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第一章 なぜ私であるのか
結婚というのは一族や共同体の関係や都合で決めることだ
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そんなことは関係なく私はあの人に対して龍身とは絶対に呼ばない、とジーナはハイネの言葉を心の中でそう受け止めた。
「ですけれども、あの御方が龍身になられたのはこの間のあの事件以来なことなうえに、いま現在世界には龍が複数おられるという複雑怪奇な世界情勢なので、そこらへんは正確かつ厳格にすることはできませんし説明も難しく、おまけに不信仰者のジーナさんが現れたりしましたので、その呼び方でも御咎めなしということでしょうね。とりあえずそういうことだとお頭の中にお入れ下さい。私もあなたとの会話ではそちらに合わせます。なんだか悪いことをしているみたいで面白いしそれに戦争前に戻ったみたいで懐かしいですしね」
そういえばルーゲン師にそんなことを教わったような気がしたなとジーナは思い出した。
龍身とは半ば人間ではないのでかつての人の名は必要ないものだということを……
「話は戻しますがヘイム様が可能な限りは外に出て歩きたいなといった発言を女官の一人が耳にしましてね。そこからこの大忙しですよ。あっいま言ってることの意味は分かりますか?」
「さっぱり分からないが庭に出るくらい普通なのでは?」
フフッとハイネの何故か得意げな笑い声が耳元で聞こえた。
こういうやり方が好きなのだなとジーナは少しずつ分かってきた。
「普通そう思いますよね? そう思いますとも。普通なら、ね。ところがどっこいここが普通でないところ。ヘイム様はこちらに移られてからもうしばらくになりますが、一度もそういったことをなされたことがないのです。もっぱら儀式をなさる毎日でごく稀に公用で外出する他は龍の間にてほとんどを過ごされる引きこもり状態でしてね。まぁヘイム様は箱入り型なお姫様、というか一応は末席とはいえ皇女様でもありました上に龍の巫女というお役目をなされておりまして、かなり閉ざされた世界にいたとも言えますけど……あのジーナさん、私の声って大きいですかね?」
大きいどころか耳を近づけないと聞こえないぐらいだと告げるもハイネはもっと小さくしますからもっと近づいてと言われた。
周りを見ると休憩時間に入っているのか誰も働いてはおらず雑談や茶を飲み始めている。誰も近寄ってこないのが救いとはいえ密談じみていてジーナは心中穏やかでなかった。
陰謀の相談じみてはいないか?
「あなたが信頼できる人と見込んでこれから凄い話をしますけれど、これってジーナさんが悪いんですからね。私を信用できない女扱いしたからこっちはこうやって信頼回復に努力しているんですよ。分かってくださいね」
ほんとかなぁ? 早口の小声が耳元で囁かれるので分かった分かったと頷くとハイネの一呼吸の音がまず聞こえた。
「私が思うにです。ヘイム様はルーゲン師とこの御庭を散策するつもりかなと想像します。ジーナさんは当然ルーゲン師とヘイム様の御関係はご存じないですよね?」
その通りでジーナは当然知らない、がルーゲン師のことは少しは知っている。
ジーナは砂漠を越えたあとにシアフィル解放戦線に加わったが、ルーゲン師とはその初期段階から付き合いであり、西の果てから来たというので興味を持ったのがバルツ将軍のもとにいた彼である。
ソグ教団では最も将来を期待される若き俊英であり既に「師」という地位に就き幹部の一員であることから考えるに……
「龍の祭祀集団であるソグ教団の未来の指導者となるものと龍となるものが結ばれる……こうなれば教科書通りだが」
「おっ! これに関しては勘が鋭いですね! そうですとも。これから我々が中央に戻りヘイム様が龍となるわけです。これはあの龍祖が行いし建国をもう一度ということに他なりません。そのためにはまず原点に戻り、龍と教団も一体化し再出発するべき! というのがソグ教団側の主張でしょう。このジーナさんにだって分かるこの正統性のある単純明快な論理。これにて一件落着、な展開には残念ながら暗雲が立ち込めております。実のところヘイム様は口には出さないものの私達の見る限りこの話には気乗り薄なのですよ。ヘイム様の御一族の方々もこの話は申し分ないという反応なのですが、御本人があまり興味がなさげで」
なんだつまりは結婚話か、とジーナもまた興味なさげに額を撫でた。
「でも妙な話だな。本人がどう言おうが基本的に結婚というのは一族や共同体の関係や都合で決めることだと思うのだが、中央やソグは違うのか?」
問うとハイネの饒舌が途切れそれから勢いのよい息がジーナの耳に当たり驚き飛び上がるとにぎやかな笑い声が追って来た。
「ごめんなさい。すごくお堅い言葉が出てきたからついおかしくなっちゃって。確かにジーナさんはそんな論理の世界の人っぽいですよね。でも今は混乱期ですよ。貴族も庶民も融合されて新しいなにかが生まれようとしている一種の変革の時代の途上。その新しい世界に向かって最前線で戦っている人の口から前時代的な古い秩序感が出て来るのが面白くて。ほらキルシュやブリアンさんとか自由じゃないですか。ジーナさんはああいうのがもしかしてお嫌いで?」
「あれは結婚が確定しているみたいだからいいんじゃないのか?」
「またそんなお堅いことを。けどまぁそうですよね。ジーナさんが俺は自由だ!好きな女と結婚せずに遊ぶだけ遊ぶんだぜ!なんて発想があるようにまるで見えませんしね。それで話を戻しますと、あっ近づいてください」
またさっきの姿勢に戻る間にジーナは考える。この話ってそんなに秘密にしないといけないことなのか? 何を恐れているのか?
「もちろん結婚には身内の都合が優先されることもあります。特にお姫様でしたらそうでしょう。しかしヘイム様は龍身様でもあるためにここがややこしくなってしまいましてね。現在のヘイム様の御意志とは龍身様の御意志とイコールなのです。だから誰もヘイム様に何かを強要できないし命ぜられないのですよ。ヘイム様の御一族の方々はもうヘイム様とは誰も呼べずに小娘扱いできずに龍身様という扱いですからね。そんな中で唯一ご意見できるといえば後見人であり龍の騎士であるシオン様やマイラ様なのですが……これは私の見立てですけれども、シオン様もヘイム様のお気持ちを汲み取ってかこの話も同様に気乗り薄なのですよね。では他にどのような候補者が? とお思いでしょうがルーゲン師と比べると一段も二段も三段も劣る方々ばかりで……これでヘイム様が個人的にこの人が! という男がいればいいのですがそれもなく、もうどうしていいのか分からない状態でこのままでは話が詰んでしまうと皆が心配しておりまして……」
嘆きの溜息が吐かれ耳にかかり死を連想させる低温を感じるも、すぐに熱があがり甦った。
「ところがです! そんなヘイム様が今度散策しようかなと言い出したのですよ、この意味分かりますよね」
「分からない」
即答するとハイネは空に向かって息を吐き手を振り首を左右に軽く振った。
「ですけれども、あの御方が龍身になられたのはこの間のあの事件以来なことなうえに、いま現在世界には龍が複数おられるという複雑怪奇な世界情勢なので、そこらへんは正確かつ厳格にすることはできませんし説明も難しく、おまけに不信仰者のジーナさんが現れたりしましたので、その呼び方でも御咎めなしということでしょうね。とりあえずそういうことだとお頭の中にお入れ下さい。私もあなたとの会話ではそちらに合わせます。なんだか悪いことをしているみたいで面白いしそれに戦争前に戻ったみたいで懐かしいですしね」
そういえばルーゲン師にそんなことを教わったような気がしたなとジーナは思い出した。
龍身とは半ば人間ではないのでかつての人の名は必要ないものだということを……
「話は戻しますがヘイム様が可能な限りは外に出て歩きたいなといった発言を女官の一人が耳にしましてね。そこからこの大忙しですよ。あっいま言ってることの意味は分かりますか?」
「さっぱり分からないが庭に出るくらい普通なのでは?」
フフッとハイネの何故か得意げな笑い声が耳元で聞こえた。
こういうやり方が好きなのだなとジーナは少しずつ分かってきた。
「普通そう思いますよね? そう思いますとも。普通なら、ね。ところがどっこいここが普通でないところ。ヘイム様はこちらに移られてからもうしばらくになりますが、一度もそういったことをなされたことがないのです。もっぱら儀式をなさる毎日でごく稀に公用で外出する他は龍の間にてほとんどを過ごされる引きこもり状態でしてね。まぁヘイム様は箱入り型なお姫様、というか一応は末席とはいえ皇女様でもありました上に龍の巫女というお役目をなされておりまして、かなり閉ざされた世界にいたとも言えますけど……あのジーナさん、私の声って大きいですかね?」
大きいどころか耳を近づけないと聞こえないぐらいだと告げるもハイネはもっと小さくしますからもっと近づいてと言われた。
周りを見ると休憩時間に入っているのか誰も働いてはおらず雑談や茶を飲み始めている。誰も近寄ってこないのが救いとはいえ密談じみていてジーナは心中穏やかでなかった。
陰謀の相談じみてはいないか?
「あなたが信頼できる人と見込んでこれから凄い話をしますけれど、これってジーナさんが悪いんですからね。私を信用できない女扱いしたからこっちはこうやって信頼回復に努力しているんですよ。分かってくださいね」
ほんとかなぁ? 早口の小声が耳元で囁かれるので分かった分かったと頷くとハイネの一呼吸の音がまず聞こえた。
「私が思うにです。ヘイム様はルーゲン師とこの御庭を散策するつもりかなと想像します。ジーナさんは当然ルーゲン師とヘイム様の御関係はご存じないですよね?」
その通りでジーナは当然知らない、がルーゲン師のことは少しは知っている。
ジーナは砂漠を越えたあとにシアフィル解放戦線に加わったが、ルーゲン師とはその初期段階から付き合いであり、西の果てから来たというので興味を持ったのがバルツ将軍のもとにいた彼である。
ソグ教団では最も将来を期待される若き俊英であり既に「師」という地位に就き幹部の一員であることから考えるに……
「龍の祭祀集団であるソグ教団の未来の指導者となるものと龍となるものが結ばれる……こうなれば教科書通りだが」
「おっ! これに関しては勘が鋭いですね! そうですとも。これから我々が中央に戻りヘイム様が龍となるわけです。これはあの龍祖が行いし建国をもう一度ということに他なりません。そのためにはまず原点に戻り、龍と教団も一体化し再出発するべき! というのがソグ教団側の主張でしょう。このジーナさんにだって分かるこの正統性のある単純明快な論理。これにて一件落着、な展開には残念ながら暗雲が立ち込めております。実のところヘイム様は口には出さないものの私達の見る限りこの話には気乗り薄なのですよ。ヘイム様の御一族の方々もこの話は申し分ないという反応なのですが、御本人があまり興味がなさげで」
なんだつまりは結婚話か、とジーナもまた興味なさげに額を撫でた。
「でも妙な話だな。本人がどう言おうが基本的に結婚というのは一族や共同体の関係や都合で決めることだと思うのだが、中央やソグは違うのか?」
問うとハイネの饒舌が途切れそれから勢いのよい息がジーナの耳に当たり驚き飛び上がるとにぎやかな笑い声が追って来た。
「ごめんなさい。すごくお堅い言葉が出てきたからついおかしくなっちゃって。確かにジーナさんはそんな論理の世界の人っぽいですよね。でも今は混乱期ですよ。貴族も庶民も融合されて新しいなにかが生まれようとしている一種の変革の時代の途上。その新しい世界に向かって最前線で戦っている人の口から前時代的な古い秩序感が出て来るのが面白くて。ほらキルシュやブリアンさんとか自由じゃないですか。ジーナさんはああいうのがもしかしてお嫌いで?」
「あれは結婚が確定しているみたいだからいいんじゃないのか?」
「またそんなお堅いことを。けどまぁそうですよね。ジーナさんが俺は自由だ!好きな女と結婚せずに遊ぶだけ遊ぶんだぜ!なんて発想があるようにまるで見えませんしね。それで話を戻しますと、あっ近づいてください」
またさっきの姿勢に戻る間にジーナは考える。この話ってそんなに秘密にしないといけないことなのか? 何を恐れているのか?
「もちろん結婚には身内の都合が優先されることもあります。特にお姫様でしたらそうでしょう。しかしヘイム様は龍身様でもあるためにここがややこしくなってしまいましてね。現在のヘイム様の御意志とは龍身様の御意志とイコールなのです。だから誰もヘイム様に何かを強要できないし命ぜられないのですよ。ヘイム様の御一族の方々はもうヘイム様とは誰も呼べずに小娘扱いできずに龍身様という扱いですからね。そんな中で唯一ご意見できるといえば後見人であり龍の騎士であるシオン様やマイラ様なのですが……これは私の見立てですけれども、シオン様もヘイム様のお気持ちを汲み取ってかこの話も同様に気乗り薄なのですよね。では他にどのような候補者が? とお思いでしょうがルーゲン師と比べると一段も二段も三段も劣る方々ばかりで……これでヘイム様が個人的にこの人が! という男がいればいいのですがそれもなく、もうどうしていいのか分からない状態でこのままでは話が詰んでしまうと皆が心配しておりまして……」
嘆きの溜息が吐かれ耳にかかり死を連想させる低温を感じるも、すぐに熱があがり甦った。
「ところがです! そんなヘイム様が今度散策しようかなと言い出したのですよ、この意味分かりますよね」
「分からない」
即答するとハイネは空に向かって息を吐き手を振り首を左右に軽く振った。
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