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真実の記憶 11
しおりを挟む眠ったと思ったのに瞼はすぐに開いて、その光景を見てフィーネは息をのんだ。ここはすでに記憶の中、自分は眠っていて、動かそうと思っても足は動かない。
これほどの良い天気で、おめでたい席だというのに場違いな表情でパラソルの下にベティーナとともに佇んでいる自分の姿を見た。
はたから見れば決して恐ろしい記憶でもなんでもない。ただ単に浮かない顔してパーティーに参加している幼児の図だ。
しかし、フィーネには、とても気分の悪くなるというか、できる限り思い出したくない記憶だったことをすぐに思い出してしまって、ぐっと拳を握った。
穏やかな春の陽気の中、小さなフィーネは、後からベティーナに文句を言われるのが億劫で早々にその場を離れた。
それから、母の事を心配して、窓の中を覗こうと必死になっているのだった。
その光景を暫くフィーネは眺めていて、ああと、納得する。アルノーの言っていたことは正しかったと。
確かに、彼とフィーネは幼いころに会話をした。それに、フィーネはちゃんと感じたのだ。彼はフィーネの事をきちんと好いていてくれているのだと、そのあと届いた、クローバーの髪留めを見てきちんと理解をしていたはずなんだ。
それをすっかり忘れて、何も分からなくなって、心細く思ったり変な思考を展開していたのには理由がある。
しかしそれは、思い出してしまえば、なんてことは無いもので、受け入れられなかったことも、忘れてしまっていたことも、仕方ないと思えることだった。
「一人にして悪かった。一緒に見よう。君の記憶」
ポンと肩を叩かれて、フィーネはこの記憶を見せている張本人であるアルノーがいることに少し驚いた。それに声も、彼は声を出しているマリアンネの記憶はまったくそんなことできなかったのに。
……声が出せるの?
フィーネがアルノーに問いかけると、彼は、首をかしげておもむろにフィーネの首元に触れた。
「出せると思うが」
「……あ、うん。ええ、本当だわ」
「行こうか」
言われて、手を引かれる。そうするとまったく動かなかった足が動いて、彼に連れられて歩くことができる。
「……前に見せられた記憶は、こんな風に動けなかったわ」
「術者の裁量に寄ることが多いから一概には言えないが、君がその場から動かない必要があったのかもしれないな」
……そういわれてみると、ローザリンデ様は私が逃げられないようにしたのね。声が出なかったのは、嫌な音をかき消せないように?
そう考えると彼女は、少々性格が悪いような気もする。というか、彼女の言い分は、若干のウソが混じってるのだとこの記憶を思い出してみると、思わざるを得なかった。
「ねえ、アルノー様。フォルクハルトも魅了の力にかかっているようなことを私と対の力をもつローザリンデ様に聞いたのよ。彼が常軌を逸してローザリンデ様を敬愛しているのはその力のせいだと言われたわ」
「……君は切り替えが早いな?」
「ええ、そうね」
眠りに落ちる前の彼女と、まったく違った理性的な言葉にアルノーは、ついつい聞いた。
今のフィーネはいたって冷静で夢の中に入った瞬間にリセットされたような、確かに素早い切り替えだった事にうなづいて、「それでどう思う?」と質問の返答を待った。
催促されてアルノーは、必死に窓の向こうを見ようとする、小さいフィーネの事を懐かしく愛おしく思いながら、彼女の質問に答えた。
「……その力がどれほど強力な物か分からないが、君と対をなす力というのは、精話師の魔物を生み出す力に付属しているのだろう?であれば、フォルクは、転変しなければ長く生きられない程、体が弱かったという話は本人から聞いたことがある。その状況すら、その力のせいだと言われれば反論はできないが、フォルクが命を救われたのは事実だろう」
「ええ」
「命の恩人を愛するのは当然だと思わないか。君の力が自然に転変する前の俺を救ったように、転変しなければ生きられなかったフォルクをローザリンデが救ったのだろ」
「……でも、大人の男の人が急に女の子に飛びついて、なんだか脅しみたいな事を言いながら愛をささやいていたのよ。おかしいわ」
フィーネは自分がその力の話を完全に信じる要因となった、フォルクハルトの行動をアルノーに言った。そうすると、彼は、はあ、とため息をついて、頭を抱えた。
「あれは魔物である前に人格も破綻している。それで通常運転だ」
「そうなの……?」
「ああ、くそ。フォルクめ、戻ったらただじゃおかない」
そう言いながら、人相悪く腕を組むアルノーに、フィーネは少し笑ってしまった。そんな中、幼いアルノーが、パーティー会場に到着する。小さい彼は今よりも不健康そうで人相は相変わらず悪いし、同年代の子供よりも体格が良い事もあって皆が避けていく。
ベティーナが文句を言ったりして、アルノーはフィーネの方へとくるのだった。
「……アルノー様。実は私この時の事もう思い出しているの」
「昔の光景を少し見て、それがきっかけになったという事なんだろうか」
すっかり忘れていたフィーネがそう言うとアルノーは理由を考えた。小さな二人は何やら話をしていて、微笑んだり困ったりしながら、子供らしい会話をする。
「そうね。きっかけがあったからすぐに思い出せたのよ。……アルノー様。この記憶を飛ばしてもう少し先にすることは出来る?」
「できるが、君は俺の気持ちを認めてくれる気になったか?」
「……」
見下ろされながらそう言われて、フィーネは、そうね、愛してくれてありがとうと、普通に言おうとしたのだが、そう言うのがなんだかとても恥ずかしくて、そして先程までの頑なな自分の否定の言葉を思い出してしまうと、平常ではいられなかった。
「……、は、はい」
「可愛いな」
顔を赤くして同意だけするフィーネに、アルノーは恥ずかしげもなくフィーネの頭を撫でて、微笑んだ。心臓が変な音を立てて、驚く。
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