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 深夜、カチャリとひそかに扉を開く音が聞こえてきた。オリヴァーはその音にすぐに反応して、レオンハルトの部屋の扉を見た。彼の部屋には入ることが出来ないので廊下で毛布一枚で眠っていたオリヴァーはその毛布を置いて、小さなランタンを持って中から出てくる少女を見た。

 案の情、オリヴァーが部屋に戻ってからレオンハルトの部屋へと来ていた様子であり、こうしてロミルダが夜のうちに行動をするかもしれないことはオリヴァーの想定内だった。

 子供を望んでいるわけでもない彼女ならきっと、皆が寝静まった時間帯に何か行動を起こす。そう踏んでの事だったが正解だったことに嬉しくなる気持ちと厄介なことになるという重苦しい気持ちが重なって、彼女を追った。

 睡眠用の肌着の状態で城内を彼女は一目散に駆け抜けて、途中、出会ってしまった哀れな侍女を彼女の持っている炎の魔法で焼き、その煌々とした光にオリヴァーは心苦しく思いながらも、貴族として侍女を助けてやるようなこともせずに後に続く。

 ある一室に到着するとロミルダは躊躇することなく扉を開き、中へと入っていく。

 忍び込むようにしてオリヴァーも後ろに続いた。

 その場所はよくオリヴァーも訪れることのある王の執務室であり、今は不在の国王の管理する書類がずらりと並べられている。

 この中の文書もそれなりに重要な書類ではあるが、ここにあるだけでは致命的な情報漏洩にはなりえない。

 しかし、ロミルダは沢山ある戸棚の書類に目もくれずに一番奥の執務机に近づき、そのそばにあるクローゼットのような見た目をしている木の扉を開く。中には、大きな金庫があり、ロミルダは目的の物を見つけたとばかりに金庫へと手を伸ばす。

 ……しかし、あれは……王族の証である指輪がなければ開かないはずです。

 息をひそめながら、そう考えてから納得した。レオンハルトからそれを奪い取るには、こうして夜を共にするしかない。そして自分の家に招くのではなく、王宮に泊めてもらわなければ城の外をまもっている衛兵達につかまってしまう。

 この金庫の中身を手に入れるには、この状況でなければいけなかったのだ。

「……やったわ。これで私が公爵の地位を……」

 そんな独り言が聞こえてきた。その手にはしっかりとレオンハルトの指輪が握られている。

 彼女がその中にあるものを欲しがる理由がやっとわかった。それと同時に、このまま、彼女がその指輪を持ったまま行方をくらませたりしたら、レオンハルトがそのとばっちりを喰らうのだとすぐ合点がいく。

 ……炎の魔法なら……国王陛下と同じですね……。

 であれば、見慣れているのでそれほど恐怖もない。

 状況は刻一刻と変化する。すぐに決意を固めなければならない状況なのはたしかであり、火属性の魔法を操る公爵家の令嬢なんかとオリヴァーだって戦いたくはないのに、大切な主様を守るためならばと予め、つけていたローブのフードをかぶって、扉の付近で、彼女を待った。

 書類を抱えて、ランタンを手に取り出入口の扉をくぐるのを見る。扉を開いて、柔らかな部屋靴で歩みを進める。そのほんの一瞬、廊下の状況を警戒するような彼女の意識の隙間をつくように、廊下側に小さな小石を出現させる。

 オリヴァーが持っているのは土の魔法だ。魔法道具を使えばどんな魔法も魔力がある限りは使うことが出来るが、戦闘に使えるほど即座に展開出来てなおかつ、柔軟性が高いのは自らの属性のある魔法だけ。

 だから、炎の魔法なんていう万能な攻撃方の魔法を持っている彼女に対して屋内で、そして魔力量も決して多くはないオリヴァーが仕掛けるのは自殺行為にも近かった。

 それでも今を逃す機会はない。持ち出されてしまった書類を取り戻すことが出来なくても、レオンハルトの為にもその指輪だけは取り戻す必要がある。

 狙いを彼女の指先に定めて小石を打ち抜く。

 カツンと響く音がして、ロミルダの手に小石が当たり、落ちるそれをすぐさま別の小石で、自分の方いる執務室のなかへといれる。急いで、扉に手をかけすぐに閉じる。

 しかし、そのほんの少しの合間に外からオリヴァーを見つけ、睨みつけるようにしてこちらを見たロミルダと目が合った。暗闇でなおかつほんの一瞬、ローブもかぶっているのできっとレオンハルトの従者であるオリヴァーだと気がつかれるようなことは無かったと思う。

 それでもぞっとして、思い切り閉めた扉は、バタンと大きな音を鳴らす。
 
 途端に、オリヴァーの右肩が、燃え上がった。苛烈に燃え上がる魔法の炎に目がくらんで、扉を押さえる手を緩めてしまいそうになるが、体重で無理やり押さえて、ポケットに入れておいた水の魔法道具を使って相殺するように消していく。

「っぐ……っ、……」

 肌が焼けただれる痛みに小さくうめき声を漏らして、すぐに水の魔法道具で癒していく、綺麗に治らないかもしれないがそれでもあるだけましなはずだ。

「っ……」

 扉の向こうからは、成果の一つである王族の指輪を取り戻そうとドアノブをひねって扉を開けようとする力がかかる。けれども男と女の性差もありそれなりにオリヴァーだって、いざというときにレオンハルトを守れるように多少運動もしている、開けられることは無い。

 それに目視しなければ、お得意の炎魔法で燃やすこともできないはずだ。

 ……大丈夫、このままやり過ごせば、本来王宮にいるはずではない彼女は、私よりもこの場所の勝手を知らない。あきらめざる得ないはずです。事を大きくするつもりもないでしょうしね。

 考えながらもきちんと大切な主様の指輪を握ってオリヴァーは彼女が去るまでずっとそうして、扉を押さえて夜じゅうを過ごしたのだった。


 明け方になって、やっとオリヴァーは、執務室から出ることが出来た。もう流石に彼女が待ち構えているということは無いはずだと思ったけれども警戒しながら、廊下を歩きさっさと自室に戻って仮眠をとる予定だった。がしかし、眠たげな思考でレオンハルトの指輪を自分が持ってしまっていることに気がついた。

 彼だって、自覚は薄いが王族だ。自分の階級を表す大切な指輪が無くなっていたら、絶対に気がつく。そしてそれを盗んだ人間を考えて、傷つくに違いない。

 それはあまりにも可哀想に思えてしまって、夜が明けたからには部屋に入ってもいいはずだと自分を納得させてレオンハルトの部屋へと入った。彼は、静かに眠っていて、その隣にはなぜかロミルダがぐっすりと眠っているのだった。

 ……なんでいるんですか。……ああ、頭が回らない。

 普通なら悪事を働いた後は出来るだけ早くこの場を去るのが一番いい選択肢のはずであるのに、ロミルダは自分の騙した相手の布団の中で健やかに眠っている。

 そして、緊張感のかけらもないオリヴァーの主様は、上半身裸でありオリヴァーはなんだか脱力してしまうような気になりながら、彼の手によく考えずに指輪をはめる。

 こんなことをしてもレオンハルトは起きないし、もうこの女をここで始末してしまえばいいのではないかと、今世になってから身に着けた物騒な考え方でそう思考するけれども、彼女は流石に手に入れた書類を持っている様子ではない。

 すでに誰かに手渡した後の可能性が高いのだ。

 ……こんなに無防備なら、私が手を汚してでも彼女の行為を阻止しておくべきでしたね。

 そんな後悔も今では後の祭りであり、朝日の中で穏やかに眠る二人をしり目に自分の部屋に戻って、深く眠ってしまわないように椅子に座って仮眠をとるのだった。





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