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第二章 なぜ私ではないのか
ジーナみたいな男にはあなたは勿体なさすぎです
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シアフィル砦は去年シオン達が命辛々に到着し自分たちは生き延びたという心地を存分に味あわせてくれた砦であり、こうして歩けばあの日々のことを思い出し心が充実していくな、とシオンは砦の廊下を歩きながらそう感じていた。
けれどもあの塔は、とそろそろ見覚えのない廊下に足を踏み入れながらもう一度考えてみた。
何の記憶が無いなと妙な気分に陥っていた。 あの塔だけは全く接点を持たずにいると。
中に入ったことは無いことはもとより外から見た覚えもなく、まるで最近できあがったもののように、ジーナを閉じ込めるためのもののように、彼自身が自分のためにこの地に誕生または建築したものかのようにもシオンには不思議に思えたが、そんなことはどうでも良かった。
あるものはあり、ないものはない、あるとかないとか考えてもせんなきこと。いま考えることはジーナのことのみ。
二言三言強めに言えば彼も考えを改めることでしょう、だって彼だってヘイムには会いたいでしょうし……おや、とシオンは誰かが歩いてくる足音を耳にした。
それはよく知っているものの足音だが、非常に軽やかで美しい響きを床上に奏でていると。これは、すごく良いことがあった時の証拠。
学校時代のあの子が良く出していた音であると。最近では聞いたことが無く重々しいものばかりであるためにシオンの心も晴れ、勢い歩調もさらに速くなった。
シオンは足音を立てずに歩くことができ、この時に無意識でそれを行っていた。
向うは誰かが近づいてきていることに気付かない。ましてやそれが知り合いどころかもっと近い存在であることなど思いも寄らない。
予定では会うのは夜であり、その前というのは有り得ず、ましてやこの塔の中でなんて……よってこの時は完全な不意打ちとなり、予定していたこととは別のことが発生することとなるがシオンは鈍感なので気にしなかった。
「ハイネ! お久しぶりですね」
呼びかけると廊下を流れ続けてきた可憐な音が途端に止み、停止する。
返事は? いつもらしからぬハイネの態度を怪しみながらまずシオンは人違いかな? とも考えるも、廊下の陰からでよく見えなかったその顔は紛れもなくハイネのものであったものの、表情が知らない女のものであった。
驚きと戸惑いにで思考が停止しているのか、瞬きもできずにただ視線をこちらに向けていた。なんですかねその顔色は?
「姉様、どうしてここに?」
声を聴くとシオンは即座に悟った、この子は何か、悪いことをしているなと。シオンは何度かその声を過去に聴いた。
ちょっとした不正やら隠し事のなにやらを行ったり発覚しようとしたときに彼女はこの声を出す。
今にも死にそうな弱々しくふらついた声を、前回は確か異性関係で……
「ちょっと事情がありましてここに参上しました。あなたとは夕方に会う予定でしたけど、前倒しになりましたね」
「そっそうでしたか。お会いできて嬉しいです。それで、あの」
「それで、あなたは何をしているのですか?」
言葉を遮り機先を制してシオンがハイネに問うとその半開きの口が閉じた。
この子がここまで狼狽えるのはあまりないなとシオンはここでも記憶を探った。そつのなく真面目で優秀な子ではあるけれど、少々男遊びが激しくそのことでしか今まで注意したことがなかったが、すると今回も……とシオンはその後ろにある階段を睨む。
ハイネも同じところを見つめ、昇り階段の闇の向う側を見ながらシオンは強く思う。この子は男が絡むと馬鹿になる。
多かれ少なかれ自分自身もそうではあるが普段とのギャップが激しい分にハイネはとてつもなく頭が悪く見えた。
だから次のこれもいとも簡単に引っ掛るだろう、と無造作に釣り糸を水面へ投げかける。
「ジーナに会いに来ました」
意図的に名を強調するとハイネの身は大きく震え、その身体から女の臭いが香ってきた。
愛し愛されている女特有な甘ったるい生臭いさにたじろぐもシオンはあえて嗅ぎながら前に一歩出た。
「彼と何をしていたのですか?」
敢えて鎌をかける問いかたをするも字を教え勉強をしていましたとシオンは即答をしてほしかったが、ハイネ緊張した面持ちで息を呑み間を作った。
すぐに答えられないのが何よりの証拠かとシオンは内心で落胆した。
「いつものようにジーナに字を教えました。龍身様宛のお手紙のために」
シオンはハイネの言葉の調子が言い訳じみていて不快感を覚えながら大きく一歩また前に出た。
「私とあなたの仲です。余計なお世話だと私は一切思いませんから伝えます。それ以上の深入りはよしなさい。良いことになりませんよ」
もう二度とは言いたくなかったこの台詞を言いながらシオンは過去を思い出すと怯えていたハイネの顔に血の気が戻り目に鋭い光が宿った。
「……姉様はジーナには他の女がいるからよしなさいと言われるのですか?」
「そうです……うん?」
反射的に返すとシオンはすぐさま不明の闇に陥った。何だ、今の答えは。彼に女がいるですって? そんな馬鹿な、どこをどう揺さぶってひっくり返したらそんな要素がかけらほども零れ落ちるというのだろうか。出てくるのはせいぜい埃かお菓子の食いカスぐらいだろうに。
「うーんハイネぐらいですかね」
「あの、姉さま?」
我ながらまたトンチンカンなことを言っているなとハイネの不安そうな表情を眺めながらシオンは思う。
そう、女の影といえば考えたくもないし想像もしたくは無かったがこのハイネとの疑惑はあった。
やけに仲が良いどころかこうして勉強をする立場となったら余計に仲も発展して……それは当然ですよね。
しかしそんな当たり前のことをどうして今やっと分かったように感じるのだろうか? ハイネは恋愛要素が薄いとか嫌悪しているのではなく、むしろそういうことが濃いうえに好きな子とだと知っているはずなのに、ジーナとの関係を考えなかったのは何故? 私の意識からなにかが抜け落ちているとでも?
「ごめんなさい、ちょっと混乱しちゃって。話を一からやり直しましょう。ハイネはジーナとはそういう関係なのですか?」
「いいえ、違いますね」
今度は落ち着きながらハイネは答えた。その自嘲的な口ぶりシオンには真実味を感じさせた。おかしい、この子はこういうことには嫌味なぐらい自信過剰さを見せつけてくるというのに。
「私達は姉様の想像しているような関係ではありませんよ、残念ながらですけど」
苦笑いをしつつ答えるハイネにシオンは一歩足を引いた。これはいつもと何かが違う、と。ハイネはこういう反応をするはずがない。
「こちらから聞きたいことがあります。さっきのことをもう一度お教えください。姉様は彼と関係をもつ女が他にいるとご存じなのですか?」
「……いませんね」
いないというのに、シオンは自分の言葉に釈然としないものを感じる。あれにいるはずがない。
このことは私のみならずヘイムだって同意して……あれ? なんだいまの違和感は?
あれが他所で女を作っているとは考えることが異様に不快感を味わうのはいったいなんだ?
「いないとしましてもあなたたち二人は」
「なにがいけませんか?」
反撃にシオンの足は下がった。このことは逆にシオンはハイネに問いたかった。私はどうして彼とあなたが駄目なのだと固く思い込んでいるのだと。こんな混乱と戦いの新しい時代へと進んでいるのだから、旧時代の家柄や血筋に身分はほぼ一新されまるで違う世界を迎えるのなら、夫たるものがどこの馬の骨で外国人だろうが、英雄なら英雄として遇せられ尊重される。
ジーナならそれは間違いなくそうなる。
ならいいのではないか? 学生時代は旧時代の道徳や結婚観が支配的であったのだから、それに従うのが正義であり従うに足る力があった。
だが今は違う。今はあのジーナのような力こそが最も尊いものの条件であり、そう考えるとハイネの選択は理性的に考えて間違いとは思えないものの、シオンにはどうしても肯定することはできなかった。
「それはジーナには……」
あなたではないと感じるから、とは口に出なかった。だが他に誰がいるのだろうか? 私は知っている? そんなはずはないというのに。
しかしその相手は確実にハイネでないとは確信できていた。
それはあまりにも、残酷な言葉に思えて、そうハイネの眼はいま暗い陰が覆った。
自分の言葉次第ではハイネの心を血塗れにさせ死をもたらせる、そうとしか思えなかった。
シオンは視線を外し天を仰いで息を吐いた。なんという重い空気であったかと軽い空気を肺に一杯に入れ、心を軽くした。
「ジーナみたいな男にはあなたは勿体なさすぎです。なんです? ジーナは転んで顔面から落ちて怪我をして美形になったのですか?それともあなたが転んで頭を打って少し美的感覚が狂ってしまったか、どちらでしょうか?一分以内に答えよ」
試験の問答と同じ口調であるためにハイネは呆気にとられるも、即座に武官学校時代と同じ姿勢をとったシオンにハイネは条件反射的に背筋を伸ばし真っ直ぐ見上げて思うがままに答えた。
「はい! それは私が頭を打ったからあります」
けれどもあの塔は、とそろそろ見覚えのない廊下に足を踏み入れながらもう一度考えてみた。
何の記憶が無いなと妙な気分に陥っていた。 あの塔だけは全く接点を持たずにいると。
中に入ったことは無いことはもとより外から見た覚えもなく、まるで最近できあがったもののように、ジーナを閉じ込めるためのもののように、彼自身が自分のためにこの地に誕生または建築したものかのようにもシオンには不思議に思えたが、そんなことはどうでも良かった。
あるものはあり、ないものはない、あるとかないとか考えてもせんなきこと。いま考えることはジーナのことのみ。
二言三言強めに言えば彼も考えを改めることでしょう、だって彼だってヘイムには会いたいでしょうし……おや、とシオンは誰かが歩いてくる足音を耳にした。
それはよく知っているものの足音だが、非常に軽やかで美しい響きを床上に奏でていると。これは、すごく良いことがあった時の証拠。
学校時代のあの子が良く出していた音であると。最近では聞いたことが無く重々しいものばかりであるためにシオンの心も晴れ、勢い歩調もさらに速くなった。
シオンは足音を立てずに歩くことができ、この時に無意識でそれを行っていた。
向うは誰かが近づいてきていることに気付かない。ましてやそれが知り合いどころかもっと近い存在であることなど思いも寄らない。
予定では会うのは夜であり、その前というのは有り得ず、ましてやこの塔の中でなんて……よってこの時は完全な不意打ちとなり、予定していたこととは別のことが発生することとなるがシオンは鈍感なので気にしなかった。
「ハイネ! お久しぶりですね」
呼びかけると廊下を流れ続けてきた可憐な音が途端に止み、停止する。
返事は? いつもらしからぬハイネの態度を怪しみながらまずシオンは人違いかな? とも考えるも、廊下の陰からでよく見えなかったその顔は紛れもなくハイネのものであったものの、表情が知らない女のものであった。
驚きと戸惑いにで思考が停止しているのか、瞬きもできずにただ視線をこちらに向けていた。なんですかねその顔色は?
「姉様、どうしてここに?」
声を聴くとシオンは即座に悟った、この子は何か、悪いことをしているなと。シオンは何度かその声を過去に聴いた。
ちょっとした不正やら隠し事のなにやらを行ったり発覚しようとしたときに彼女はこの声を出す。
今にも死にそうな弱々しくふらついた声を、前回は確か異性関係で……
「ちょっと事情がありましてここに参上しました。あなたとは夕方に会う予定でしたけど、前倒しになりましたね」
「そっそうでしたか。お会いできて嬉しいです。それで、あの」
「それで、あなたは何をしているのですか?」
言葉を遮り機先を制してシオンがハイネに問うとその半開きの口が閉じた。
この子がここまで狼狽えるのはあまりないなとシオンはここでも記憶を探った。そつのなく真面目で優秀な子ではあるけれど、少々男遊びが激しくそのことでしか今まで注意したことがなかったが、すると今回も……とシオンはその後ろにある階段を睨む。
ハイネも同じところを見つめ、昇り階段の闇の向う側を見ながらシオンは強く思う。この子は男が絡むと馬鹿になる。
多かれ少なかれ自分自身もそうではあるが普段とのギャップが激しい分にハイネはとてつもなく頭が悪く見えた。
だから次のこれもいとも簡単に引っ掛るだろう、と無造作に釣り糸を水面へ投げかける。
「ジーナに会いに来ました」
意図的に名を強調するとハイネの身は大きく震え、その身体から女の臭いが香ってきた。
愛し愛されている女特有な甘ったるい生臭いさにたじろぐもシオンはあえて嗅ぎながら前に一歩出た。
「彼と何をしていたのですか?」
敢えて鎌をかける問いかたをするも字を教え勉強をしていましたとシオンは即答をしてほしかったが、ハイネ緊張した面持ちで息を呑み間を作った。
すぐに答えられないのが何よりの証拠かとシオンは内心で落胆した。
「いつものようにジーナに字を教えました。龍身様宛のお手紙のために」
シオンはハイネの言葉の調子が言い訳じみていて不快感を覚えながら大きく一歩また前に出た。
「私とあなたの仲です。余計なお世話だと私は一切思いませんから伝えます。それ以上の深入りはよしなさい。良いことになりませんよ」
もう二度とは言いたくなかったこの台詞を言いながらシオンは過去を思い出すと怯えていたハイネの顔に血の気が戻り目に鋭い光が宿った。
「……姉様はジーナには他の女がいるからよしなさいと言われるのですか?」
「そうです……うん?」
反射的に返すとシオンはすぐさま不明の闇に陥った。何だ、今の答えは。彼に女がいるですって? そんな馬鹿な、どこをどう揺さぶってひっくり返したらそんな要素がかけらほども零れ落ちるというのだろうか。出てくるのはせいぜい埃かお菓子の食いカスぐらいだろうに。
「うーんハイネぐらいですかね」
「あの、姉さま?」
我ながらまたトンチンカンなことを言っているなとハイネの不安そうな表情を眺めながらシオンは思う。
そう、女の影といえば考えたくもないし想像もしたくは無かったがこのハイネとの疑惑はあった。
やけに仲が良いどころかこうして勉強をする立場となったら余計に仲も発展して……それは当然ですよね。
しかしそんな当たり前のことをどうして今やっと分かったように感じるのだろうか? ハイネは恋愛要素が薄いとか嫌悪しているのではなく、むしろそういうことが濃いうえに好きな子とだと知っているはずなのに、ジーナとの関係を考えなかったのは何故? 私の意識からなにかが抜け落ちているとでも?
「ごめんなさい、ちょっと混乱しちゃって。話を一からやり直しましょう。ハイネはジーナとはそういう関係なのですか?」
「いいえ、違いますね」
今度は落ち着きながらハイネは答えた。その自嘲的な口ぶりシオンには真実味を感じさせた。おかしい、この子はこういうことには嫌味なぐらい自信過剰さを見せつけてくるというのに。
「私達は姉様の想像しているような関係ではありませんよ、残念ながらですけど」
苦笑いをしつつ答えるハイネにシオンは一歩足を引いた。これはいつもと何かが違う、と。ハイネはこういう反応をするはずがない。
「こちらから聞きたいことがあります。さっきのことをもう一度お教えください。姉様は彼と関係をもつ女が他にいるとご存じなのですか?」
「……いませんね」
いないというのに、シオンは自分の言葉に釈然としないものを感じる。あれにいるはずがない。
このことは私のみならずヘイムだって同意して……あれ? なんだいまの違和感は?
あれが他所で女を作っているとは考えることが異様に不快感を味わうのはいったいなんだ?
「いないとしましてもあなたたち二人は」
「なにがいけませんか?」
反撃にシオンの足は下がった。このことは逆にシオンはハイネに問いたかった。私はどうして彼とあなたが駄目なのだと固く思い込んでいるのだと。こんな混乱と戦いの新しい時代へと進んでいるのだから、旧時代の家柄や血筋に身分はほぼ一新されまるで違う世界を迎えるのなら、夫たるものがどこの馬の骨で外国人だろうが、英雄なら英雄として遇せられ尊重される。
ジーナならそれは間違いなくそうなる。
ならいいのではないか? 学生時代は旧時代の道徳や結婚観が支配的であったのだから、それに従うのが正義であり従うに足る力があった。
だが今は違う。今はあのジーナのような力こそが最も尊いものの条件であり、そう考えるとハイネの選択は理性的に考えて間違いとは思えないものの、シオンにはどうしても肯定することはできなかった。
「それはジーナには……」
あなたではないと感じるから、とは口に出なかった。だが他に誰がいるのだろうか? 私は知っている? そんなはずはないというのに。
しかしその相手は確実にハイネでないとは確信できていた。
それはあまりにも、残酷な言葉に思えて、そうハイネの眼はいま暗い陰が覆った。
自分の言葉次第ではハイネの心を血塗れにさせ死をもたらせる、そうとしか思えなかった。
シオンは視線を外し天を仰いで息を吐いた。なんという重い空気であったかと軽い空気を肺に一杯に入れ、心を軽くした。
「ジーナみたいな男にはあなたは勿体なさすぎです。なんです? ジーナは転んで顔面から落ちて怪我をして美形になったのですか?それともあなたが転んで頭を打って少し美的感覚が狂ってしまったか、どちらでしょうか?一分以内に答えよ」
試験の問答と同じ口調であるためにハイネは呆気にとられるも、即座に武官学校時代と同じ姿勢をとったシオンにハイネは条件反射的に背筋を伸ばし真っ直ぐ見上げて思うがままに答えた。
「はい! それは私が頭を打ったからあります」
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