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謝罪 8

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 足を止めずに、道を進む。暗い夜道に視界を遮るフードの布。本当に今が意識のある時なのか、段々と分からなくなってくる。

 意識がぼんやりして、疲れと足の痛みから部屋に戻って自分のベットに入りたいなと思う。

 思うだけで、理性ではやるべきことも自分の望む未来も分かっていて、それらとその帰りたいという欲求を比べて却下を出す。

 下を向いて歩いていると髪が落ちてきて歩くたびにゆらゆらと揺れる、薄闇の中に二人分の足音だけが響いていて、ぼんやりしながら、ふっと軽くいい気を吐いて、歩幅を気持ち大きくして歩を進めた。

 前を向くととても遠くに小さな明かりが見えて、迎えの馬車だということがわかり、この土地から出ていく寂しさを新しい場所に向ける期待でぬり変えるようにしてその光に向かって進む。

「……フィーネ様、一つだけいいでしょうか」

 不意に背後から声がして、フィーネはなにかいつもの彼女らしくない深刻な声に、妙に神経が逆撫でられるのを感じて、しかし無視することは出来ずに、「どうかしましたか?」と硬くなりながら言う。

「……、……私は、実は、今日フィーネ様から教えられたこと、ベティーナ様から聞いたことがあったのです」
「……そう」
「でも、私はなそんなこと、ありえないと、だってどうあってもエルザ様の娘はフィーネ様だけだと思ったんです」

 歩くのをやめてロミーに向き合おうかと思った。しかし、彼女の顔を見るのが怖くて、フィーネは早く歩みを進めた。

「それなのに、よくよく周りの使用人たちを見てみれば、フィーネ様をないがしろにすることをなんとも思っていないようなそんな雰囲気があって……だから、きっといつか立場が本当に変わってしまうような、そんな恐ろしいことがありえてしまうのではないかと……考えては、いたのです」

 その独白が、フィーネの心を音を立ててゴリゴリと削っていく。彼女は、前の記憶でフィーネが脱走を計ろうとしたときに、それを阻止しとどめ続けることでベティーナに媚びを打った張本人。

 けれども、フィーネは、それでも不安にさせないような主であり続ければ、きっと”仕方なく”そんなことをするはずがないと考えていた。

「本当は知っていたのです。フィーネ様。屋敷の者、皆。けれども協力をしているわけでもない。だから、罪悪感もなく、誰もフィーネ様の助けになろうとしなかった」

 ……。私は、そんなこと……。

「今でもあの人たちは皆、フィーネ様になんとも思っていないのです。私はそれじゃ駄目だと思いました。だから……本当に申し訳ありませんでした。フィーネ様、お帰りをお待ちしています……」

 馬車はすぐそこまで迫っていた。ロミーは、足元にごとっとトランクを置いて足早に屋敷の方へと戻っていく。それをフィーネは見ないまま、トランクだけ拾って、引き結んだ唇をなんとか動かして、ばっと顔を上げて大きな声できちんとロミーに伝えるように言った。

「……許すわ!ありがとう、ロミー!」

 大きな声が怒りに震えていたのは、悟られなかっただろうか。

 フィーネはそんなことを考えながら、道に泊まっている馬車の御者に声を掛けて、早々に荷物を乗せて乗り込んだ。

 走り出す馬車に、揺られて、なんだか嫌な気持ちがたくさん湧いてきて、自分が自分ではなくなってきてしまうような気がした。

 ……言わないで、いてほしかった。

 そう思うのはフィーネが性格が悪いからだろうか、それとも当たり前の感性なのかわからない。しかしカミルがいればきっとフィーネに同意してくれただろうと思わずにはいられない。

 ……ロミー。罪悪感なんて持たなくてよかったのよ。だって悪いことはしていないのだから、それにね。そんなものがあるから、許す以外の回答を許さない謝罪の言葉が出てくるのよ。

 真っ暗な窓の外を眺めつつ、フィーネはどうしようもない、不安と知りたくなかったことを知らされて、言うしかなかった許しの言葉を言ったことが苦しくて、苦しくて涙をこらえた。

 これから先の行く末がまるで、今から続いてずっとほの暗くて、悔しいような、じっとりと血が滲むような日々になってしまう気がして、自分自身がまずは、いい人になって、明るくなるような人生を望まなければいけないと思うのにそれはどこまでも難しい。

 ロミーが完全に悪いとは思わない、ただ状況が悪かっただけなのだ。ただ、フィーネが屋敷の皆もロミーも知っていたなんて、そんなこと露ほども考えていなくて、まったく知らなかっただけなのだから。

 素直なことは大事だが、それは時に人の心を抉って不快にさせる。

 ……でも、ああしていってくれた謝罪をこんな風にしか受け取れないのは私自身が荒んでいて、性格が悪く、頭が硬いからではないの?

 そんな風に考えてしまうと自分の事を責める言葉が次々と思い浮かんで、眉間にしわを寄せた。

 そんな顔をしていたら将来、しわしわになっちゃうよなんて茶化すフィーネの大切なカミルはもういない。

 ごとごとと揺れる馬車は一晩かけてフィーネの事を新しいお屋敷へと運ぶのだった。




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