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第3部 私達でなければならない

龍身と導師

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 龍が消えた、と速達で知らされてからしばらく経つがヘイムの姿に変化は現れなかった。

「突然、なんかこう、龍に大変身とかなさらないのですか?」

「馬鹿を言うではない。妾が中央に行かねばどうにもならんわ。だいたい本当に失われたか見なければなるまいに」

 ヘイム達一行は中央へと向かっていた。しかしソグからは必要な儀式用の道具を持ち出すため何台も馬車も用意され進行速度が大幅に下がる始末であった。

「こんなに必要なのですか?」

「妾は半分以下にしたいのだがソグ僧のものたちがあれもこれもと詰め込んでな。まっあれが無いのかというよりかはマシだが、遅いな」

 拠点を一歩一歩行く道程であるものの各地で挨拶や式典が連日催されるために更に鈍行に拍車がかかった。

「こう毎日祝辞を聞いていますと、戦争が終わったと感じますね」

「そうだな。毎度毎度戦勝と終戦の祝辞を述べておったら嫌でもそう思わざるをえぬが、妾らはちと違うのがな」

 ええ我々はまだ違うとシオンは相槌を打ち今後のことを考える。どれもこれも、気が重く緊張感を強いられるものばかり。

 かえってこの鈍行がありがたく、また最後の旅行といった感じすらあった。

 思えばヘイムとの長い長い旅、あの撤退からこの上京といつも二人はいたと。

 だからこれからもずっと……馬車の揺れが穏やかになったためにうたた寝しようとすると、突拍子のない言葉で目が覚めた。

「のぉシオン。先にマイラと結婚式を挙げていいのだぞ」

「何を言っているのですかヘイム! そんなことできるわけないでしょう」

「できるできる。速達でマイラに道具を準備させ出発させればいい。それで向うについて半年ぐらいしてから挙式してもよかろう。なにもこちらを先にすることは無い。そちらが望むのなら先にしたっていいのだぞ?」

 半年? とシオンは頭に手をやった。それは無理だ。ここから伸ばしても肩にかかるかどうかであり、せめて一年ないと色々と支障が出る。

「良いではないか短髪がそんなに好きならその髪型でやっても。遠目から見ると尼僧の式かと思えてしまうがな」

「分かっていて言っているじゃないですか。駄目ですよ半年じゃ。もっと時間をかけないと」

「なら今から髪を伸ばすようにな」

「……まだです」

「しつこいぞ。もういいではないか。お前はこのさきいったいどこの誰と戦うことがあるというのだ」

「油断は禁物ですよ。ほら今この道中だって得たいの知れない何かに襲われるかもしれません。それで私の髪が邪魔で守り切れませんでしたら悔やんでも悔やみきれません。ああ……あの時に髪を切っておけば、と」

「何度も聞いたがそんな仮定があってたまるか! 用心深すぎて怖いぞ。肩まで伸ばす分には問題ないであろうに」

「ヘイムがそういうのは私の髪をいじって遊びたいがためでしょうに。駄目ですよ玩具が欲しいからってそんな誘惑することを言っては。あと私の挙式をそうやって前倒し決定することで自分のを後回しにしようなどと考えているのでしょう、お見通しですよ」

「ふん! そういえば手紙が来ぬな! いったいどうしたのだあやつは! 非礼に過ぎるのではないか?」

「てっ手紙? ああそれは彼のせいではなくて遅配のせいでして」

 図星だからか大声を出し話を逸らしたかとシオンは身体から力が抜けた。

 まぁいいこれ以上この話題を続けても髪の話だからではないが不毛だ、やめようとシオンは鈴を鳴らし馬車側面を警護する従者に手紙は? と告げた。

 ここのところ手紙の類は山の悪天候によって滞りがちになり、最重要なもの以外は天候の回復を待って届けることとなっていた。

 それからしばらくするとようやくさっき届いたという速達が大量に届けられ二人は宛名を確認し合った。

「もしかしてあやつは死んだとかあるか?」

「まさか。どうやったら戦死しますかあれが」

「そなたが心臓を貫くとか」

「もしくはあなたが心臓を食い千切るのかのどちらかですね」

「待て。この妾の小さな口でどうやって奴の胸を噛みつくのだ」

「何が小さな口ですか。果物を食べるとき一口で行きたがる癖に。あれ男の前だとやりませんよね?」

「豆の食い過ぎで喉を詰まらせるやつが何を言うのか」

「えっ私はそんなことしたことありませんよ」

「へっ? うん? おっこれだあったぞ」

 ヘイムもまた話が拗れる前に切り上げ沢山の郵便物からヘイムが取りだしたのはバルツからの郵便物であり、龍の間宛の封筒であったが、差出人の名がジーナのものではなかった。封を開けずに封筒の裏表をヘイムは丹念に見た。

「これは何かがあったということかの?」

 凶報? とシオンは先ず思ったがヘイムは興味なさげにしていた。さきほどの勢いと違って不自然なほどに。

「さっきは冗談で死んだと言っていたがまさか、な。まぁ戦死したのなら花の一輪ぐらい捧げてやろうかのぉ。ちと特別扱いになるが」

 緊張気味なシオンに向かってからかい気味にヘイムは言うものの、封を切る様子を見せずに弄ぶようにヒラヒラとさせていた。

 有無を言わさずシオンはその指先から手紙をひったくり素早く封を切り、中身を拝見した。ヘイムは何も言わずにその流れを静観している。

「たいしたことあるまい」

 ヘイムはそう言うとシオンは顔をあげずに首を横に振った。

「任務完了後から昏睡状態が続いているとのことです」

 あの嫌な予感が的中するとは、とシオンは顔をしかめた。

「あっそう。じゃあもう治ったのか?」

「えっ? あのヘイム様? 手紙には治ったとは」

「そうではない。それはな、かなり前のであろう。ほら日付を見ろ。中央解放の後日であろう。そうであるから続報があってそこには回復しましたと書いておるはずだ。だからそう心配することは無いぞシオン」

 読み終わったので手紙を差し出したのにヘイムは受け取らないまま新しい手紙を探し出した。

 何だろういまの言い方は? とシオンは思うものの読まないのならと手紙をしまい、探し出すと声が聞こえた。

「あったぞ先週のが。これが最新のだろうな」

 早いなと思いながらシオンはヘイムが開くのを待つが、開かない。

 ペーパーナイフを持つ手は動かずよく見ると微かに震えている。震え? どうして震える必要があるのか?

「落ち着けシオン、焦るな」

 何故私に対してその激励の言葉を? と変なことを言うなと思っている、とヘイムはその二つをシオンに差し出す。

「今日は調子が悪いな。悪いが開けてくれぬか?」

 なるほど突然調子が悪くなったのかとシオンは納得し封を切り手紙を広げると、ヘイムの視線が腕に刺さってきた。

 刺すのはそっちではなく上の方ですよ? と思いながら読み出すと、今度は頬に視線が刺さってきた。

 だから私の筋肉や表情の変化を読んでどうするのですか、覗き込んで手紙を見なさいと言いたいところだが、構っていられずにシオンは手紙を読み頬が緩むと、ヘイムが覗き込んで来た。

「ほら見るがよい、妾の言うようにたいしたことはなかったであろう」

「言っていないし読んでいませんよね?」

「シオンの反応でほぼ分かった。どれどれあーそうかそうか先日に目覚めて経過は順調です、と。まっこんなところであったろう人騒がせな男だ。あれは人を驚かせるのが好きな悪趣味な男であるからな。こうやって心配させるのも奴の手だ引っ掛ってはならぬぞ。まぁ、とりあえず……まっ良かったな」

 満足したように自分の椅子へと戻るヘイムであるが、シオンは何ですかその声はいったい何をそんなに心配しているのやらと思いながら手紙の続きを前のと合わせて読みだした。

 中央の龍との戦闘中に負傷をし意識を失ってしまったものの先日奇跡か偶然かソグの香木を焚いたら甦ったと。

「彼が知っている香木は龍の間のでしょうね。なんにも言っていませんでしたが彼は案外あれを気に入っていたのでしょうか?」

「そんなことは一言も言っておらぬが、あれはあれで目敏い男だからの。高級なものが好きなのだろう。がめつくて意地汚いしょうもない男だ」

 安心した二人は手紙を読みながら互いに意見を言い合うなかで、馬車は荷が軽くなったかのように速度を上げだした。

 シオンが窓の外を見ると草原を抜け街道に入ったと見え二人は歓声をあげた。第二の故郷への道。

 ヘイムにとっては久しぶりに見る中央への街道、旅は後半へと進んでいると見た。

「確か予定ではもう少し行った町で休憩らしいな。その前に導師の出迎えと」

「導師? あっはいそうですね。ルーゲン師の出迎えを受け一緒に街へと入ります」

 わざわざこんなところまで戻ってこなくても、とシオンはルーゲンに対して思った。

 彼の手紙は他の最重要書類と共に優先的にこちらに届けられていた。すっかり前線においてバルツ将軍の次に位置するもの。

 称号的に龍を導くものとなっているルーゲン。シオンはこのこのままルーゲン師がヘイムに近づいてくる気かと気が気でない状態であったが。

「まっ早いに越したことはないな。こちらも話すことは色々あるからのぉ」

 そうヘイムは姿には変化は無かったが、ただ雰囲気だけが依然と若干変わったとシオンはすぐに気づいた。

「あやつもこれから重要な役目となるからな。特に中央に着いてからはあれと多くのことを相談してやっていかなくてはならぬ。いいタイミングで来てくれたものだ」

 ヘイムは以前ならこんなことは言わないとシオンは不安になった。しかし不安になる道理など本来は無いはずなのに、どうして?

 龍身としては龍を導くものと共に、これからの政をするなど説明不要など当然のことでありこのヘイムの態度は普通なのである。

「今回の働きでようやく龍を導くものの適正が判明したわけであるからな。あれも頑張った。文句抜きに最高勲章ものだ」

 褒めるだなんて今まで一度だってなかった。むしろ避けていたといっていいのに……どうしてここまでルーゲンに対して軟化しているのか?

 しかも呼び名は導師と龍を導くもののの略称でしか呼ばなくなっているとシオンは初期の段階から気づいていた。

 戦勝報告書を読んた時から、中央の龍が消えた時から、ルーゲンの活躍を知った時から。

「導師に早く会いたいものであるな」

 あなたはそんなことを言わない。シオンはヘイムの肩に手を乗せ、引き寄せる、驚くヘイムの顔を見た時どこかホッとした。

「ごめんちょっとふらついてしまって。そういえばジーナが龍の護衛に戻りたいと希望したようだけど、どう思います」

 バルツからの報告書の最後にそのことが書いてありそのことをシオンはとりあえず胸の中にしまっておこうとしていたが、どういうことかここで衝動的に吐き出した。

「あれが、戻りたいと、フッ」

 失笑しながらヘイムは顔を背けたもののそこには嫌悪感はないとシオンは見る。

「あの男がどの面さげてバルツにそう言ったのか知りたいものだな」

 薄笑いを浮かべるヘイムに向かってシオンは硬い表情を作って答えた。

「バルツ将軍。私をヘイム様の護衛にお戻しください」

「おいっなんだその汚い低い声は、よせよせ。真似しておるのだろうが似とらんぞ。これでも妾がふむとかおうとかバルツの真似をしたら了解になるだろうに」

 こうは言うものの反応から否定的ではないことにシオンは安堵する。言葉よりも態度の方がヘイムは正直だと知っている。

「こちらが戻って来いと言わなければならないとしたら沽券に関わるし腹も立つが、まぁあっちがどうしてもとお伺いを立てているのなら考慮に入れておいてやろう。あれは口と態度は最悪だが、他の誰よりもやるべきことはやってはおる。そこはこちらの徳の高さを示すには良いことだな」

 戻って来いとか手紙に書いたのは内緒にしておこうとシオンは腹の中で思った。

「彼は使いやすいしこちらの仕事もよく分かっていますからね。他の人を探すのも育てるのも面倒ですし」

「ああ見えて仕事の覚えは早かったな。意外に異人の方が畏敬心や先入観が無いから覚えやすいのかもしれぬな」

 それはどうだろうとシオンは思うも彼の動きを思い出すとそうかもしれないと思った。

 これとあれといったらそれを正しく持ってくる、ここまではごく普通なことだが、その場所や道具の位置をすぐに覚えたのはおかしかった。

 まるで昔それを見て知っていたように、かつて手伝っていたように、そんなことあるわけがないのに、シオンはそのことが忘れ難かった。

「何を言ってもいいのが良いな。所詮は外の人間であるしどう扱おうとにこちらの感情など痛まぬしな」

「それはそのままジーナがヘイム様に対する感情と態度で変わりませんがね」

「いや、あちらはこちらに対しては敬意といったものが無くてはならぬぞ」

「論理的には駄目駄目な考え方ですね」

「いーや、妾のいうことが正しくて絶対だ。妾は偉いのだからな」

 こうして取るに足りないお喋りをしているといつしか馬車の速度が落ち始め窓から街の匂いがし出した。

「おっそろそろつくのか。下らないことを話していたら到着してしまうとはな。シオンのせいで旅情が台無しだ。これでは龍の間と変わらぬではないか」

「ヘイムのほうが私の倍は喋っていますよ。さして風景なんて興味もない癖に」

 馬車はいつしか止まりノックの音がした、従者の声。

「失礼します。ルーゲン師がお見えになられました」

 ここで? いやそうかと彼のことを意識の外に出していたシオンは予定を思い出した。到着直前に馬車内で打ち合わせをする、と。

「導師か。入れ」

 シオンが言う前に龍身が声を出した。こういうことはあまりない、ましてやルーゲンに対しては。

「失礼いたします龍身様にシオン嬢」

 戸口から中へと美しいものが入ってきた、とハイネはルーゲンの動きを見ながらそう思った。

 元々彼は綺麗な男であったが試練を乗り越えたからかより強い輝きを纏い出したのか別人にも見えた。

「導師よ。見事に使命を果たしご苦労であったな」

 龍身が導師と呼ぶたびにシオンの身体は強張り心は反発を覚えたものの、ルーゲンの姿を見ればその名に相応しいものだと認めざるを得なかった。

「有り難きお言葉を戴き恐縮であります」

 龍身が左手を差し出すとルーゲンは跪き左手に触れる

 そしてルーゲンは微笑み龍身も微笑み返すとシオンは顔を背けた。
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