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「お前が蛹から羽化した蝶のようにどこかにはばたく意思を持つ可能性があることが俺は何より許せない」

 ……そんな可能性は、どこにもありませんよ。ないんです。
 
 頭のなかだけで答える。決して伝わらないし、だからこそ、オリヴァーを信じるために彼がどんなことをしようとするのかというのが問題だった。  
 試すように遠ざけられるかもしれない、将又、彼がされているように暴力を振るわれるかもしれない。

 そんな懸念がある。そんなことをさせたくもないし、傷ついてほしくない、そうして遠ざけていた事態なのに、問題になって結局こうなってしまった。それでも結局のところ、レオンハルトに信じてもらう以外に方法は無いのだ。

 彼の命にかかわること以外にはオリヴァーは絶対に勝手に動いたりしないし、置いて行ったりもしない。だからああいう場合だけでも、命令を否といえるような関係性を作るしかない。

「どこにもいかないように、繋ぎ止めておかなければ……お前の心などなくなるように辱めて、いびつに歪めて壊してしまおう」

 そんな風に言いながらレオンハルトはオリヴァーのシャツに指をかけて、丁寧にボタンをはずした。

 …………。

「出来損ないの王に仕える事が丁度良いような、無能で心無い従者になればいい」
 
 オリヴァーのシャツのボタンをすべて外して、それからレオンハルトはオリヴァーの口元から手を離して、試すようにオリヴァーの瞳をじっと覗き込んだ。

「軽蔑したか? オリヴァー、逃げ出すなら今のうちかもしれないぞ。こんな愚か者にこのようなことをされるなんて、流石のお前も許容できないだろう」

 薄ら笑みを浮かべてレオンハルトはそう口にする。オリヴァーが居なくなることが何よりも許せないと言っているくせに、逃げ出してみろだなんて口にして、それはまったく矛盾していたし、オリヴァーの腹の上に乗って体重をかけて押さえ込んでいる時点で逃がす気なんて毛頭ないのだとわかっている。

 …………それに主様は、愚か者ないなんかではありません。決して。

「……私は、決して主様をそのように思いません、逃げませんし、居なくなりません……信じてください、一生お仕えします、ただ、長くお側にいたいからこうして、自らの意思で貴方様を守るために動くのです、それだけです」
「……この期に及んでまだ、そんな風に言うのか、オリヴァー」

 考えつく限り言うのに、声は冷たく感情を動かしているとは思えない。前が開いたシャツをのけて、レオンハルトの手がオリヴァーの薄い胸板を撫でた。

 その手つきでやっとレオンハルトがオリヴァーに何をしようとしているのかを理解できたが、こう言った経験がなくてどう思えばいいのかオリヴァーはよくわからない。
 
 それに、彼が撫でているのは胸に斜めに入っている大きな切り傷だ。まだ、子供の時にできたものであるし、国王陛下の行動を妨げた罰として、魔法を使って治すことを許されなかった傷跡だ。

 だから、未だに痛むときがあり、傷跡は無理な動きをすると肌が突っ張って違和感がある。そんな敏感な部分をレオンハルトの指が摩って、ぐっと唇を引き結ぶ。

「お前は一度、俺を置いていこうとしただろう。その時からだ、その時から時が止まったようにお前が俺を置いていくのではないかと気が気でならない」
「……」
「これは証拠だ。お前が俺を見捨てた証拠、決して消えることがない、体にきざまれた証だ。一度目は、許した。二度目はない、命令を破り自らの意思でお前は俺を裏切った、消して逃がしはしないぞ、オリヴァー」

 レオンハルトの声が低くなり、軽く傷跡をひっかかれた、体がビクついて、情けない声を漏らさないように息を止めて、それでも例え何をされようとも、レオンハルトを置いていこうとなんてしないという意志を込めて自分を見下ろす金色の瞳を見返す。

 ……確かに、私が、何も考えずに……国王陛下と主様の間に入り、死に瀕したのは事実です。ただ、あの時は本当に主様が死んでしまうと思ったんです。ただ、それだけです。

 でも今は、同じ過ちは起こしません、きっとレオンハルト様を傷つけるようなことは致しません。絶対にです。

 あの時、そうして彼をかばって、オリヴァーが倒れた時その時からレオンハルトは本格的に歪んだ。オリヴァーに何があっても命令を聞け、自分の前に出るなというのにはそういうわけもある。

 それに、暴力的で横暴になることが増えた。父親の要望に必死に答えようとして、周りに嫌われるようになり、立場を悪くした。何が正解かもわからず、一番身近なオリヴァーの助言すら聞かなくなった彼の周りからは人が離れて、悪口を言われ小説に出てくる悪役のようになってしまった。

 しかしそれでも、ここで変わらなければ後はない、どんな形でも彼に信じてほしい。

「……構いません、私は、逃げませんし、貴方様の言う事だけが大切ですべてです、信じてくださらなくても私は、ただ心からレオンハルト様に尽くし従うだけです」

 組み敷かれても、剝かれてもやはり、その決意は変わらず、彼がこれからするであろうオリヴァーにとっての未知の行為だって受け入れる覚悟があった。

 オリヴァーを見下ろすレオンハルトの耳から藍色の髪がさらりと落ちる。長さはないので彼の視界を少し狭くするだけだがその髪を綺麗にいつも通りに整えてやりたいとオリヴァーは思った。

 そんな関係でいられるようにと願いながらレオンハルトから目を逸らさなかった。

「……」
「……そうか、出来るものならそうしてみろ」

 言いながらレオンハルトはオリヴァーから目をそらして、苛立たし気にオリヴァーの髪を乱暴につかむ。

「っ」

 それから横を向かせてオリヴァーが髪を結っている黒いリボンをしゅるりとほどいて視界を覆うように縛り直した。幅広のリボンを使っていたので適当に縛ってもオリヴァーの視界は完全に遮断されていて、ただでさえ薄暗く視界が悪いのにこうされるとレオンハルトの輪郭すら見えない。

「俺を見るな、口を利くな……後は……」

 思案するような声が聞こえて、レオンハルトがオリヴァーの上からどく、彼は、オリヴァーの肩を掴んで起し、腕を掴んで背後で組むように導いてオリヴァーは従いそのまま自らの腕を掴んでレオンハルトがいるであろう場所に視線を向ける。

「手も使うな」
「……はい」
「返事もいらない、ただ俺は、どうせできないだろうと知っていて戯れているだけだ、お前の気持ちも心構えもどうでもいい、男としての尊厳も、お前の人としての権利もすべて壊して、気が触れるまで許してやるつもりはない」

 立ち上がって歩くような音、ベットの軋む音、それから唐突に髪が引かれてオリヴァーはベット側面に顔をぶつけた。

「っ、……」
「……本当は、ずっとこうしてやりたいと思っていたんだ。この紅茶にミルクを混ぜたような淡い色の髪に触れて、オリヴァーの俺の為だけにある体をすべてむさぼって他の誰の香りもしないように閉じ込めてしまいたかった」

 ぐっと髪を引かれて、オリヴァーは体を引き寄せて、彼のそばに寄り、彼の足の間で小さくなる。

「大空を舞う鳥は確かに美しいが、その本望を奪って鳥かごで一生を愛でることの方が、一瞬の美しさに感嘆するよりずっと満たされる」

 頬を撫でられて、呼吸が震えた。オリヴァーだって確かに大切にされていることは知っていたしレオンハルトが、オリヴァーが死にかけただけで、おかしくなって、オリヴァーに逆らわれただけで傷つくのだからその愛情は知っていた。

 しかし、あまりにも重たい愛情を目の当たりにすると、どうしたらいいのかわからない。しかし、それでも、口を開くことも、彼がどんな顔をしているのか見ることも、自分から触れることも奪われて、オリヴァーは受け入れる。

 オリヴァーが拒絶すれば目隠しを外すこともできるし彼に何かを伝えることだってできる、けれども、その選択肢だけは選べずにぐっと背中で自分の腕に爪を食いこませた。

「残酷かもしれないが、そうでもしなければ俺のような人間の元には何も残らない。そうだろ、オリヴァー」

 ……そんなこと、思いません。

 心のなかだけで否定して、また強く髪を掴まれて、堪えなければと口を引き結ぶ。すると、何かカチャカチャと金具を外す音がして、不思議に思っていると、頬にそそり立った男性のそれを当てられて、危うく女の子のようにきゃあと悲鳴を漏らしてしまいそうだった。

 ……あ、あ、と、う。どう、したら。

 急な艶めかしい展開にオリヴァーは頭の中でものすごく焦った。そういう事をされるのだという事には理解できてはいたものの雰囲気も何もなくそんな風にされてどんな反応をするべきか分からないし、何故だがすごく恥ずかしくて、頭が真っ白になる。





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