127 / 137
けじめ 1
しおりを挟む……僕を救うって君は言っていた。それを望んでいるって今の君は言っていた。
前の君がどんな風に僕を救ってくれたのか、君は知らない、でも前の君が言っていた言葉の意味が今なら分かるような気がする。それでも、生きることを望めない僕は、臆病なのかな。
カミルは心の中でそんな風に考えながら、自分の胸の中で小さな寝息をたてるマリアンネを見下ろしていた。
やり直したフィーネの気持ちを聞いて、彼女を置いてきてから、カミルは何度かフィーネのところへと赴いていた。フィーネに姿を見せることは無かったが、それでも彼女を見守っていた。
フィーネはやっぱり不器用で、それに前々から感じていたけれども、ローザリンデはフィーネにだけ少し意地悪だ。願いを聞いてあげるときにもカミルの記憶を引き継いであげなかったし、今回のフィーネが会いに来た時も彼女が使う力の事を正確に教えてあげなかった。
それがなぜなのかカミルにはわからなかったけれども、カミルの助言どおりにアルノーはフィーネのことを救い上げてくれた。
カミルにはできなかったことを彼はやってのけた。
前の既にどうしようもない状態でしか出会うことができなかったカミルとは違って彼は、あの優しい人を優しいままにそばにいて笑顔でいさせられるような力のある人だった。
……僕とは全然違う。
カミルはアルノーと比べて考えた。カミルが、知ることのできなかった愛情をフィーネから与えられたというのに、カミルにできたことは自分を救ってもらって、死をただ見つめることしかできない傍観者だった。
既に土俵に存在しない、あっても無くても変わらない、既に終わった力なき存在。
マリアンネも同じだ、そしてフィーネも、前はそうだった。
三人は死を待つだけの慰めあうだけの惨めでしようのない、可哀想な人間だった。
……でも彼女だけでも救われたなら僕らはそれでいいよね、マリー。
暴力を受けて、泣きながら眠ったマリアンネの頬を撫でる。マリアンネはカミルの手を心地よさそうに受け入れて、眠っているのに少し微笑む。
マリアンネが、カミルがあきらめている事に納得していないのを、カミルはうすうす気が付いていた。けれどもマリアンネも、あの日のフィーネと同じだった。
希望をそう簡単に口にすることができない。そういう生い立ちで、そういう心情をずっと抱えて、やり直す前もやり直した後も、救われようと自分自身が願えるような人生を歩んではいなかった。
それでも、マリアンネも、フィーネも、カミルも、あのどうしようもない前のお城の中で、お互いだけは救われてくれたらどれほどかと願い続けて、生きることをやめなかった。
「ん、んん……んへへ」
マリアンネは声まで出して笑って、そんな彼女がカミルは愛おしくて愛おしくて頬にキスをする。
薄暗い部屋で、どれほど陰湿で、どれほど陰鬱としていようと、カミルには慣れたものでそれでも、愛おしいと思う純情だけは、心の中に灯って消えることは無かった。
フィーネがきっと幸せになってほしいと願う相手だとしたら、マリアンネは、一緒に居たいと願う相手だった。だから同じ絶望に落ちていくことを、望んでは無いにしろ、それでも嬉しいと思う。
……ごめんね、マリー。
君を幸せにしてあげられなくて。
きっとその言葉を聞いたら、マリアンネは、あの日のカミルのようなことを言うのだと思う。”なんでそんな責任を貴方が負うのか”と、きっと言ってくると思う。
だから口には出さずに、マリアンネに布団をかけ直してやる。
もう夜も遅い時間だ、このままカミルも一緒にマリアンネと眠ってしまおうか。
そう思って抱き着いたまま眠ってしまったマリアンネを起こさないようにずるずると横になってみる。かび臭いスプリングのない硬いベットだったが、マリアンネがいるならどんな場所だろうと、ここが一番居心地がいい場所に違いないのだと確信できる。
目をつむって意識が落ちていくのを感じて、眠りに身をゆだねていると、ドンッ!!と大きな物音がしてカミルはすぐに覚醒した。
……まさか、こんな時間にも……。
マリアンネに暴行を加える男がやってきたのかもしれない。咄嗟にそう考えてベットから飛び起きた。同じく、騒音にマリアンネもすぐに目を覚まして怯えた視線を扉に向ける。
ゆっくりと扉が開いて、廊下の光が差し込む、一瞬目がくらんだ。
逆光に目が慣れると、そこにはなじみの兵士でなく、別の人物が一人で立っていた。
『ア、アルノー……君なんでこんなところに……』
見たままにカミルは口にした。マリアンネはなにやらカミルの知り合いらしいということ以外はわからずに、掛け布団にくるまって怯えたままその人物を見る。
「……何故と言われても……俺の大切な人が君達を助けなければ気が済まないらしいのでな……それがマリアンネか?」
『気が済まないって……は?なにそれ、僕たちの意見はどうでもいいわけ!』
「そうだが? 俺は、君よりフィーネの方が大切だからな」
アルノーが当たり前の顔をして言いながら部屋に入り、カミルの事をスルーしベットで小さくなっているマリアンネに手を伸ばす。
「行くぞ、マリアンネ。君を連れていくとフィーネに約束したからな」
「っ、?え、と」
強引にマリアンネの腕を掴みベットから引っ張り出す。マリアンネはまったく面識のない相手に、戸惑いつつもカミルの事を見た。その瞳はどうすればいいのか確認しているようで、咄嗟にカミルはアルノーを退けようと手を伸ばす。
『やめっ━━━
「言っとくが、カミル。俺がここに一人でいるのは効率よく二人を連れ帰るためだ。どういう意味か分かるな」
その言葉にぴったりと、動きを止めた。フィーネが、あの責任感の塊のような人間が頼みごとをして高みの見物をしているわけがない。それに二人を連れ帰るということは、だ、もちろんその中にカミルも含まれているのは当然だ。
きっと隣のカミルの部屋には、フィーネがいる。この事態の原因は彼女の方だ。アルノーと話していても意味はないだろう。
『!……マリーを乱暴に扱ったら、フィーネの恋人でも容赦しない』
「……ああ」
すぐにでも体に戻りたかったが、動けずにいるマリアンネを強引に抱き上げているアルノーにそう念押ししてから、すぐに瞳をつむって自分の体に戻る。
頭の中を揺らされるような立ち眩みの感覚がして、すぐに、実態を持った体の中で目が覚める。
いつもの通りベットで眠っていて、すぐ真上には、見慣れた女性がカミルに手を伸ばしていた。
その状況に、すぐにでもカミルを転変からもどそうと動いているのだとわかって、罪悪感はあったが、力いっぱい彼女を突き飛ばした。
「っ、……カミル……起きたのね」
「、ごほっ、つ、……ふぃーね」
長らく眠っていた体は起きたばかりで、喉が渇いてせき込んでしまう。それでもカミルは、やり直して初めて、フィーネと実態を伴って出会うことになった。
本当は一度たりとも、こうして会うつもりもなかったし、それにもう二度と、言葉を交わすつもりもなかった。
カミルにとってフィーネはとても大切な存在だ。多くの時間を共有して側にいて、もうカミルにとって人生の半分ぐらいはフィーネでできていた。あと半分は多分マリアンネなのだが、とそんなことはどうでもよく、フィーネは確かに大切な存在だ。
しかし、それはあくまでやり直し前の彼女との記憶であり、今の彼女ではない。それは心のどこかでは同じだと思っていても、心情的には幸せになったところを見るだけでいい相手であり、そしてカミルを愛してカミルも愛していたフィーネはどこにもいないのだ。
だから、今、突き飛ばすことができた。
そう説明をつけて、カミルは、自分の気持ちを思い出す。自分は生きるためにやり直しに付き合ったのではない。ただ幸せになるフィーネを見たかったから側にいることを選んだだけなのだ。
カミルは今回はマリアンネと共に死ぬ、それを選んだ。
前のフィーネに”救って”もらった。もうそれにやっぱり、生きたいなんて望めないんだ。
決意を思い出してカミルは、自分の項を押さえた。彼女には魅了の力もある、けれどもそれだって抗えないようなものではない。自分を律していれば問題ないのだ。
「……治させてくれるつもりは、なさそうね」
「当たり前じゃん、僕は生きたいわけじゃないって、そう言ってる」
「そうね。知ってるわ」
肯定するようなことを言いながらも、フィーネは、カミルをじっと見据えて、隙をうかがっているようだった。二人ともそれほど腕力に差はない、しかし、魔法を使えるという点では、カミルの方が有利ではあった。
けれども隣には、あのアルノーがいる。どうにかされて無理やりに力を使われてしまえば、カミルには勝ち目はない。
……でも、フィーネはそれをしないよね。だって、僕らは死のうとしているんだから。
だから自分勝手に救っても意味がない事を知っているはずなんだ。つまり、フィーネは説得しようとしてくる。でもそれについても対策を考えてあった。こうして彼女が来たら言うのだと決めていた。あの日の”救い”について。
それは、フィーネがきっと勘違いしていることであり、今のフィーネが前のフィーネではないから、使える手段だった。
きっと深く傷つけるだろう、だからフィーネが来なければ言う気はなかったが、しかし今、こうして相まみえて彼女は目の前にいる。その彼女は、前の彼女とは違う。
10
お気に入りに追加
177
あなたにおすすめの小説
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
うたた寝している間に運命が変わりました。
gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。
今日も旦那は愛人に尽くしている~なら私もいいわよね?~
コトミ
恋愛
結婚した夫には愛人がいた。辺境伯の令嬢であったビオラには男兄弟がおらず、子爵家のカールを婿として屋敷に向かい入れた。半年の間は良かったが、それから事態は急速に悪化していく。伯爵であり、領地も統治している夫に平民の愛人がいて、屋敷の隣にその愛人のための別棟まで作って愛人に尽くす。こんなことを我慢できる夫人は私以外に何人いるのかしら。そんな考えを巡らせながら、ビオラは毎日夫の代わりに領地の仕事をこなしていた。毎晩夫のカールは愛人の元へ通っている。その間ビオラは休む暇なく仕事をこなした。ビオラがカールに反論してもカールは「君も愛人を作ればいいじゃないか」の一点張り。我慢の限界になったビオラはずっと大切にしてきた屋敷を飛び出した。
そしてその飛び出した先で出会った人とは?
(できる限り毎日投稿を頑張ります。誤字脱字、世界観、ストーリー構成、などなどはゆるゆるです)
hotランキング1位入りしました。ありがとうございます
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
四回目の人生は、お飾りの妃。でも冷酷な夫(予定)の様子が変わってきてます。
千堂みくま
恋愛
「あぁああーっ!?」婚約者の肖像画を見た瞬間、すべての記憶がよみがえった。私、前回の人生でこの男に殺されたんだわ! ララシーナ姫の人生は今世で四回目。今まで三回も死んだ原因は、すべて大国エンヴィードの皇子フェリオスのせいだった。婚約を突っぱねて死んだのなら、今世は彼に嫁いでみよう。死にたくないし!――安直な理由でフェリオスと婚約したララシーナだったが、初対面から夫(予定)は冷酷だった。「政略結婚だ」ときっぱり言い放ち、妃(予定)を高い塔に監禁し、見張りに騎士までつける。「このままじゃ人質のまま人生が終わる!」ブチ切れたララシーナは前世での経験をいかし、塔から脱走したり皇子の秘密を探ったりする、のだが……。あれ? 冷酷だと思った皇子だけど、意外とそうでもない? なぜかフェリオスの様子が変わり始め――。
○初対面からすれ違う二人が、少しずつ距離を縮めるお話○最初はコメディですが、後半は少しシリアス(予定)○書き溜め→予約投稿を繰り返しながら連載します。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
ふしだらな悪役令嬢として公開処刑される直前に聖女覚醒、婚約破棄の破棄?ご冗談でしょ(笑)
青の雀
恋愛
病弱な公爵令嬢ビクトリアは、卒業式の日にロバート王太子殿下から婚約破棄されてしまう。病弱なためあまり学園に行っていなかったことを男と浮気していたせいだ。おまけに王太子の浮気相手の令嬢を虐めていたとさえも、と勝手に冤罪を吹っかけられ、断罪されてしまいます。
父のストロベリー公爵は、王家に冤罪だと掛け合うものの、公開処刑の日時が決まる。
断頭台に引きずり出されたビクトリアは、最後に神に祈りを捧げます。
ビクトリアの身体から突然、黄金色の光が放たれ、苛立っていた観衆は穏やかな気持ちに変わっていく。
慌てた王家は、処刑を取りやめにするが……という話にする予定です。
お気づきになられている方もいらっしゃるかと存じますが
この小説は、同じ世界観で
1.みなしごだからと婚約破棄された聖女は実は女神の化身だった件について
2.婚約破棄された悪役令嬢は女神様!? 開国の祖を追放した国は滅びの道まっしぐら
3.転生者のヒロインを虐めた悪役令嬢は聖女様!? 国外追放の罪を許してやるからと言っても後の祭りです。
全部、話として続いています。ひとつずつ読んでいただいても、わかるようにはしています。
続編というのか?スピンオフというのかは、わかりません。
本来は、章として区切るべきだったとは、思います。
コンテンツを分けずに章として連載することにしました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる