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第一章 なぜ私であるのか
この手さえ繋がっていなければ遠くに一人で行けるのに
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歩調を完全に合わせるとなるとこれは相当に難しく廊下の段階でジーナはこの罰の威力に戦慄した。
こんな中途半端な長さの廊下を強敵であると思うだなんて。
とにかく歩調が合わない。
合ってたまるものかとジーナは変な安心感を抱くも、実際問題困ったことになる。ヘイムはわざと遅らせているわけではないことはジーナには分かっている。
杖が床を突く音が廊下に響くたびにそこには不純な気持ちなど何処にもないと感じさせた。
彼女は頑張っているのだろうが、そんな気持ちなど知らないし、自分は知ってはならないともジーナは自らに言い聞かせる。
あの左脚は、とジーナは見ていないその脚を想像する。歪み捻じれたため歩かなくなり弱ったその脚。ジーナは一歩前に行くとズレて遅れてヘイムの足が来る。歩くごとにそのズレが広がっていき、ヘイムは息を吐く。
「めんどうだろう」
言葉が頬に当たるもジーナはたじろかない。
「ええ、めんどうですよ。あなたは私をとても苦しめる」
「そうか、苦しいか。なら良かった。お前のその心が妾を愉快にしてくれるな」
「無理をなさらぬ方がいいですよ。知り合いに傷で片脚になったのがいますが、歩くのを嫌がるとそのうち本当に歩けなくなってそれっきりなのもいます。あなたに似た歩き方でしたね」
「ふんっそなたは実に最低だな。そう望んでいるだろうが妾はそうはならんぞ。多少不自由なだけで妾は問題なく歩けるのだ。隣にこんな酷いのがいると余計やる気が湧いて来るのもよろしい。だからこうして歩くことにしたのだ。お前になど負けんし、脚も鍛えるのだ」
自分の言葉は嫌味なのか激励なのか結果的にどちらなんだと混乱しながらジーナはヘイムとズレながら歩き、思う。
この手さえ繋がっていなければ遠くに一人で行けるのに、あの時に離さないと言わなかったらこれを見捨てることができたのに……
恐ろしく時間を掛けながらも廊下を通り抜け龍の扉を開き広間の真ん中を横断すると、ヘイムの掌から怯えが伝わってくるように感じられた。
歩調も一段と遅くなり階段の手前でジーナの足が止まりヘイムの足も止まる。共に止まり共に見て共に思う。階段か、と。
四階分の長さの螺旋階段が延々と下へと続いている。階段の幅は十分に広く角度も比較的に緩やかであるものの、ヘイムには恐怖なのだろうか右手の熱が下がっているのが分かりまた握る力も強くなっているのを感じた。
「怖いのですか」
「ハッ見くびるでない。怖くなどない、苦手なだけだ」
どんな違いが? と思うもジーナは伝わってくる震えを抑えるように少しだけ強く握り返した。
「いままで何度か降りられておりますよね?なら大丈夫なのでは」
「無知よのぉ。儀式のときは御輿に担がれて行くのがしきたりなのだぞ。あれはとてもラクであるぞ」
しかし今はそれを使わずに自分の脚で以って降りたい、とこう言いたのだろうとジーナは緊張でますます湿ってくるヘイムの掌からそんな言葉が聞こえた気がした。
「手すり伝いにし降りられたらよろしいでしょう。杖をこちらにお渡しください」
ヘイムが杖を渡しジーナはそれを手に取ると若干の緊張を覚えた。
これから自分たちは、とても危険なことに挑むのだと。もしもなにかがあった場合は自分が……
「もしも体勢を崩し倒れそうになったら御身に触れますがご容赦ください」
「もう触れておるぞ」
繋いだ手を揺らしながらヘイムは笑みを浮かべた。余裕に見せかけた固い笑み。
「それはそうでしょう。何を言っているのですか?」
「ほぉん? そう言うのか。それでいま許可を求めたが、この妾がこれ以上どこにも触るなと返したらどうするつもりだ? 従うというのか? まぁ聞いたということはそうであるのだろうな。ならそうだ触れるな命令だ。この聖なるものにそなたのようなものが触れることを禁忌であり許可せぬ、よいな?」
聖なるもの? ジーナはヘイムの得意そうな表情を見ながら全身に黒い感情を走らせる。この自分を前にして、よくもそんなふざけた言葉を。
「いいえ駄目です私がそれを許可しない。危機となったら禁忌など躊躇なく破って私はあなたを救う。いまの私は内心どうあれ、あなたの護衛という役目でありそういう存在なのです。聖なる身体? そんなものはこの不信仰者には何の関係もありませんからね」
息を荒らしながら言うとヘイムは顔を背け皮肉そうな笑みを浮かべた。なんだその表情は?
「これはこれは、ずいぶんと大口を叩いたものだな」
「大口ではない。いまここには私とあなたしかいない。私からあなたに、または、あなたから私にしかない。他の何かが入る余地なんて、無いんだ」
訴えに対しヘイムは今度は鼻で笑ったためにジーナは本当になんて嫌な女だろう、と思った。
「ふぅんそうかそうか。意味不明だがめんどうであるからとりあえずそれで納得してやろう。まっ多少のことは大目に見てやるからしっかりと役目を果たすように、よいな? 男に二言が無いようにな」
ではゆっくり、とジーナ緊張しながら階段への一歩目を進もうとするより先にヘイムはいとも簡単に足を降ろした。そのためジーナは驚き逆に足を踏み外しそうになった。
「おいどうした。お前がしっかりしなくてどうするのだ、え?」
煽られジーナは気を落ち着かせ続いて二歩目もなんとか合わせられたが、ヘイムのその躊躇のなさにさっきまでの不安はいったい何だったのかと反対に不安を覚え出した。
速すぎるのでは? と思う間もなく三歩目が下され身体を合わせるために自分の足を降ろす。もっとゆっくりとは言えずその速めなテンポに合わせると続けざまに四歩目五歩目と早さは増しジーナは恐怖を覚える。
何故こんなに速いのか?
さっきまでのあの雰囲気はなんだったんだ?
六歩目七歩目以降も更に速い足取りで降りる、というよりかは駈足で下り、もしかしたらもはや落下しているのではないか? と思うと同時に手の感覚が軽くなる違和感があり、えっ? 跳んだ? とジーナはもう耐え切れなくなり左に顔を向けると、それを待っていたというばかりに足が急停止しヘイムの晴れ晴れとした笑顔がそこにあった。
満足気なその顔はこう言っている。そうだ、その怖がっている顔を見たかったのだ、と。
ジーナは激怒した。
「どうしたジーナ。すごく硬くなっておるぞ……怖い顔をしておるが、怖いのか?
丈夫だぞぉ。ほれ妾がこうしてちゃんと手を繋いで支えてやっておるからな」
こんな中途半端な長さの廊下を強敵であると思うだなんて。
とにかく歩調が合わない。
合ってたまるものかとジーナは変な安心感を抱くも、実際問題困ったことになる。ヘイムはわざと遅らせているわけではないことはジーナには分かっている。
杖が床を突く音が廊下に響くたびにそこには不純な気持ちなど何処にもないと感じさせた。
彼女は頑張っているのだろうが、そんな気持ちなど知らないし、自分は知ってはならないともジーナは自らに言い聞かせる。
あの左脚は、とジーナは見ていないその脚を想像する。歪み捻じれたため歩かなくなり弱ったその脚。ジーナは一歩前に行くとズレて遅れてヘイムの足が来る。歩くごとにそのズレが広がっていき、ヘイムは息を吐く。
「めんどうだろう」
言葉が頬に当たるもジーナはたじろかない。
「ええ、めんどうですよ。あなたは私をとても苦しめる」
「そうか、苦しいか。なら良かった。お前のその心が妾を愉快にしてくれるな」
「無理をなさらぬ方がいいですよ。知り合いに傷で片脚になったのがいますが、歩くのを嫌がるとそのうち本当に歩けなくなってそれっきりなのもいます。あなたに似た歩き方でしたね」
「ふんっそなたは実に最低だな。そう望んでいるだろうが妾はそうはならんぞ。多少不自由なだけで妾は問題なく歩けるのだ。隣にこんな酷いのがいると余計やる気が湧いて来るのもよろしい。だからこうして歩くことにしたのだ。お前になど負けんし、脚も鍛えるのだ」
自分の言葉は嫌味なのか激励なのか結果的にどちらなんだと混乱しながらジーナはヘイムとズレながら歩き、思う。
この手さえ繋がっていなければ遠くに一人で行けるのに、あの時に離さないと言わなかったらこれを見捨てることができたのに……
恐ろしく時間を掛けながらも廊下を通り抜け龍の扉を開き広間の真ん中を横断すると、ヘイムの掌から怯えが伝わってくるように感じられた。
歩調も一段と遅くなり階段の手前でジーナの足が止まりヘイムの足も止まる。共に止まり共に見て共に思う。階段か、と。
四階分の長さの螺旋階段が延々と下へと続いている。階段の幅は十分に広く角度も比較的に緩やかであるものの、ヘイムには恐怖なのだろうか右手の熱が下がっているのが分かりまた握る力も強くなっているのを感じた。
「怖いのですか」
「ハッ見くびるでない。怖くなどない、苦手なだけだ」
どんな違いが? と思うもジーナは伝わってくる震えを抑えるように少しだけ強く握り返した。
「いままで何度か降りられておりますよね?なら大丈夫なのでは」
「無知よのぉ。儀式のときは御輿に担がれて行くのがしきたりなのだぞ。あれはとてもラクであるぞ」
しかし今はそれを使わずに自分の脚で以って降りたい、とこう言いたのだろうとジーナは緊張でますます湿ってくるヘイムの掌からそんな言葉が聞こえた気がした。
「手すり伝いにし降りられたらよろしいでしょう。杖をこちらにお渡しください」
ヘイムが杖を渡しジーナはそれを手に取ると若干の緊張を覚えた。
これから自分たちは、とても危険なことに挑むのだと。もしもなにかがあった場合は自分が……
「もしも体勢を崩し倒れそうになったら御身に触れますがご容赦ください」
「もう触れておるぞ」
繋いだ手を揺らしながらヘイムは笑みを浮かべた。余裕に見せかけた固い笑み。
「それはそうでしょう。何を言っているのですか?」
「ほぉん? そう言うのか。それでいま許可を求めたが、この妾がこれ以上どこにも触るなと返したらどうするつもりだ? 従うというのか? まぁ聞いたということはそうであるのだろうな。ならそうだ触れるな命令だ。この聖なるものにそなたのようなものが触れることを禁忌であり許可せぬ、よいな?」
聖なるもの? ジーナはヘイムの得意そうな表情を見ながら全身に黒い感情を走らせる。この自分を前にして、よくもそんなふざけた言葉を。
「いいえ駄目です私がそれを許可しない。危機となったら禁忌など躊躇なく破って私はあなたを救う。いまの私は内心どうあれ、あなたの護衛という役目でありそういう存在なのです。聖なる身体? そんなものはこの不信仰者には何の関係もありませんからね」
息を荒らしながら言うとヘイムは顔を背け皮肉そうな笑みを浮かべた。なんだその表情は?
「これはこれは、ずいぶんと大口を叩いたものだな」
「大口ではない。いまここには私とあなたしかいない。私からあなたに、または、あなたから私にしかない。他の何かが入る余地なんて、無いんだ」
訴えに対しヘイムは今度は鼻で笑ったためにジーナは本当になんて嫌な女だろう、と思った。
「ふぅんそうかそうか。意味不明だがめんどうであるからとりあえずそれで納得してやろう。まっ多少のことは大目に見てやるからしっかりと役目を果たすように、よいな? 男に二言が無いようにな」
ではゆっくり、とジーナ緊張しながら階段への一歩目を進もうとするより先にヘイムはいとも簡単に足を降ろした。そのためジーナは驚き逆に足を踏み外しそうになった。
「おいどうした。お前がしっかりしなくてどうするのだ、え?」
煽られジーナは気を落ち着かせ続いて二歩目もなんとか合わせられたが、ヘイムのその躊躇のなさにさっきまでの不安はいったい何だったのかと反対に不安を覚え出した。
速すぎるのでは? と思う間もなく三歩目が下され身体を合わせるために自分の足を降ろす。もっとゆっくりとは言えずその速めなテンポに合わせると続けざまに四歩目五歩目と早さは増しジーナは恐怖を覚える。
何故こんなに速いのか?
さっきまでのあの雰囲気はなんだったんだ?
六歩目七歩目以降も更に速い足取りで降りる、というよりかは駈足で下り、もしかしたらもはや落下しているのではないか? と思うと同時に手の感覚が軽くなる違和感があり、えっ? 跳んだ? とジーナはもう耐え切れなくなり左に顔を向けると、それを待っていたというばかりに足が急停止しヘイムの晴れ晴れとした笑顔がそこにあった。
満足気なその顔はこう言っている。そうだ、その怖がっている顔を見たかったのだ、と。
ジーナは激怒した。
「どうしたジーナ。すごく硬くなっておるぞ……怖い顔をしておるが、怖いのか?
丈夫だぞぉ。ほれ妾がこうしてちゃんと手を繋いで支えてやっておるからな」
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