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第一章 なぜ私であるのか
私とあなたの間に無関係なことなど今はなにも、ありません
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そこまで目に入らないとはこの人はいったい……とジーナは驚いていると、シオンはまた悩みだしたのか今度は指先で髪をその短い髪をさすりだした。相当に苛々としている様子だとジーナには見た。
「……あなたは他言するような男ではないと信じて伝えますが、一言で言いますとヘイム様がお忍びでバザーに行くのです。ただそれだけですが、これは龍身とは無関係な行事であって公務ではありません。ごく一部のものしか知られておらずバルツ将軍だって知りません。これはもともとソグ王室時代からの伝統行事といえるものでしてね」
「代わりのものに買い物をさせたら良いのでは?」
久しぶりに声を出したなとジーナはまるで水中から浮き上がり呼吸をしたような心地で返すとシオンは軽く笑い返してきた。
「それでは意味がありません。なにがあるのかは行って見なければ分からず、自ら見なければ分かろうはずもないでしょう。直接ご自身で行かなくては」
「直接と言われましても現在は様々な理由で難しそうに見えます。おやめになられてはいかがでしょうか?」
良い声が出たとジーナは思った。この声が出たのなら大丈夫なはずだ、とも。
ハイネの前で誓った約束のように自分はいま関係を絶っている。あのおかしな感情も一緒に断絶している。
シオンは息を小さく吐き茶を口に運びその隣の方から声が来た。それは独り言であり、こちらに向けての言葉でない声にも聞こえた。
「そうだな。そのまま廃止してもいいのだ。これはソグの王族の伝統行事であって龍となる妾にはもう無関係なことだ」
ヘイムの言葉にシオンは止めに入る。さっきとはまるで違う柔らかな声で以って。
「いいえ。あなたはまだ龍ではありません。前回のは戦争で行けなかったのですから、今回のは必ずと前々から言っていたではありませんか。それにこれが最後だと」
「この先はできんがそれならそれで割り切って去年のを最後だと思えば良い」
「ヘイム! それは言わないという約束でしたよね。最後だと思えば良い、だなんて冗談じゃありませんよ。突然天気が悪くなっていきなり中止になったではありませんか。あんなのは忘れるに値することです」
「そうは言うがな妾には良い思い出だ。あの頃はまだ一人で歩けたのだしな」
シオンは言葉を失い口を半開きにして固まった。
「昔はソグの皇女で今は龍となるもの。これは龍とは無関係の行事であり、妾でなくても良いのだ。前々から言っておるが反対意見が強かったり不都合な点があったり調整がうまくいかないのなら、妾が行く必要はなくそれについて文句はなにもない。もとより言えぬ立場であるからな。ジーナの言うように、そのような感傷に塗れたわがままなどおやめになられてはいかがでしょう、だ」
被害妄想と共に責められ名を呼ばれたジーナはヘイムの方を見る。ヘイムもまたジーナの方を向いており視線が当然合い交わった。
ヘイムの些かの乱れもない平穏冷静な表情にいまは若干色素が薄くなっているように見える澄んだ空色の瞳。
ほぼいつも通りのヘイムの顔であるのに、そこに諦念や寂しさに虚しさによるものが色濃く感じられ目を逸らしたくなった。
だがどうして見るに耐えられないのだ?
あなたがそのような顔をしているからといってこちらの心が苦しくなる道理はどこにもないのに、むしろそれは逆であるというのに。
苦しむあなたを見て私はジーナは喜ばなければならない。
そうであるのに、これはなにによる感情が、どのような心でいま自分の中に宿り感じているのかをジーナは分からない。そのまま長い数秒が経ち先に視線を外したヘイムが通告する。
「どうでも良い会話に付き合わせてしまったな。これより先に行う作業もないから、帰ってよいぞ」
視線を外してくれたというのに何かが脱落した衝撃が走り加えてその言葉に痛みが走る。どうでも良いとは……あぁその通りだ。
私にとって関係ないのだ。だが、腰が上がらない。視線はそのまま遠くを見つめるヘイムから離れない。その、不快な表情。見上げているのに俯いているかの、ヘイムのその顔にジーナの心は言葉が熱と怒りの叫びで一色となる。
そんな顔をするな……私はそんな顔を……
「どうした立て」
「どうでも良い、関係が無い、と何故私に対して、そう言うのか」
我ながらなんて酷い声が出たとジーナは思った。その呼吸が乱れ抑揚が壊れた声にヘイムは顔を振り向き再びジーナを見る。
突然の変化にシオンは怪訝な顔で見て何かを言うが、ジーナには聞こえずヘイムが手で制した。
「何故もへったくれもあるか。そなたの顔にそう書いてあったろうに。さっきのあの散策の時にそれを顔に書いてこっちを見せていたではないか」
そうだ書いてありそして隣にはハイネがいた。一緒に隠れているのをこの人は知り、その意図も察したのなら、そうだあなたの言う通りだ。
元の青色から空色へと色が薄れ消えゆき、あたかも命を終わりを告げるほど透き通っていくヘイムの瞳をジーナは正面から受け、その全てを肯定する。
そうだ、あなたは間違えてなどいない、だが私は間違えているのだ。
「では今はどうなのですか、いまの私の顔にはそれはありますか?」
「……まだ、書いておる」
ヘイムの眼が左右に動いたことによってジーナは決心する。
「違う。そんなことはありえない。あの、シオン様よろしいでしょうか」
ジーナは急に体を反転させヘイムに背を向けシオンの方を向いた。シオンは首を左右に傾けながら話がよく分かっていないままでいた。
「落書きでもされたのですか? どこにもそんなものは見えませんけど」
「落書きは脇に置きまして、私がこうして催促されても帰らずにここに座っているのは」
「あのねジーナ、気にしなくてもいいのですよ。これは仲間はずれにしているとかでは無くてですね、その日は特別な祝祭日ですしバルツ将軍はそういうのを凄く大事にする人です。それなのにそっちの行事を休ませてこちらの王室行事に付き合っていただくとは言えるはずがないだけでしてね。なにもあなたに問題があるとは私は全然思ってもいませんから」
「ルーゲン師がどうしても駄目であるのなら、私をその任に就かせてください」
後方から椅子が旋回する音がし視線によって背中が焼ける感覚に襲われた。だがジーナは振り返らない。それから叱責する声がくるがジーナは何も感じない。
「やめろ」
「それは命令でしょうか」
「命令だとする」
「それならば、しないでいただきたい」
まだこのやり取りがなんであるのか分からず混乱し二人の顔を見回すのに忙しいシオンの表情を見ながらジーナは黙り、ヘイムの表情を想像する。だいたいこうだろうと、想像する。そこは間違えない。
「そのようなお顔をなさらないでください。そのような表情を想像するだけで辛く、私は最低の気持ちになります」
ヘイムが立ち上がり杖が床を突く音が聞こえる。近づいてくると分かっていてもジーナは振り返らない。その顔は見ない。無意味だ。
「もう一度言う。そなたには関係ない話だ」
声は高いが鋭さがなく何処にも突き刺さらず床の上に落ちるその声、あなたは何を望んでその声を出したのか?
なんでそんなつまらない芝居をするのか? 龍のためなのか? それならば私はその全てを否定する。
「私の役目はあなたの護衛です。今ここにいる私はそれ以外のなにものでもない。ヘイム様、聞いてください。私とあなたの間に無関係なことなど今はなにも、ありません」
何かを呑み込む音が背後より聞こえてきた。いや、耳から聞こえたのではなく胸へと響き伝わり、心をなかのなにかを揺さぶり鳴った。だからわかった。
二人による意味不明な会話に首を傾げ続けていたシオンはとりあえずジーナがやる気を出したのだと捉え、頷きながらヘイムに物申した。
「そうですよヘイム。なにもそこまで退けることありませんってば。自らこんなに熱心に志願してくれるのなら、話は簡単になりますね。彼を護衛としてバザーへ行く。この身体と強面なら護衛としてならルーゲンよりも任せられますし何よりも暴力事には慣れていますからね」
自分の言葉を自身で納得したようにシオンは満足気に頷き微笑んでから、緩んだ表情をひきしめる。
「ですがジーナ。あなたの気持ちは十分に分かりましたが、もう少し物事は簡単に整理してから話すといいですよ。あなたはとても分かり難いですからね。バラバラの未整理状態で勢い任せの言葉をバババッと勢いよく用いても誰も理解してくれません。この私みたいに要点を掴める人がいないと伝えたことも十分に伝えきれなくなりましょうし」
こっちだって自分のことが誰よりも分かっていないのに簡単に整理できるわけないだろう、と思いながらもジーナは頭を下げ感謝を伝えるとシオンは微笑み立ち上がる。
「では昼から打ち合わせをしましょう。軽食を用意させますのでちょっと待っていてください」
シオンは女官らを呼びに部屋から出ていくと背中越しにまた何かを呑み込む音が伝わって来てその存在を伝えてくれる。
もうよいであろう、こちらを向け、とその音が告げているのかジーナは自然に身体を反転させると座った状態のヘイムの右顔がそこにあった。
「どうです? あなたの意図した通りになりましたよ。さぞかしご満足でしょうね。あなたはどこまでも私を苦しめる」
そう告げてからヘイムの表情を見ると、もうどこにも暗さが無くいつもの顔があり、それどころか笑みがあり喜びがそこにあり、何かが零れるのを耐えているように見えた。
今日はじめての表情だが、なにを喜んでいるんだこの女は、とジーナは思うも目を逸らさずに見つめる。その重さすら感じられる瞳の青さを。
「後悔するぞ」
「もうしています。私とあなたとの間には後悔が満ち満ち、さながら苦界に沈んでいくようです」
答えるとヘイムはもう我慢できずに嘲笑い、その声が辺りに落ちて弾ける音を聞きながらも、ジーナはこれは自分への侮辱であるのにそうには何故か聞こえなかった。
「妾のせいにしおって。結局は自分で選んでいる癖にな」
「いいえ、あなたからの強制ですよ。だから最悪な気分だ」
ジーナは目を逸らし息を一つもらすとヘイムの首が縦に動きそれから言った。
「その心に同意してやる」
そういいながら微笑むと扉が開きシオンが帰って来た。
「……あなたは他言するような男ではないと信じて伝えますが、一言で言いますとヘイム様がお忍びでバザーに行くのです。ただそれだけですが、これは龍身とは無関係な行事であって公務ではありません。ごく一部のものしか知られておらずバルツ将軍だって知りません。これはもともとソグ王室時代からの伝統行事といえるものでしてね」
「代わりのものに買い物をさせたら良いのでは?」
久しぶりに声を出したなとジーナはまるで水中から浮き上がり呼吸をしたような心地で返すとシオンは軽く笑い返してきた。
「それでは意味がありません。なにがあるのかは行って見なければ分からず、自ら見なければ分かろうはずもないでしょう。直接ご自身で行かなくては」
「直接と言われましても現在は様々な理由で難しそうに見えます。おやめになられてはいかがでしょうか?」
良い声が出たとジーナは思った。この声が出たのなら大丈夫なはずだ、とも。
ハイネの前で誓った約束のように自分はいま関係を絶っている。あのおかしな感情も一緒に断絶している。
シオンは息を小さく吐き茶を口に運びその隣の方から声が来た。それは独り言であり、こちらに向けての言葉でない声にも聞こえた。
「そうだな。そのまま廃止してもいいのだ。これはソグの王族の伝統行事であって龍となる妾にはもう無関係なことだ」
ヘイムの言葉にシオンは止めに入る。さっきとはまるで違う柔らかな声で以って。
「いいえ。あなたはまだ龍ではありません。前回のは戦争で行けなかったのですから、今回のは必ずと前々から言っていたではありませんか。それにこれが最後だと」
「この先はできんがそれならそれで割り切って去年のを最後だと思えば良い」
「ヘイム! それは言わないという約束でしたよね。最後だと思えば良い、だなんて冗談じゃありませんよ。突然天気が悪くなっていきなり中止になったではありませんか。あんなのは忘れるに値することです」
「そうは言うがな妾には良い思い出だ。あの頃はまだ一人で歩けたのだしな」
シオンは言葉を失い口を半開きにして固まった。
「昔はソグの皇女で今は龍となるもの。これは龍とは無関係の行事であり、妾でなくても良いのだ。前々から言っておるが反対意見が強かったり不都合な点があったり調整がうまくいかないのなら、妾が行く必要はなくそれについて文句はなにもない。もとより言えぬ立場であるからな。ジーナの言うように、そのような感傷に塗れたわがままなどおやめになられてはいかがでしょう、だ」
被害妄想と共に責められ名を呼ばれたジーナはヘイムの方を見る。ヘイムもまたジーナの方を向いており視線が当然合い交わった。
ヘイムの些かの乱れもない平穏冷静な表情にいまは若干色素が薄くなっているように見える澄んだ空色の瞳。
ほぼいつも通りのヘイムの顔であるのに、そこに諦念や寂しさに虚しさによるものが色濃く感じられ目を逸らしたくなった。
だがどうして見るに耐えられないのだ?
あなたがそのような顔をしているからといってこちらの心が苦しくなる道理はどこにもないのに、むしろそれは逆であるというのに。
苦しむあなたを見て私はジーナは喜ばなければならない。
そうであるのに、これはなにによる感情が、どのような心でいま自分の中に宿り感じているのかをジーナは分からない。そのまま長い数秒が経ち先に視線を外したヘイムが通告する。
「どうでも良い会話に付き合わせてしまったな。これより先に行う作業もないから、帰ってよいぞ」
視線を外してくれたというのに何かが脱落した衝撃が走り加えてその言葉に痛みが走る。どうでも良いとは……あぁその通りだ。
私にとって関係ないのだ。だが、腰が上がらない。視線はそのまま遠くを見つめるヘイムから離れない。その、不快な表情。見上げているのに俯いているかの、ヘイムのその顔にジーナの心は言葉が熱と怒りの叫びで一色となる。
そんな顔をするな……私はそんな顔を……
「どうした立て」
「どうでも良い、関係が無い、と何故私に対して、そう言うのか」
我ながらなんて酷い声が出たとジーナは思った。その呼吸が乱れ抑揚が壊れた声にヘイムは顔を振り向き再びジーナを見る。
突然の変化にシオンは怪訝な顔で見て何かを言うが、ジーナには聞こえずヘイムが手で制した。
「何故もへったくれもあるか。そなたの顔にそう書いてあったろうに。さっきのあの散策の時にそれを顔に書いてこっちを見せていたではないか」
そうだ書いてありそして隣にはハイネがいた。一緒に隠れているのをこの人は知り、その意図も察したのなら、そうだあなたの言う通りだ。
元の青色から空色へと色が薄れ消えゆき、あたかも命を終わりを告げるほど透き通っていくヘイムの瞳をジーナは正面から受け、その全てを肯定する。
そうだ、あなたは間違えてなどいない、だが私は間違えているのだ。
「では今はどうなのですか、いまの私の顔にはそれはありますか?」
「……まだ、書いておる」
ヘイムの眼が左右に動いたことによってジーナは決心する。
「違う。そんなことはありえない。あの、シオン様よろしいでしょうか」
ジーナは急に体を反転させヘイムに背を向けシオンの方を向いた。シオンは首を左右に傾けながら話がよく分かっていないままでいた。
「落書きでもされたのですか? どこにもそんなものは見えませんけど」
「落書きは脇に置きまして、私がこうして催促されても帰らずにここに座っているのは」
「あのねジーナ、気にしなくてもいいのですよ。これは仲間はずれにしているとかでは無くてですね、その日は特別な祝祭日ですしバルツ将軍はそういうのを凄く大事にする人です。それなのにそっちの行事を休ませてこちらの王室行事に付き合っていただくとは言えるはずがないだけでしてね。なにもあなたに問題があるとは私は全然思ってもいませんから」
「ルーゲン師がどうしても駄目であるのなら、私をその任に就かせてください」
後方から椅子が旋回する音がし視線によって背中が焼ける感覚に襲われた。だがジーナは振り返らない。それから叱責する声がくるがジーナは何も感じない。
「やめろ」
「それは命令でしょうか」
「命令だとする」
「それならば、しないでいただきたい」
まだこのやり取りがなんであるのか分からず混乱し二人の顔を見回すのに忙しいシオンの表情を見ながらジーナは黙り、ヘイムの表情を想像する。だいたいこうだろうと、想像する。そこは間違えない。
「そのようなお顔をなさらないでください。そのような表情を想像するだけで辛く、私は最低の気持ちになります」
ヘイムが立ち上がり杖が床を突く音が聞こえる。近づいてくると分かっていてもジーナは振り返らない。その顔は見ない。無意味だ。
「もう一度言う。そなたには関係ない話だ」
声は高いが鋭さがなく何処にも突き刺さらず床の上に落ちるその声、あなたは何を望んでその声を出したのか?
なんでそんなつまらない芝居をするのか? 龍のためなのか? それならば私はその全てを否定する。
「私の役目はあなたの護衛です。今ここにいる私はそれ以外のなにものでもない。ヘイム様、聞いてください。私とあなたの間に無関係なことなど今はなにも、ありません」
何かを呑み込む音が背後より聞こえてきた。いや、耳から聞こえたのではなく胸へと響き伝わり、心をなかのなにかを揺さぶり鳴った。だからわかった。
二人による意味不明な会話に首を傾げ続けていたシオンはとりあえずジーナがやる気を出したのだと捉え、頷きながらヘイムに物申した。
「そうですよヘイム。なにもそこまで退けることありませんってば。自らこんなに熱心に志願してくれるのなら、話は簡単になりますね。彼を護衛としてバザーへ行く。この身体と強面なら護衛としてならルーゲンよりも任せられますし何よりも暴力事には慣れていますからね」
自分の言葉を自身で納得したようにシオンは満足気に頷き微笑んでから、緩んだ表情をひきしめる。
「ですがジーナ。あなたの気持ちは十分に分かりましたが、もう少し物事は簡単に整理してから話すといいですよ。あなたはとても分かり難いですからね。バラバラの未整理状態で勢い任せの言葉をバババッと勢いよく用いても誰も理解してくれません。この私みたいに要点を掴める人がいないと伝えたことも十分に伝えきれなくなりましょうし」
こっちだって自分のことが誰よりも分かっていないのに簡単に整理できるわけないだろう、と思いながらもジーナは頭を下げ感謝を伝えるとシオンは微笑み立ち上がる。
「では昼から打ち合わせをしましょう。軽食を用意させますのでちょっと待っていてください」
シオンは女官らを呼びに部屋から出ていくと背中越しにまた何かを呑み込む音が伝わって来てその存在を伝えてくれる。
もうよいであろう、こちらを向け、とその音が告げているのかジーナは自然に身体を反転させると座った状態のヘイムの右顔がそこにあった。
「どうです? あなたの意図した通りになりましたよ。さぞかしご満足でしょうね。あなたはどこまでも私を苦しめる」
そう告げてからヘイムの表情を見ると、もうどこにも暗さが無くいつもの顔があり、それどころか笑みがあり喜びがそこにあり、何かが零れるのを耐えているように見えた。
今日はじめての表情だが、なにを喜んでいるんだこの女は、とジーナは思うも目を逸らさずに見つめる。その重さすら感じられる瞳の青さを。
「後悔するぞ」
「もうしています。私とあなたとの間には後悔が満ち満ち、さながら苦界に沈んでいくようです」
答えるとヘイムはもう我慢できずに嘲笑い、その声が辺りに落ちて弾ける音を聞きながらも、ジーナはこれは自分への侮辱であるのにそうには何故か聞こえなかった。
「妾のせいにしおって。結局は自分で選んでいる癖にな」
「いいえ、あなたからの強制ですよ。だから最悪な気分だ」
ジーナは目を逸らし息を一つもらすとヘイムの首が縦に動きそれから言った。
「その心に同意してやる」
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