上 下
107 / 137

真実の記憶 3

しおりを挟む





 そもそもフィーネは、どうやら人とは違うらしいのだ。特別な力と血筋を持っていて、それを認知することなく、その力をまるで自分が努力して開花させた力のように思いこんでいた。

 そして、ローザリンデの言葉からして、アルノーもその力の餌食となって、フィーネにこんな暮らしまで与えているようなのだった。

 フィーネはアルノーに力を使ったことはまったく覚えていなかったがローザリンデが言うのならそうなのだと思う。

 それに今まで、彼の行動には違和感はあったけれどもそれなら、納得がいく、彼は自由意志の元ではなく、フィーネに操られてただ与えているのだ。

 どうりで腑に落ちないわけだ。だって、常識的にはありえない力を使っているのだから、普通に好意的に思われているのと違って当然だ。

 となればつまりは、フィーネはアルノーから奪っているも同じこと、居場所も権力もお金も彼の意思の自由も。

 ……たしかに、こんな状況で、わがままを言うなんて傲慢だわ。ローザリンデ様は正しいのよ。

 それならただ静かに、自分の責任で望める最大のわがままである自分が生きることだけをまっとうして、アルノーには申し訳なく思いながらつつましく暮らしていくのが一番だ。

 そんな結論を出すのもこれで十八回目だった。マリアンネの記憶を見せられたところから考え直して十八回。

 すべてが同じ結末にたどり着く。

 それに、自分自身が今は恥ずかしくてたまらないのだ。勘違いをして、勝手にやる気になって、出来ることがあるだなんて思いこんで。こんなにも誰一人の幸せも望めない、つまらない人間がなにをできるつもりでいたのだろうと。

 ……つまらない。確かにその通りだったわ。ハンス殿下。私は、きっとあなたの言う通り欠落しているのだわ。なにかをなせる人間じゃないのよ。

 肯定して自虐してしまえば、その羞恥心は少しばかり薄まるような気がしたが、それもただの自己満足で決して意味はない。

 それでもまたヒビの入ったガラスケースに祈りを込めながら、考え直そうとした。

 納得ができるまで、何度でもいろいろな事を加味して、すべてを取りこぼさないように。

 小さな光がケースの中にともる。

 ……お母さま……。

 心の中で呼びかけた。

 それでも、答えは返ってこない。こんな時にはどうしたらいいのか、と彼女に聞きたかった。しかし、それを問うことはできないし、それにフィーネの中には、このガラスケースに関するほんの少しの大切な記憶以外に母の事を覚えていなかった。

 何か一つか二つぐらいは人生の指標になるエピソードぐらいはあってもいいはずなのに、絶対的な信頼を置いていた大切な人、ということ以外は中身のないがらんどうの気持ちだけしかない。

 それはさながら、ケースだけしか形見として持つことができなかったこれと同じようであり、しかし明確に違った。

 ガラスケースにはきちんとアクセサリー入れとは違った存在理由があり、きちんと祈りの為の道具としての役目をまっとうしている。しかしフィーネの母の記憶は、こんな時にすら、拠り所になるものがない。

 そんなことを考えてから、ああ、と懐かしい気持ちになった。

 ……私は、心細く思っているのね。

 昔はよくそのことを思い悩んでいたのだ。母の記憶があまりない事を。そういう時は大抵、自分が心細くて不安な時なのだ。

 そして昔からつけているクローバーの髪飾りに触れる。これだけはベティーナに取られなかったのは、小さいころから肌身離さずつけているものだったからだ。

 さすがに彼女とて身に着けている物をひったくっていったりはしない。だからこれだけは、身に着けていたのだ決して奪われないように。それがいつしか習慣になって、もう何も考えなくともずっと愛用するようになっていったのだ

 ……それに、これはとっても素敵な物なのよ。クローバー、それも四葉のクローバーのモチーフなの。幸せを運ぶ、縁起のいいもの。それに、素敵な花言葉があるのよ。

 だからこれを持っていれば誰かに必要とされているような気がして、少しだけ心細い気持ちがましになる。

 指でその柄を撫でるように金具をさする。

 それから、また考えを巡らせた。今度は違う結末になるといいと思いながら、考えた。なぜそれほどまでに考え直すのか、フィーネは気が付くことができないまま、時間が過ぎていくのだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

いらないと言ったのはあなたの方なのに

水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。 セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。 エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。 ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。 しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。 ◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬 ◇いいね、エールありがとうございます!

【R18】幼馴染の魔王と勇者が、当然のようにいちゃいちゃして幸せになる話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。

木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。 彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。 こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。 だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。 そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。 そんな私に、解放される日がやって来た。 それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。 全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。 私は、自由を得たのである。 その自由を謳歌しながら、私は思っていた。 悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

【R18】傾国の姫、異世界へ行く

やまだ
恋愛
美しさを武器にチヤホヤされて生きてきた凛。 ところがある日異世界に落ちちゃったからさあ大変! 異世界で快適な環境をゲットするため、凛はとりあえず助けてくれた獣人を籠絡することにした。 性格の悪い女が身体使って良いようにしようとしたら、ちょっと深く落としすぎてそのまま狩られてしまう話。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら

みおな
恋愛
 子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。 公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。  クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。  クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。 「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」 「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」 「ファンティーヌが」 「ファンティーヌが」  だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。 「私のことはお気になさらず」

処理中です...