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第二章 なぜ私ではないのか

龍が人の姿をしている

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 第二隊の席は会場後方の末席中の末席であるも人数分の椅子があり隊員は全員正装の上で大人しく座っていたものの、二つの椅子が空席のままであったが誰もそれを気にしてはいなかった、というよりかは諦めていた。

 その末席の脇には出入口があるがそこには二つの人影があるもそれは警備兵ではなかった。

「こんな席なら出なくても良かったんじゃないのか?」

「席なんて関係なく隊長は出たがらなかったじゃないですか。最前列の特等席だと言われても嫌とか言ったでしょうに」

 それなら死んでも出ないとは言わずにジーナは我ながらのこのアイディアに自ら感心していた。

 丁度天幕の各出入り口は警備がつくのだが各隊の兵のローテーション式であるもののジーナはそれをほとんど引き受けると請け負った。

「この役は私に適任でありどうかやらせてほしい」

 と強引に主張したところ光栄感と同時に緊張感といった様々な重圧に心配していた各隊の頭達はジーナの案に乗り全面的に預けることにした。

「また隊長の株が上がりましたね」

「私はそんなつもりは全くないんだけどな。アルも付き合わせて悪かったな」

「別にいいですよ。僕は隊長と同様に龍身信仰は薄いものですしね」

 出入り口から半身となって二人は会話を交わす。この外と内の曖昧な位置にジーナは感謝した。これであの人を目を向けなくて済むと。

 正面に座ればあの人を見なければならない、または見られなくてはならない。そう思うのなら、とジーナは灰色の空を見上げながら小声で言う。

「どうしてここにのこのこやってきたのだ?」

「シオン様に怒られたからですよ。本当にシオン様は素晴らしいお方ですね。自分の意思を貫くことに関しては馬鹿がつくぐらいに頑固で強情な隊長を説き伏せるだなんて。シオン様は龍の騎士としてここ数代で最も精強かつ聡明さと凛々しさを兼ね備えており、まぁ心無いものはでも女だろ? とか言いますけど、そんなものがなんでしょうか? 肝心なことはですねその女という存在を超えるところに」

 いつものアルによる龍の騎士シオンを讃える演説を聞き流しながらジーナは背中に感じる雰囲気を探っている。

 まだあのひとは出てきてはいない。登場となったらこのざわめき声もちらほら湧く囁きも消え、場内は水を打ったように静かになりアルですら演説を止めるだろう。

 誰もがあの人に注目しその一挙手一投足から語られる言葉どころか呼吸音から無言の間すら耳へと全て入れようと集中するはずだ。

 何故ならあの人はこの場では、龍身なのだから……だが私は、駄目だろう。私は龍身をみなと同じように見ることはできない。

 それどころか聞くこともできずに目をつぶり耳を塞ぎ、感覚を遮断することに全力を尽くす。

 私はそういう存在であり、あなたはそういう対象なのだ、とジーナは再び自分に言いきかせそれに合わせて一点を付け加える。

 ヘイム様が来るというのなら……シオンは明白に言っていた。ヘイムに悪いと言うのなら、その点に抗う論理も感情もないために自分はここにいるとジーナは確認をする。

 しかしここに来るのが完全なる龍身であるとしたら、そうであるのは当然だが、ヘイムである点が皆無だとしたら、私はこのまま……

 またそんなことをグズグズと考えていると、まずアルの演説が中途半端なところで終わり続いて場内の音が瞬時に死に絶え発生する沈黙が音を立てるようにして領域に広がってその場を支配し、その雰囲気がジーナの背中にぶつかってきた。来たなと見ずともジーナは分かった。

 背中越しに伝わって来る足音、その杖と二本の足の歩行音。知っているはずである音であるのに、ジーナには知らないものとしか聞こえなかった。

 それどころか思う。不快な足音だ、と。一つ一つの音が神経に触り痛みを感じる。

 杖音に足音が治まると一同の視線が一つに集中していく音のようなものをジーナは感じる。

 そのなかで自分は背を向けていることにジーナは救いを覚えた。

 しかし、声が聞こえた。これもまた知っているのに知らないものの声が。耳を塞ぐのを堪えながら聞くも耳に入るのは龍への祈りの言葉……嫌な言葉であり声だとジーナは耐えられずに掌で耳を塞ぐ。

 そうすることで何も見えず何も聞こえない自分の闇の中でジーナは強く感じた。ああ……そこにいるのは龍であり私の敵であるのだ、と。

 自分はこれからそれに表彰されるのかと思うとジーナの心臓は強い鼓動と共に叫びが血管を流れる。

 『やめろお前はそれを受けてはならない』

 命ぜられたように足が一歩前に出ようとするその刹那にジーナの腕から手先が無意識に動き、身体が反転する。

 闇の中であったからその指先への動きがなにを意味するのかが、分かった。

 それは手紙の文章の動き、見えずとも書き送った理由は……だからジーナは瞼を開き闇の世界からこちらに戻ることにした。

 視線の先にある人も幕もそれらは見ずに壇上のひとつのものを見つめた。

 男はヘイムがそこにいないことを認めると同時にジーナはそこに龍身がいることを認めた。

 龍身はヘイムの姿をし、語っている。この戦いの意義に自分たちの栄光そして自画自賛である龍への称賛を。

「龍が人の姿をしている」

 心の中での呟きであるのに言った途端に男の眼に龍身の顔が見え鮮明に映しだされた。ヘイムではないものの顔が最初に出会った頃よりも、いや最後に会った時よりも広くさらに濃くより深くに現れている。

 これは私にしか分からないのだろうと男は確信した。この世界で唯一自分だけが龍に逆らうのだからと考えながらそのまま龍身を見続ける。

 知っているはずの姿であり顔であるのにいくら見ても何も思い出せず、またあの握った掌さえもその曖昧な感触が甦りもしなかった。失われ消えている。

 龍身は語り終え後ろに一歩下がることで式が始まることが分かったものの男の眼は龍身を捕え続け、同時に探す。

 あの人は、いないのだろうか? と。こんなに近くにいるはずだというのにこれまでの何よりも遠くに離れてしまったとしか男には思えなかった。

 自分があの場から去ったあとにそれとなり手紙の時だけ維持していた意識が今日この儀式の前に失われ、もう既にこの世界にはいないとしたら、それどころか今までのことさえ全てが龍が見せた幻であったのなら……私は救われる、だがいったいなにから?

 男はそう思うともう耐えられなくなったように後ろを振り返り出入口を見だした。もうそれ以外のなにも見たくないというように。

 壇上の方への静寂さとこの出入り口付近の沈黙によって二つの世界が生まれた、いや甦った。

 ジーナは自らの静けさに浸れば浸るほどに世界は別けられると改めて意識しつつ、またここにおいてようやく気づき確信しつつあった。いま、私は、遠くにいると。

 しばらくその今の位置を意識し続けていると肩に手が置かれ振り返ると隊員の眼がそこにあった、無言であるがその時が来たと告げに来たのだろうと理解し歩き、先頭に立つ。

 するとジーナは後方で無音のどよめきを聞いた気がした。これでいいのだとジーナは思う。

 いつものように第二隊の先頭に立ち壇上へと向かう際に、龍身に目をやった。

 当然に視線は合わない、何故なら龍身には眼球が無いのだから、と意外な真実のようだとジーナは思いそれを目指し進む。

 前方を行き龍に近づくにつれてジーナは自分はこういうものであったことを思い出しつつあった。

 自分とは龍を目指し行くものであるのだから迷いは遠くに行ったと。いまどこよりも遠くへいる。

 会場の真ん中を進みこんなに近づき傍に寄りつつあるのに、意識とあの人は遥か彼方へ行き、自身もその反対へと向かっているように。

 壇上に登るための階段に足をかけた瞬間にジーナは心の中で叫び声を聞いた。遂にこの時が来たのかと。

 何かを感じジーナは視線を斜めに向けるとすぐに目に入ったのはハイネの瞳であった。

 椅子に座りこちらを見ているが視線が合うとハイネの瞳は驚きの光を放つもすぐに消えそれから微笑んだ。

 その笑みとは、とジーナは考えた、まるで何かを期待し望んでいるもののようだとジーナは感じ正面に目をやるとそこにはただ、龍身が立っていた。

 遂にこの時が来た。もう一度声がし、予感を抱いた。この時よりこれより先、自分は龍に真っ直ぐに立ち向かえる、と。
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