131 / 137
けじめ 5
しおりを挟むフィーネたちとは夕食まで共にして、カミルとマリアンネは、自室へと下がった。
カミルの部屋は国王であるヨーゼフの部屋であったが、カミル達がディースブルクに引っ込んでいる間に内装の趣向も変わり、神聖性に重きを置いた白を基調とした城づくりになっており、マリアンネの白い衣装に馴染むように作られているのだと従者に教えてもらった。
その従者たちもカミルの事を忌避していた王族の側近たちは、フィーネがすべて取り換えた。若くそして、もともと転変の素養があった者たちを集めてカミルとマリアンネの周りを固めることにより、謁見に来る貴族たちも、外見差別名のようなことを口走れない雰囲気を作り出している。
ただ、こうして暮らしているだけでも、カミルやマリアンネにとっては、幸運すぎる事態であるのに、フィーネの手にかかれば、生活環境さえ完璧に整えられるらしい。
……フィーネが考えすぎる性分なのは知ってるけど、ここまで全部に対策されているとちょっと驚くよね。
そんなことを考えながら、服を着替えさせてもらってやっとラフな部屋着になる。
「ねえ、明日から予定を少し増やすって言われたけれど、君たちはなにをやるのか知ってる?」
側仕えたちに聞くと、カミルの部屋で就寝の準備をしていた三人は、視線を交わして、そのうちの一人が少し困ったような笑顔で答える。
「そうですね、少しお稽古が入るようです。カミル様」
「でも簡単なものですよ?」
「そうですそうです、マリアンネ様も一緒ですから、楽しいはずですよ」
ニコニコ笑って言う彼らの心の中はというと、今まで、まったく教育をされてこなかったカミルが、勉強嫌いにならないように楽しい予定だとアピールしなければという使命感に駆られているのだった。
「……僕、別に嫌じゃないよ?」
「それはご立派です!」
「マリアンネ様も惚れ直すことでしょう」
「素晴らしい事でございます」
カミルの言葉に三人は勢いよく褒め出して、ああ、子供扱いされているなと思ったが、彼らからすれば子供なのだから仕方がないだろう。
しかし、子供扱いをするならするで、これほどへりくだるのはどうなのだと思う。大人相手にならへりくだってなんでも言う事を聞いてもいいが、子供にそういうことをすると価値観がおかしくなる場合があるので、やめた方がいい。しかしその問題点についてもフィーネはカミルに説明していた。
城の従者たちがいっきに変わったことによる不具合や、若者ゆえの子育てや教育について深い知識がないという問題もある、その点については次の世代までにその従者たちが育っていれば問題がないそうだ。
まだ探り探りで地盤を固めている最中のこの場所では、城全体の関係性の構築や、主と従者の相互的な信頼関係を一から作っていく必要があるのだと言われている。
だからカミルとマリアンネは普通にフィーネの話をよく聞き、キチンと過ごしていく事が重要なのだ。そして、次世代になるカミルの子供が生まれるころには、彼らも立派な従者となり自然と間に合うと思うから気楽にしてよいらしい。
確かに、こうして不用意に甘やかされたり持ち上げられたりしたら、普通の子供であれば勘違いすることもあっただろう。しかし二人は身の上から、下についている人間も人であり、事情があったり、感情があることをきちんと理解している。
だから丁度良い距離感を探して、次の世代につなげていけたらいいとカミルも思っている。
「僕ってそんなに勉強嫌いに見える?」
「いえ、滅相もない、カミル様ごろの歳のころは自分は、勉強もせず野原を駆けまわっていたので」
「私は、趣味の裁縫に凝っていて」
「わたくしは、お菓子作りに……」
カミルの装飾の多い衣装を片付けたり、ベット周りの準備をしながら側仕えたちは素直にそう答えた。
……そうか、そういうのマリーにもあるのかな。好きなものとか趣味とか。彼女の望むことといえば、家族関係?だったかな。この前フィーネのところに来た時家族は一緒にお風呂に入るか、買い物に行くかなんて話をしていたし。
「そっか、僕はそういうのないなぁ。魔法は得意だけど趣味じゃないし。あった方が楽しいのかな」
「無理に探さなくてもいいのですよ」
「そうです、そうです、きっとビビッと来るものがいつか現れます」
「その時の為に温存しておくが吉ですね!」
カミルがそういうと三人からこれまた似たような意見が返ってくるのだった。こうも息ピッタリに言われるとそんな気がしてきて「そういうもんか」とカミルは納得した。
そんな中、ノックもなしに部屋の扉が開いた。
「カミルー、来たよー」
「あ、マリー」
彼女はなに食わぬ顔でカミルの寝室に入ってくる。これについては、カミルの側仕えも、カミル自身もいつもの事なので特に気にすることなく、今晩も一緒に寝るためにやってきた寂しがりなマリアンネを微笑ましく思う。
それにマリアンネはノックというものの概念すら知らなかったのを王宮に来てからマナーの講師に教えられて、カミル以外にはきちんと実践しているのだ、これはある種の愛情表現のようなものなのだと、カミル国王陛下の側仕え三人衆は思っていた。
「夕食の席でのお姉ちゃんの話、すごかったね」
「あ、ああー。ウン、あれはすごい」
就寝の支度が整うまでの間、ホットミルクを飲んでいたカミルの向かいにマリアンネが腰かける。側仕えはこんなことがあろうことかと用意してあったミルクをマリアンネにサーブした。
「スプーン一杯のはちみつが入っております」
「ありがとう」
完璧なタイミングでのマリアンネの好みドンピシャの飲み物に、マリアンネは眠たそうなとろんとした顔で側仕えにそう声を掛けて、祈り言葉はささげないが、手を組み一度目をつむって神に感謝の意を示した後に口にする。
「あの話、情報が渋滞してたよね」
「うん、僕、引きこもってるか、窮地かのどっちかのフィーネしか知らなかったから気が付かなかったけど、フィーネって意外とトラブルメーカーだね」
「んへへ、不器用だよねぇ」
二人が話し出したのは、マリアンネと従妹の関係にあるフィーネの話だった。側仕えたちは手を動かしつつもカミルのいついかなる不意な疑問にも対応できるように情報収集を欠かさない。
聞いていないようなふりをしながら、三人とも頭を働かせて聞いていた。
フィーネとは、とても力の強い調和師の令嬢らしく、王宮に居場所のなかったカミルを保護していた(事になっている)ディースブルクへと嫁入りが決まっているお方なのだ。
会ってみると地味な人だという印象を受けるが、その功績は目覚ましいものがあり、今こうして日陰者だった貴族の家に生まれた転変の兆候のあるものを王宮という場所で受け入れてくれた張本人だ。
城の誰もが彼女には頭が上がらないのだった。
11
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです
矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。
それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。
本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。
しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。
『シャロンと申します、お姉様』
彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。
家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。
自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。
『……今更見つかるなんて……』
ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。
これ以上、傷つくのは嫌だから……。
けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。
――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。
◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _)
※感想欄のネタバレ配慮はありません。
※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
【R18】傾国の姫、異世界へ行く
やまだ
恋愛
美しさを武器にチヤホヤされて生きてきた凛。
ところがある日異世界に落ちちゃったからさあ大変!
異世界で快適な環境をゲットするため、凛はとりあえず助けてくれた獣人を籠絡することにした。
性格の悪い女が身体使って良いようにしようとしたら、ちょっと深く落としすぎてそのまま狩られてしまう話。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる