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第一章 なぜ私であるのか

舌で受け止めましたが苦いですね、これ

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「これが私の罪です。背負う罪。あなたに教えてしまったことによる、罪です」

 ジーナはその態度その声その顔に怯みそれ以上責めたてることはできない。

「怒るのも無理はありません。しかしこれは覚悟のもとであり、なにをなされようが私は受け入れます。けれどもまず話を聞いてからにしてください。私は逃げませんからそれからでも遅くはないはずです」

 ここまで訴えられたらこれ以上何も言えなくなるものの、そこにはどこか計算されたなんだか芝居じみたものをジーナは感じ取りつつ。

「……納得はできないけれど話を聞こう」

「ありがとうございます。結論を申しましたので、ここからは順を追ってお話ししますね。まず大前提としてヘイム様とルーゲン師は将来的に結婚なさります。これは陽が昇ったら朝であり、陽が沈んだら夜と同じくらいに当然のこと。朝はおはようジーナから夜はおやすみなさいジーナというわけです、よろしくて?」 

「いや、分からない。朝と夜にハイネさんに挨拶したことないし、私達が会うのはだいたい昼前後だからこんにちはばっかりだからそんな例をあげられても、いたっ!」

 手に痛みが走り熱も加わる。そうハイネの両掌がジーナの手を圧撃しているのであった。そのうえハイネは早口で責めたてる。

「例えですよ分かりません? それはそうですよ私達は朝と夜を一緒に過ごしたことはありませんが、過ごしたとしたらその二つの挨拶を使いますよね? それとも私には使いたくないのですか?」

「使う使うそうなったらハイネさんにおはようとおやすみを言うしそれが例えだって分かった。そこは受け入れたから圧力を弱めて。けどもう一つはやはりおかしい。将来結婚するとか言うけれどヘイム様はルーゲン師への対応がどこか冷たいと私には見えるな。これは私の気のせいか?」

 途端に手の痛みは引きハイネは満開の笑顔をジーナに見せ、それから自らが痛めつけたその手を優しくさすり始めた。

「そこですよそこ。あなたなのに、そんないいところに気が付いてくれて私は嬉しいです。そこがこの話の鍵ですけれど、もう一度前提の話に戻りましょう。あなたは受け入れにくいと訴えるあのヘイム様とルーゲン師の結婚を詳しく説明します。ルーゲン師は結婚候補者の一人であり他の候補者よりも有利だとしても、まず確実とは言えませんでした。この間までですがね。ところがそれが変わるのです。その理由はルーゲン師は近々とあるものになられる可能性が高くなってきたからであって」

「もしかして例の龍を導くものになるとでも?」

「凄いジーナさん! あなたなのによくそんな言葉をご存じだなんて。今日はとても賢いですね」

 喜色満面になるハイネだがジーナは何か素直に褒め言葉として受け止められない言い方だなと思った。

「いや昨日の講義でルーゲン師がそのことを話されてね」

「なるほど。それならば推測が確実なものへと変わりましたね。それとそのことをわざわざあなたへの講義したのは一つのメッセージですよ。そうズバリ僕は龍を導くものとなり龍の婿となるのだからジーナ君よ……どきたまえ……」

 ジーナは反射的に立ち上がるとハイネも手につかまりながら立った。

「いえ私が言ったのではなくてルーゲン師の心の声でして、あなたが今どく理由はどこにもありませんよ。あなたはここにいなきゃダメです、はい座って」

「そういえば敷布忘れずに持って来てくれてありがとう、助かる」

 不意打ちじみたお礼にハイネは慌てて、どういたしましてとこたえるしかなかった。

「厚手だしこれはかなりいい布じゃ?」

「そっそうですけどなんですかいきなり。厚手なのはあなたの上着が薄くて岩の冷たさが伝わってきたからですよ。それとこの際伝えますけど、さっきから私達の座る位置には距離がありますよね。もう少し寄ったらどうですか?まるで私が占有しているみたいで居心地が悪いのです。ほらこっちにそうそう」

 引っ張られ二人は腰があたり脚が横に並ぶほど近づく。だがまだ遠いと感じていた。

「ハイネさん……ルーゲン師はそういうことは考えていないよ、たぶん」

「たぶんというのはあなたにはそういう予感が少しはあるということですよね?」

 あった、というこの心の声はハイネにこの手から伝わったのだろうか言葉を続ける。

「そう思いたくないという気持ちは分かりますけれど、事実あなたは言っていたではありませんか、最近ルーゲン師の視線がおかしいと。あの御方があなたを特別な眼で見る理由にヘイム様以外で心当たりはありますか? 無いはずですよ」

 言われるまでもなくジーナはこれまでその理由を考えていた。どこか原因があり、そうなったと……しかしそれはいくら探してもヘイム関係に辿り着いてしまう。だがそれはおかしすぎることだ。私はあの役目は嫌でたまらずヘイム様から離れたくて仕方がないのに。どうしてルーゲン師は変わってしまうのだ。

「あの優しくて聡明なルーゲン師の変化はあなたが龍の館に来た以降のことですよね? しかもあの散策の日から、そのはずです。違うのならそう言ってください」

 それでもジーナは違うと言いたくハイネの顔を見ると自信に満ちたその表情を前にすると言葉をかける力は湧いては来なかった。だがそれを認めるのは、よりによってあのヘイムとの関係とはどうしてだと……

「ジーナさんにはルーゲン師を苦しめ痛めつける意図や趣味はありませんよね?」

「あるはずないだろうに」

 敢えてするとしたらあの人にする。

「でもまぁジーナさんって歩くナイフみたいなお人ですから、通りすがりの人を知らぬ間に傷つけることはありましょうね。それはさておき分かってはいましたがあなたにはそれを行う動機はございません。ルーゲン師とジーナさんの親しげな様子からは悪意を見ることはできないのです。よって違うもう一人の人物の意図からこれは始まったとしか言えませんが……ここが不敬であり私のもう一つの罪ということです……ジーナさん、私が述べた結論を言って貰えませんか」

 息苦しそうなハイネを見るジーナはさっきの言葉を早口に復唱する。ふわふわとして実態が疑わしいそれ。

「ヘイム様が私と仲良くしているのを見せつけルーゲン師を苦しめている、これですか」

「はいそうです。どうです? ありえない嘘だともう一度言いきれますか?」

 ジーナは釈然とはしないもののさっきみたいな反発心は湧いては来なかった。そう確かにヘイムとの関係は私が望んでいるのではなく大部分があちらが望んでいるものであるのだから。辞めさせる権限はあちらにあり、いつでも私をクビにでき、それを行うに足る所業を私はいくらでもしている。

 そう、辞めさせない方がおかしくそこに理由があるはず。私を苦しめたい以外のなにかが、それがルーゲン師を苦しめるためだとは、そこには、なにかしらの不自然な意図が感じられ、それが足に絡まり素直に前に進むことができない。

「……そんなことをしてなにになるというのか?」

「ジーナさんは男女関係をよくご存じではないからそういうのです。そこに関しては女はいつも真剣なんですよ。遊びつつもお遊びではない戦略が常にあります。その無駄に見えるあれこれ、それ自体が目的なのですよ。例えばですよ散策の終わりにルーゲン師が出て来るというのは果たしてただの偶然でしょうか?」

 散策の終わりは必ずルーゲン師が現れヘイムと共に龍の館に入っていく……ジーナはその光景を思い出した。

「ここを検討しましょう。あなたはこれを偶々だとしか思わないでしょうが、私はそうは思いません。何故ならヘイム様はルーゲン師が来る時間を熟知しておりますからね。それに加えてお二人がお座りになられる場所とは……池と門との間の木陰道の真ん中にある若干平べったくなっている岩のはずですよね?」

 まさにそこであるために感嘆の声をあげるとハイネは黄色な声で応じはしゃいだ。

「やっぱりそうでしたか!今のでお分かりなように私はこれを誰にも聞かず見ずに当てましたからね。分かった理由はルーゲン師の進路の癖です。というのはこの前に気付いたのですが、あの方は門から入ると真っ直ぐに館に入らずに芝生地へと回ります。そこからあの方は見るのです」

 ハイネは人差し指に力を込めながら空を指差した。

「ご覧くださいって私の指ではありませんよ。その先の、あれ、そう太陽をです。天の動きを見ることはソグ僧にとって儀礼上欠かせないものです」

 ジーナは今度は太陽を見るも雲に邪魔をされ朧げな光を雲の中に留めている。

「あの時刻は太陽の位置が微妙な位置でありまして、最適な場所は館の正面からではなく芝生地に入ってその向こう側からです」

 言われてみるとジーナはル-ゲン師が二度同じ位置にいたことを思い出した。となるとあれは偶然ではなく必然だとしたら。はじめは自分があの岩を選んだが、それ以降はあの人が選び続けたとしたら。

「良いですねジーナさん。その考えることによって無口になるところとかが語るに及ばずと言ったところで。あなたは今こう思っていらっしゃるでしょう。そのことをヘイム様は存じていたのだろうか、と。はい存じておりました。ヘイム様も儀式のために時間によってのソグの太陽の位置は把握しきっておられます。なんといっても御公儀の際も龍を中心とした地点からの太陽の位置を確認することから始まりますし。ここまでを一本の線で繋げればこうです」

 ハイネの指先がジーナの胸の正中線に当てられ縦に線をなぞった。

「ヘイム様はジーナさんと仲良くするふりをすることによってルーゲン師の嫉妬心を発動させ
より強い感情で来るように仕向けている、と。つまりは狙いは一周回ってやはりルーゲン師なのですよ」
「……違う」

 心から零れ落ちたかのようなか細い呟きであるのにハイネは聞きかえしもせずに正確にその言葉を拾う。

「そう言われるのならヘイム様はジーナさんにこの行いの意図をお話されました? 違うというのならそういった感触でもございましたか? お考えください」

 考えた途端ジーナは身体の血の気が引き震えが来たと自覚するとそれがハイネが察したように、答えをもう得たかのように返答が来るのを待たずに次へ次へと跳んだ。

「それではあなた自身はどうです? ジーナさんはあの方をどうなのです」

 どうとはなんだどうとは、とその言葉を考えるとジーナは先ず胸に鈍い痛みが込み上げて来てそれから呼吸が難しくなり、自らの位置感覚がつかめなくなり足元に穴が開いたように意識が落ちて行きそうになった。

 しがみつくものは、掴まれるものは今は一つ。ハイネのその手。だからジーナは手から腕を自らのほうに引き寄せその肩へ背中へ、不思議なくらいに違和感や抵抗感も無くそれは手繰り寄せられ、その身体にしがみ付く形となった。

 そうした途端にジーナは両頬に温かな気持ちの悪いなにかが流れ落ちて行く感覚があった。

 涙か、と両瞼をきつく閉じて防ごうとしても先に流れるものがまた頬を伝い落ちていく中でジーナは止めるためか言葉を繰り返した。

「そんなことはない、そんなことは」
「あってはなりませんよね」
「そうだ」

 合いの手が叩かれジーナは正気に戻ると今いる場所が闇だと気づいた。そう瞼を閉じていることに気づくも硬直しているのか開かれず闇の中にいると。すると熱いなにかが頬を触れその熱が耳元で囁く。

「舌で受け止めましたが苦いですね……これ」
「なにが?」

 疑問の声を発すると同時に瞼が開き曇り空の隙間から陽が差したのか光が溢れ眼が眩む中で、ぼやけたシルエットと化したハイネが目の前にいた。

「涙の味が、ですよ……こういうことをあの人とはしましたか?」
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