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精霊王 6
しおりを挟む……待って、そう言われても、分からない事が多すぎる。
急に責務と言われてもぴんとこなかったし、それに彼女とフィーネは初対面なのだ、どのように接したらいいのかも、そもそも精霊王がどういうもので、その精霊王の彼女として話したらいいのか、アメルハウザー公爵令嬢として話しかけたらいいのか、それとも精話師しての彼女と話をしたらいいかすらわからなくて、頭をフル回転させた。
「あら、なにが分からないというの?忘れ形見。お前はもうすでに必要な情報を大方知っているはずだわ」
当たり前のように、心を読まれてフィーネは目をむく。薄暗闇の中、向き合っている彼女は、美しくそして得体がしれない。恐ろしいと思ってしまいそうだったが、しょんぼりしながら女々しく彼女を見つめるフォルクハルトを見て、それから、カミルやマリアンネが気軽に話題に出していたことを思い出す。
彼らにとってこの人は畏怖の対象ではない。恐ろしく、完璧に整った神秘的な人ではある、しかし同じ人間だろう。
「……まず、聞いてもいいでしょうか」
「ええ」
「”忘れ形見”とは、母の、という事ですよね。母と何か関係があったのですか……」
フィーネが一番最初に聞いたことは、彼女の呼び方だった。その呼び方は初めてされたと思うのに、どこかきっと前の記憶でも聞いた気がするのだ。
そしてその時にも微かに疑問を持った。どうしてそう呼ぶのだろうと、母が亡くなってずいぶん経つ。フィーネだって一人前の大人に近づいている。そんなフィーネの事をそう呼ぶというのは、エルザとそれなりに関係があったのではないかと予想が出たのだ。
フィーネの問いかけにローザリンデは、少しも考えずに、フィーネを見据えて答える。
「関係があったも何も、わたくしが認めてた調和師は、この世代に彼女だけ。だからお前はエルザの残した幼い子、あの子の忘れ形見。わたくしにとってはそれだけですの」
「……なる、ほど」
その言葉に、フィーネはローザリンデからの若干の拒絶を感じた。重要なのはエルザであってフィーネではない、そういわれているような気がしたのだ。
彼女がどう感じるかは、彼女次第であってフィーネがどうこう言えることではない。しかし、今、ローザリンデと向き合って話をしているのはフィーネである。それをないがしろにされている気がした。
しかし、それを指摘したところで、故意にそう言っているのだから変えるということは無いだろう。それに、フィーネの事を認めたら、名前で呼んでくれるのかも知れない。そう希望的に解釈して、フィーネは気を引き締めた。
「そうね。幼い子。……わかりやすく、説明してあげましょうか」
彼女は気まぐれにフィーネにそう言い、少しだけ口角を釣り上げる。
「……お前はね、エルザに守られた幸せな子。お前はエルザが死んだとき、本当はマリアンネのようにすべてを奪われるはずだった」
マリアンネのように、そう言われて家が潰され、テザーリア教団の聖女として崇められている彼女の事を思い浮かべた。確かに母の尽力がなければフィーネは、王太子であるハンスとの婚約などありえなかっただろう。
「しかし、エルザはわが子だけは守った。自分の子供だけを。可哀想なマリアンネを見たでしょう?あれは、お前がそうなるかもしれなかった姿よ。そして今の彼女の苦悩もお前が背負う可能性もあった」
「いまの?」
なにかそれでは、マリアンネが教団で酷い事をされているようでなないかそう、思って聞いたのに、ローザリンデは、フィーネの問いに答えずに続ける。
「お前は愛された。幸福を望まれた。それをわたくしは知っているわ。……だからエルザの最後の望みを私は叶えてやることにしたのよ。一度、死を迎えたお前をやり直させたのは、わたくしよ。会うのはあの日以来ね」
……あの日。前の私が死んだ日、その時に彼女に会っている?
目を閉じて思い出してみると、膨大な前のフィーネの記憶の中にある最後の日の記憶が、ふとよみがえった。彼女は死に際のフィーネに、聞いてきたのだ。何を望むのかと。
「そしてお前は、やり直したいと望んだ。結果お前は何を得られている?」
「す、少なくとも、死にはしない状況を……」
「そうね。幸せになったかどうかはわからないけれど、これでエルザの最後の望みは果たしたわ、忘れ形見。お前は母に愛されたという事を精々ありがたく思っておくことね」
……言われなくても……。
そんなことはわかっている。しかし改めて言われると、フィーネの中にはなんだか反発したい気持ちがもたげてきてローザリンデに沈黙で返した。
「それにお前は良く愛される子だわ。”力”の使い方が上手いのね」
「力?」
「ええ、そうよ。お前とわたくしの人間には持ち合わせない”力”、自覚がないのね哀れだわ」
「人間には……?」
ローザリンデとフィーネにしかないものといえば、精話師と調和師の力だと理解はできるが、彼女の言い回しが気になった。
「家系が途絶えたせいで、とんだ弊害が生まれているようね。忘れ形見。お前、自分が他と同じ人間だとでも思っているのね」
「……そ、それではまるで……私が、人でないような」
「大まかな構造は同じよ。けれど、貴方は治す力。わたくしは壊す力を持っている。逆とも言えるけれど」
彼女の言っていることがまったく理解できずにフィーネは、混乱したまま、ローザリンデの事を見た。
「それに、お前たちバルシュミューデは人間に擬態しすぎて、そちらに寄った考え方になりがちね、人なんて、わたくし達にとっては些細な存在だというのに」
言いながらローザリンデは、ふとフォルクハルトを見やった。彼はローザリンデに見られてニコーっと笑顔を見せた。それからローザリンデのそばに寄り、その手を取ってキスをする。
うっとり微笑むその様は、他のものなどなにも見えていないとばかりの顔で、普通だとは思えない。
「あ、あまり意味が理解できないのですけれど」
「あら、うすうす感づいているはずよ。これらがわたくし達に与えられた、国を治めるための大切な力だという事を」
言いながらローザリンデは、その紺碧の瞳を輝かせる。キラキラとしていて、美しい光をはらんでいるような夜が明ける前の済んだ青色をしていて、まるで宝石のようだった。
「わたくし達の精霊の国を守らなければならない。使役する魔物を作るのは、わたくし、自然に発生した魔物を狩るのがお前。調和師だとか精話師なんて言うのは人間が勝手に自分たちに都合のいいように力を勝手に解釈して役割のように言っているだけだわ」
「……」
「この子はわたくしが作ったのよ、少し頭が悪いけれど、良く動いていい駒よ」
フォルクハルトの頭を撫でて、ローザリンデはそう笑った。
……。
たしかに、フィーネだってまったく気が付いていないわけでは無かったのだ。人や動物の転変は精感の異常からおこる。それを調整できるフィーネの力は魔物化した人間や動物を元にもどせるのではないかと。
それに、カミルは言ったのだ。彼は私が救ったのだと、つまりは救える力がある。そして、彼の家名はエーデルシュタイン、つまりは王家だ。
昔、王家には、第一王子であるハンスの他に、妃が最後に残した第二王子がいた。
しかし、生まれてすぐにその彼は、病死したことになっている。彼は、認めて欲しかった、とそうフィーネに言ったのだ。人ではないしかし人ではあった。
病死とはいっても、その病とは精感に関することであり、彼は魔物に転変してしまった人間なのだろう。魔物化とはフィーネが出会ったグリズリーのように、凶暴かつ攻撃性の強いものだと思っていたが、それだけではないのかもしれない。
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