシオンは思った。

 これで自分は自らの使命を果たすことのみが救いになるのだと。

「それで、話を戻す前に予め伝えておくがな導師よ。龍への下手人の名は、隠すではないぞ」

 龍身の声にシオンの背筋に冷たいものが走った。今までヘイムには感じたことのない感情、恐怖だというのか?

 シオンがこう思う一方でルーゲンの眼は喜色に溢れているように感じられた。

「龍身様がお望みであるのなら隠し立ては致しません。こちらが知る限りの個人的な目撃も含めてお伝えいたします。偽龍の騎士を斬り伏せましても龍とジーナ君の対峙は続いておりました。ものの十数秒でしたが、感覚的には恐ろしく長いものでした。彼にも錫杖の鈴の音は聞こえているはずですし束縛が解かれていると思いましたが、一向に動かない。もう錫杖の次が無いために僕は焦りましてジーナ君に大声をあげてしました、目を覚ませと。それが聞こえたのか錫杖の効果がでたのか不明ですが、息を吹き返したようにジーナ君が構えを正しまして」

 瞼を閉じシオンは想像の中で一瞬だけ過ったジーナを見る。一刀のもと斬り伏せようと憤怒の表情を浮かべ……ではいなかった。

 自分の想像に怯んだシオンは瞼を開く。その表情は憤怒ではなく、かといって無表情でもなく、あれは悲痛に耐えている……泣きだしそうなものの顔であったような。

「やったのだな、あの男が!」

 龍身の無邪気な声にシオンの想像は壊された。それにしてもこの声は、何故そこまでこれを喜ぶのか?

「偽龍に手を掛けたのは、あの男であろうな?」

「……ジーナ君が刃を落したと同時にブリアンも同時攻撃をし龍は倒れ伏しました」

 龍身の問いにお望みの答えを出せないためかルーゲンの言葉には力が無かった。

「ということは二人で倒したということでしょうか?」

「状況的にそうなったと考えるのが自然でしょうね」

「……あれが昏睡したというのは、反撃を受けたということであるよな?」

 龍身の小声にルーゲンとシオンはその方へと向いた。

「あれほど長い昏睡になったということは深く傷つけられたから、と見るのが自然であるな」

 そこまでジーナが龍を討ったことに拘る理由はなんだとシオンは龍身の心が読めない。一方でルーゲンは読めているのか、はいと返事をした。

「では公式発表はどうであれ、あれが、あのジーナが龍を討ったということでよろしいな導師」

「ええ、彼が討ちました」

 シオンは膝の上に積まれた手紙の束の中から一通の手紙を取り出した。

「お待ちください。手紙によればルーゲン師はその際に眼をやられていたと書いてありましたが、その状態でそう言明してもよいものでしょうか?」

 ほぼ決定したと思っていた二人は今度は逆にいるシオンの方へ眼をやった。

「それに眼をやられたというのは錫杖の反動と書かれていますが、これは状況的に龍の光りによるものではありませんか? あなたは龍を凝視し過ぎて眼を痛めた、こちらではありません?」

 思わぬ反撃を受けルーゲンは見た目は不動であったが目が左右に動いてしまっていた。なにか、隠し事があるのか?

「そうですね。確かに僕はその時は明確に目撃は叶いませんでしたが状況的にそうだと述べました。ブリアンの一撃では龍の命には届かなかったでしょうし」

「光が云々とは何が言いたいのだ龍の騎士よ?」

 龍身に呼ばれ、どうしてかシオンは身体に頭に鋭い熱が走り回った。

「私が言いたいことはこれです。衝撃というのは龍の光りの爆発だということを。あのジーナが硬直したのは龍の光が直撃したためによるショックではないかと。少し離れたルーゲン師でさえ眼を眩ませるのなら凄まじい威力です。そしてその内部に溜めていた光はジーナの剣が龍の身体を斬りだした瞬間に弾け炸裂し敵を倒すあるいは昏睡状態にさせる。相討ち狙いであったとしたら私は誇り高い龍による自死の可能性の方が強いと見ます。今回昏睡状態で済んだのはジーナの身体の頑健さによるものであり通常なら死んでいたでしょう。ブリアンのように脇で喰らっただけで半日気絶をしたり、ルーゲン師のように距離が離れているのに目をやられる、あれはそれほどまでのものでした」

 うむ、と二人は唸りながらシオンの早口の勢いと否定しにくい理屈の前に呑まれてしまった。

 その様子を見ながらシオンの頭の中を巡る熱はあるところに到着をする。

「ジーナが龍を討ったかどうかを龍身様はお気になされている御理由は、彼が希望するであろう龍の護衛の復職についての適不適合に関してのためですよね?」

 もしも龍を討ったものやら龍の血がついたものは古の掟によって云々、である可能性を思いつきシオンは先手を打つことにしたが、心の片隅で音が小さくなる、それは誰のためにすることなの? かと。

「……そうだ。苦痛に悶え暗褐色に濁った龍の血は毒である。人間にとってではなく龍に関してはな。それは一嗅ぎしただけでわかる、同じ空間にいるのなら風に乗りさえすれば離れていても分かる、服を脱いだとしても、その痛んだ血は今も過去も無関係に、腐臭を放つ」

「ではジーナの身体にその血がついているかどうか、彼を正式に護衛に復帰させる前に龍身様と御同席をお願いします。適不適合はその際の御判断によって御決定なさる、それでよろしいでしょうか?」

 龍身は首を縦に振らずに視線をルーゲンに投げかける。するとルーゲンが微かに顎を引いたのをシオンが確認すると龍身が言った。

「では中央到着後にそのような場を設けさせていただきます。それとルーゲン師ここでまた確認いたしましょう。龍の護衛とは私の部下でありその人事は龍身様と私の意見調整によって基本的に決められます。前回は将軍からの推薦を受けてのケースでしたが、今回の件についてはこちらで決定いたしますのでそういうおつもりでお願いします」

 念押しが効いたのかその後話は式典の打ち合わせに移りそれが済むとルーゲンは寂しげに退場していった。

「ではまた後でな導師よ。ここがまず中央での第一歩となる、つまらぬミスをせぬよう頼むぞ」

「細心の注意を払います。それでは龍身様にシオン嬢、また後ほどに」

 ルーゲンが扉から出ていったあとも龍身は窓からその後姿を見続けていた。シオンはそれを醜く見苦しいと感じ、振り返らせるため呼びかける。

「龍身様、あの龍身様?」

 だがその呼びかけには応じずにいるのでシオンは声をあげた。

「ヘイム!」

「おっなんだ大声を出すでない! びっくりするだろうにここなら小声でも十分聞こえるであろう」

 ブツブツ言いながら窓から離れ座り直すヘイムを見てシオンは深い息を吐いた。

「なんだ疲れたのか?」

「ええ、不思議と疲れました半日馬車に乗っていただけなのに」

「疲れが蓄積しているのだろうな。少し横になっておくがよい。まだ時間があるからな妾も横になって休むとしよう」

 二人はその場で横たわるが目をつぶるとシオンの頭はかえって冴えた。さっきのは何だったのだろうか?

 あのルーゲンが入ってきたときのヘイムの態度、いや違うあの時ヘイムはヘイムではなくあれは……身体を反転させると向かい側でヘイムが横になっていた。見ればその右半身は紛れもなくヘイム。

 私の知らないうちにどれほど変わっているのだろうか? 龍のルールのように自然に誰にも気づかないうちに龍身は完成へと向かっていく。

 龍身の身体自身から、人々の記憶から龍へと向かっていく。

 それは喜ばしいことであり祝福である。そのために私達は命を賭けて戦って来た。

 そうだというのにこの自分の心とはなんだろう? とシオンの頭はますます冴えていく。

 こんなことは私は間違っているというのに、どうして正しいとは思えない。

 正しいとはこの先ヘイムはルーゲンと結ばれて……そうだあの態度は受け入れている、中央に着いたらようやくヘイムはシオンに告げるだろう、龍の婿が決定したと……

 ハイネは大喜びだろうそして私は……どうして喜ばない? ヘイムがついに……眼が冴えるというか心臓に痛みだしシオンは今にも走りたくなってきた、どこに向かって? 何をしに?誰に会いに?

 疑問を疑問で繋げていくと有り得ない人物が頭に浮かび、シオンはソファーから立ち上がった。ジーナの顔、その傷痕。

 何故あなたがここで出て来るのか? どうして私は彼を龍の護衛にしようとあんなにこだわり動いたのか?

 考えても分からないなか身体の中の熱はまだ消えず駆けていくに任せた。その熱は中央へと向かうのだろう。

 だからシオンは瞼を閉じその熱に身を心を任せた。
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