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真実の記憶 6

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 正しく情報を仕入れられているのであれば、自分に対して刺激の強すぎるものを見るのは正常な判断を鈍らせるだろう。納得できたのだが、それは最近の何かにも当てはめて言えるような気がしたが、さて何だっただろうかと思う。

「そんなこと、ないと思うわ。……冷静な判断が必要な時もあると思うし、その方が辛くならずに済むのも事実ね」
「ふふっ、フィーネに同意してもらえると、なぜか安心できますね」
「……そうかしら。……あの、ロジーネ様、私、あなたに言わなければならない事があるの」

 彼女の優しい信頼からくる言葉にフィーネは、反射的に、ここに来るまでに何度も考えた言葉を口にする。

 もっとしっかり、タイミングを見て言うつもりだったのだが、今言うべきだと思ってしまったのだから、もう口から出てしまったのだから取り戻すことは出来ない。

 フィーネの深刻な言葉に、ロジーネは、真面目な顔をする。

「国王陛下に関することかしら、やっとことが動くのですか?このままではいけない事たしかに私も感じています」

 言われて、手紙でもいくらかそういったやり取りをしてただけあってロジーネは深刻そうにそうに言った。ローザリンデに会っていなければ、フィーネはきっと、今、彼女が言ったことを話すためにこうして会っていた。そんな未来があってもおかしく無かったと思う。

 けれども、今はそうではないのだ。フィーネにできることは何もない、そして協力してくれると言ったこの信頼を裏切ることになる。

 分かっていても、気分は重たく、ふっと小さく息を吐いた。

 それから頭を振って、彼女の発言を否定した。

「……ロジーネ様。貴方が私に協力してくれるのは、私がそういう風に貴方を操ってしまっているからなんです」
「……どういった話しかしら、あまり状況が読めないのだけど……」

 フィーネの言葉にロジーネは混乱したように、パチパチと瞬きして、フィーネの事を鋭い黒曜石の瞳でまっすぐ見た。

 この一言だけでは、彼女には思い当たる節がないらしい。

「ええと、説明が難しいのだけど、その、調和師の力を使うと相手の自由意志を奪ってしまうような、力が……魅了の力らしいのだけど、それがかかってしまうらしいのです」
「魅了……」
「そうです。ロジーネ様は私に沢山協力もしてくれて、手紙で色々な情報も下さったりして……」

 フィーネは心底申し訳なくなって、顔には出ていなかったが、今朝がたの頭痛が悪化して頭がくらくらした。

「けれどもそれはすべて、私のその奇怪な力の副作用のようなものであるようなのです。ですから、私に協力する道理はロジーネ様の中にはないはずなんです」

 ロジーネはそんなフィーネをみて、顔には表れていないが少し体調が悪そうだと察していた。だから怯えながら、そんなことを言う彼女を少し心配してしまった。

「だからこれ以上は、ロジーネ様の貴重な時間を奪ってしまうことは出来ないんです。どうですか、調和師の力を使ったあの時の事です、何か思い出すことはありますか?」

 確かにそういわれてみるとあの時、フィーネの瞳に酷く魅入られたような気もする。とにかく美しくて、目が離せなかった。しかし、感じたことといえばその程度であり、到底フィーネの言うような特別な何かがあったとは思えない。

 首をかしげて考えてみるが、思い当たることは無くて、その反応にさらにフィーネは続ける。

「もしかしたらよっぽど、分かりにくい術のかかり方をするのかもしれません。その術にかかった方は、一見普通のように見えるのだけど、術者に会うと箍が外れたようになってしまっていたから」
「そうですか……」
「ええ、酷い術なんです。私、そんなものをロジーネ様にかけてしまったなんて、なんて申し開きをしたらいいのかわからなくて」

 あまりピンと来ていない様子のロジーネに、フィーネはさらに言葉を続ける。

「けれど、このままでいていいはずがない。私は……そもそも望める立場ではなかったの。……王族の事も……私がわがままを言っていい事ではない。ロジーネ様の手を煩わせることはこれ以上できない」

 言い募るフィーネに、ロジーネは口を挟まず話を聞いた。

「考えうる限りではきっと流れに身を任せて、何もしない事が一番いいのかもしれないと思うの。どう考えてもそうする以外に方法はないと思っていて、協力をしてくれると言ってくれたのに、それなのに私の都合ばかりで申し訳ありません。……私の事を許してくださらなくても構いません。ロジーネ様の時間と労力を奪ってしまい、大変、申し訳ございませんでした」

 深く、テーブルにつきそうなほどに、フィーネは頭を下げた。そんな彼女を見て、それから暫く頭を上げないフィーネにロジーネは「頭を上げてください」となんだか悲しい気分になりつつ言った。

 おずおずと頭を上げる彼女に、ロジーネは少し困って、フィーネの言ったことをきちんと、そんな不思議な力あるわけないという常識を捨てて考えてみた。ロジーネは、フィーネよりも柔軟性はあるが、それなりにロジカルな思考を持っている人物であった。

 ……こうしてフィーネと交流があるのは、ひとえに恩があるからだけではない、純粋に彼女の人柄を好ましく思っているからだし、それになにか得体のしれない秘術が絡んでいるとは到底思えない。

 そもそも、ロジーネがフィーネに友達になってほしいとお願いしたのは、彼女が調和師としての術を使う前だ。

 そんな部分から操作できて、さらには今に至るまでのフィーネとの交流すべてを好ましく思えるようになったとして、そうであればいったい誰が困るというのだろう。

 違和感もなければ破綻もない、そして彼女の起こそうとしている行動については、意義ももちろんあると思う。王族はこのままではだめだ。具体的な案はまだ上がってきてはいないが、そう思っている。ロジーネだって一時はこの国の爵位の高い貴族の後継者として育てられていたのだ。

 術にかけられていると聞いた後でも、その思考は変わらない、国の安定無くして、領地の安全は守ることは出来ない、それは変わらないはずだ。それを一番近くで補佐する王妃という役割を持つはずだった彼女が、変えようとして何がいけないというのだろう。

 思考は、スッキリしている。ロジーネはフィーネに協力する道理があるのだ。そしてフィーネは、はたから見れば正当性のある革命家であるとも思う。彼女にならついていっても問題はない。直情的でかつ苛烈な勢力よりも、よほどましまであるのだ。

 それなのに、彼女はやっぱり初めて会った時のように、自信もないようだし、なんだかそれがさらに悪化しているような気までした。

 それは彼女がそう思うだけの出来事があったのか、元来こういう人間なのかはロジーネにはわからなかった、けれども、この話はその自信の無さの理由の一つだと断言してもいいだろう、その自信の無さによって少しばかり視野狭窄しているような気もする。

「……フィーネ。一つ聞いていいですか?」
「え、ええ、なんなりと」

 それなら、それだけでも取り除いてあげられたら彼女の一助になるか、とロジーネは優しく微笑んだ。

「その魅了の力とやらは、もしかして異性にしか効かないのではないですか?」
「……え、ええと……」

 自分は、まったくもってその力にかかっていても問題が無いという事を訴えるよりも、そんな可能性は端から無かったと思ってもらう事の方がよいだろうと考えてロジーネはそう切り込んだ。




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