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アカイの虚無的な人生回顧 (アカイ37)

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 自分を見つめ直せ? 嫌だよそんなのはとシノブの問いに対して俺の中で動揺が続く。

 俺は自分のことなんて真剣には考えたくもない。それは自己否定か説教のどちらかになるからだ。前世での俺は自分以外の誰かを応援したがっていた。卑小なる自分を忘れるために。自分以外がこの世の主役であると思いたいがために。

 だってそうじゃないか? こんな自分がこの人生の主人公だなんて虚しいしクリアが難しすぎる。ゲームも漫画もアニメもみんなそう。自分以外の何かで以って世界が回っていることを再確認するためのもの。家でもクラスでも職場でもそう。俺がいるのは隅っこの方。

 中心の回転に迷惑がかからないようにしている存在。その限られた世界には何も影響を及ぼさずに眺めているだけのもの。受動的な人生。待つだけの日々でありそこに幸いを見出す日々。爪跡すら残せずに世界の片隅で消えていくだけの存在。

 だが不幸だとは少しも思ってなどいない。俺は、弁えている。でしゃばらないことによって居場所を戴いていると認識している。自分がいるべき場所がどこであるのか分かっている。邪魔にならない場所にいて迷惑を掛けずにいる。それが俺が世界に対する貢献であり肯定である。どうかみんなで思うように世界を動かしてください。俺はそのことについて何も文句は言いはしません。そうやってずっと生きてきた。

 我慢してきてやったんだよ! 俺の貢献をありがたく思え! でも思わないんだよな世界ってやつは! 俺を無視して陽を昇らせまた沈ませるのだからさ。しかしそうだとしてもたまには自分が主人公として動きたくなる時がある。恋愛である。いや婚活である。俺ごときが恋愛なんてできはしない。俺は弁えている。俺なんかを愛してくれる女なんていないってことを。

 だからそういうのではない結婚を目的とした活動をした。しかしそこはやはり脇役。主人公になんてなれはしない。自己否定の日々に、ただでさえうっすい自己肯定感の更なる摩耗及び損失を招く日々。逆の意味での自分磨きをし過ぎて卑小かつ先鋭化したものになっただけであった。その先鋭化した思想で以って愛したはずの女を敵として傷つけるって男ってなんて哀しい生き物なんだろう。

 ああ……所詮自分の人生ですら主人公になれない男には女は寄り付かないということなのだろうか。自分を忘れさせてくるものにのめり込む逃避の日々の果てには突然の死があった。あのあまりにも馬鹿馬鹿しい最後。愚かにも程があるよ。マッチングアプリで連絡が取れなくなった女を独り言で罵り、腹いせにちょっと高めの酒を買いに行こうとしたら階段から落ちて、死ぬ。

 強い衝撃を頭に受け転がり落ち階段の下で天地逆さまの光景を見ながら感じたのは痛みを通り越した恐らく麻痺した冷たい感覚。もしかして死ぬんじゃないかという予感。でも、どうでもいいやという俺は鼻で笑った。人間は死だけが他人に任せられない自分だけが引き受けるものとか、どっかの偉い人が言っていたようだがどうだろ? 俺は死すらも他人事だったんだけど。俺のものと特に感じずどうぞ御勝手にで暗転。

 だってこの人生はもがくほど大事なものでは無かったからで……これが俺の人生だった。浅くもどんより暗い絶望と静かで虚しい孤独による疲薄汚れたまだら模様。そして俺は……そことは違うこの世界にやってきた。

 俺には使命を与えられた。放置的で無意味な自由の刑ではなく縛り付けて来る厳しき宿命が与えられたのだ。俺が絶対的に欲しかったのはそれだったんだ。「お前の宿命とはそれであり命を賭けそして死ね」とね。

 そしてそれは若い嫁を手に入れる……違う違うそうではない。それは結果の話だ。勘違いするな俺。調子に乗るんじゃない! 罰が当たるぞ! いいか? 結果的にそうなるのであってそれが目的ではない。それは主人公にあるまじき考え方であり、そんなものには祝福などもたらしてはくれない。天が好意的に見てくれず愛してなどはくれないだろう。

 気を取り直してつまりはこうだ。

 俺はこの世界の問題を解決しその結果として若い嫁がもらえるということ、それだけである。この何度聞いても確認しても文句の付け所のない完璧な宿命! まずは世界の問題解決。そうであるからシノブの旅というのがまさにそれなのだ。旅の理由は完全にはまだ不明なところだらけだが、それでも俺は信じている。

 それが俺の宿命でありそしてシノブこそが……まっ結果的にそうなるわけだ。シノブも旅を続ければそのうちきっと諦め……そうではなく俺を受け入れてくれるはず。まとめると、こうだ。俺はシノブのために旅をしている。でも、もしもだもしも、いつもの悩みなのだが、その当人であるシノブが俺のことを愛していないどころかむしろずっとずっと嫌っていたら……終わりなのでは? 要するに前提が有り得ないものだとしたら、もう駄目じゃないか。

「シノブにとっての俺は、なんなのかな?」

 無意識が口走った瞬間に俺は口を手で塞ぐも、手遅れ。なんだそのめんどくさい男の典型的な質問は! と俺は後悔しシノブの反応に恐れた。うわぁキモっと思われたらどうする? 俺の人生のトラウマワード堂々第一位のこの言葉! 学校において俺はこの言葉を避けるために神経を集中していたのだ。

 それなのに、ああそれなのに、好きな女に言われてしまったらおしまいではないか。俺の旅が終わる。世界も終わる! この俺は始まりであり終わりも司ってしまうのか! いまの地雷発言によって俺も世界も自爆して……凍りつく俺の目にシノブの顔が言葉に反応し表情がスローモーションで変化しだしていく。するとその表情は! と俺は目蓋を閉じようとするも閉じられずに見るしかない。

 そこに現れるであろうGムシを見るかのような顔色と眼つきの同じ顔たち……俺が今までたくさん見てきた女の顔が顔が顔があの同じ顔たちが襲ってくる! 顔顔顔顔! 滅ぼさなければ! 女たちを滅ぼさなければならない! じゃないと俺が滅んでしまう! 滅亡するのはそんな顔をするお前たちの方だ! だがしかしそこには不思議そうな顔をしたシノブがいてその口がこう言った。

「何を言っているの? そんなの同じ使命を共にする仲間じゃないの」

 途端に時の動きが元に戻り俺は呟いた。

「ありがとう……ありがとう……」
「なにその反応? 変なの」

 呆れたようなシノブの声には蔑みはあるものの、しかしどこか明るくなんだかすごく嬉しそうであったので俺は心底安堵する。よかった……嫌われていないんだと……あっ朝陽が昇ってきた。それはまるで自分の心を祝福するが如くに光り出していた。
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