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 ……たしかに昔は……サイラス様に父としての愛を求めていたのと同時にユリシーズには……兄のような愛情を求めていました。

 その結果、たくさんの触れ合いを求めて彼に縋っていた。

「自然とルーシャから俺と他人のような距離感を取り始めて少し悲しかったけれど、大人になっていくってこういう事なんだな、なんておこがましい事思ったりしてた」
「……」

 するすると慣れた手つきで二つに分けたルーシャの髪を編んでいく。ユリシーズには妹がいるので当たり前だろう。これはその子たちの為に練習したのだと思う。

「でも、いつでも昔みたいに頼っていいよ。俺は……ここにいるし、ね」
「昔みたいにですか」

 抱き着いたりだっこしてもらったり、親愛のキスをしたりそういう事を言っているのだろう。

 それがしたいと思っていたのも事実だし、それをしていたのも事実。でも、彼は勘違いをしている。

「……ユリシーズ、私、子供じゃないんです」
「ん? 分かってるって」

 気軽に答える彼は、片方の三つ編みを終わらせてよけていた方に手を伸ばす。ルーシャはまた少しだけ目の合った彼を真剣に見つめていた。
 
 幼少期から少女になる間の時期に、ルーシャはある気づきを得た。

 愛するっていうのには親愛以外に別のものがあって、それがロマンス小説に載っているような恋心というやつなのだと知った。

 手をつなぐと嬉しくて、会えないと寂しくて、抱きつつくとちょっとドキドキして嬉しい、目が合うとなんでか逸らしてしまう。そんな感情がルーシャのなかにも目覚めた。

 許されない相手に。

「分かっていません。小さな子供じゃないんです。大人でもないですけど、あの頃と同じように抱きしめたりキスしたりしないんです」
「……?」

 それにすぐに気がついて、ルーシャはその気持ちとさよならをした。

 離宮から出られない中で、この世界を生きていくために、強引に塗りつぶした。忘れて消して知らないふりをして生きてきた。

 ……ああ、でもそんな必要も努力も意味ありません。

 その思考をしてから落胆したがふと、それだけではない事にも気がつく。

 そしてなんとなくユリシーズの反応が気になって続ける。

「私、無邪気じゃないんです。あのころに比べて、女の子になったんです。分かってますか」

 意識している。端的に言えばそういう事だ。ずっと神聖な存在のような気がしている彼に対してそういう好意を持つことすら罪悪感があったが、ユリシーズだって大人でお酒も飲む。
 
 きっと悪い遊びだって一度や二度ぐらいはしたことがあるだろう。

 ……なら私が下賤な感情を向けても女神さまに怒られたりはしないと思うんです。

 するすると動いていた手がふと止まって、ユリシーズは顔をあげた。その顔は、何というかとても複雑な感情が混ざっていて、何を考えているのか読み取るのは難しかった。

 ただ青白い顔が、少し赤らんでいるようにも見えた。

「……デリカシーがなかったね、ごめん」
「いいんです。……それに嬉しいです。本当はずっと婚約がなければこうして触れて欲しかったですから」
「ごめん」
「何がですか」
「すごく、君に対して俺は罪深いことしているなって思って」
「どういう意味ですか?」

 言いながらも彼は手を動かす。先程よりも緊張していてぎこちなかった。

 それに動揺してもらえたのがなんでか少しうれしくなりながら聞いた。すると眉間にしわを寄せて、ユリシーズは答える。

「自己満足で優しくして、君がどんな苦悩の中にいるのか知っていたのに、望ませておいて許されない環境を変えられない」
「……」
「酷い事をしていたんだなって思って」

 ……じゃあやさしくしないのが正解だったという事ですか? それこそ酷い事じゃないですか。

「やっぱり、ルーシャに俺は何回か殺された方がいい気がする」

 苦しそうに言う彼に、ルーシャは珍しくニコッと笑みを浮かべて口にした。

「……それでも優しくしてくれてうれしかったです。ユリシーズ、今でも好きです」
「…………本当にごめん」
「あきらめろという意味ですか?」
「いや、選択肢を奪うような、君の事を考えられていない事をして本当にごめんって意味だよ」
「……はい」

 言いながら三つ編みは完成する。後にできた方は少しだけ不格好で彼の動揺が伝わってくるようでくすくす笑った。

 結局、彼はルーシャの事をどう思っているのかとか、そういう事は言ってくれないないのだなと思ったけれど、口にはせずにリボンのついた三つ編みを見た。

 昔はこれにも純粋に喜んでいたけれども、今ではあまり似合わなくなったともう。

 今はあの時ほど純粋ではないし、こんな可愛い髪型は似合わない。昔のままなら、もしかしたらユリシーズもルーシャの告白を喜んでくれたかもしれなかった、そう思うとふと口から言葉がこぼれ出た。

「……不細工になったと思うんです。顔も……性格も」

 先にこうして暇つぶしに付き合ってくれてありがとうと、言わなければならなかったのに、なぜかそんな反応に困るだろうことを言ってしまって、すぐに訂正しようとユリシーズを見た。

 彼は少し驚いてから「そんなんことない」と断言する。

「昔も今も、ルーシャは可愛い女の子だよ」

 そんな風に言って笑うのだった。それを聞いてドキッとするけれどすぐに自分の心を落ち着けた、この人は昔からこうだ。
 
 ルーシャは外に出ないから彼がほかの女の子にどう接しているのか分からないけれど、きっと誰にでも優しいのだと思う。

 ……実妹に惚れられたりしていないですかね。

 そんなことを心配に思ってから「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言う。褒められたことにいちいちドキドキしていたら心臓が持たない。

「いえいえ、気に入ってもらえた?」
「はい」
「そっかならよかったよ」

 そういってルーシャの髪に後ろからチュッとキスをする。

 それからまったく当たり前のように頭を彼の大きな手が撫でる。

 それに内心ではルーシャはどういうつもりと叫びだしたいほど驚いていたのだが、やはり子供にするみたいな顔をしているユリシーズにそんなことは聞けなかった。



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