66 / 137
本当の家族 7
しおりを挟む「やっと会えた。私のお姉ちゃん」
言いながらマリアンネはフィーネに飛びつくように抱き着いて、その胸元に顔をうずめて、すりすりと頬擦りをする。突然の行動に、動けずにフィーネは胸に収まっているマリアンネの発言を頭の中で復唱する。
……私の……お姉ちゃん????
????
私ったら、兄弟がいたの?
『違うよ。勘違いしてるとこ悪いけど、その子、君のお母さまの妹の娘、つまり従妹!』
フィーネの思考にカミルが早々に、事実を伝える。フィーネの中でベティーナと同列に可愛い妹がもう一人増えてしまうところだったが、なんとかぎりぎりで親戚の子という立ち位置に収めることができる。
血が近いと感じていただけあって、紛らわしい事を言われると勘違いの元になる。とにかく訂正しておいた方がいいだろう。そう考えて、フィーネは口を開く。
「私、同母の兄弟はいないわ。貴方の姉ではないのよ?」
「従妹のお姉ちゃんって意味ならお姉ちゃんって呼んでいい?」
すぐにそう切り返されると特に、不都合も思いつかなかったので、「別に構わないけど」と口を突いて出る。その答えを聞いて、カミルと同じぐらいのサイズ感のマリアンネは嬉しさからか、さらにフィーネをきつく抱きしめる。
「……はぁ、これがお姉ちゃんか、あったかい」
心底安心したような声が、胸元から聞こえてきてそう言えば、今日がマリアンネとは初対面であり、彼女とはまったく面識がなかったはずなのに、この距離感は流石におかしいのではと、フィーネはやっと思い至った。
しかし、姉と慕って甘えてくる子を引きはがすようなことは出来ずに、そのまま、マリアンネに聞くことにする。
「私たち、今日が初対面でしょう?なにか、距離が近すぎない」
「そんなことないよ。私、人生で一度も血縁に会ったことがなかったんだ。だから、血のつながった人に会ったら、こうしたいって思ってたんだ」
「……それは……そうなの」
どうしてそんな事態になっているのか、聞きたくなったが、抱きしめてくる少女の心臓の音が、フィーネにも胸を通して伝わってくるほどに早く高鳴っていて落ち着くまでは聞くのはやめることにして、家族や血縁のつながりが欲しいのならと、頭を撫でてやった。
実際、妹であるベティーナとはこういった触れ合いは無い。それによくよく考えると、フィーネが姉らしく振舞えるのはカミルに対してくらいだ。しかしカミルとは血も繋がっていないし、仲はいいが関係性は曖昧だ。
……そう考えると正当に姉ぶる事ができるマリアンネの存在は貴重な気がする。
『君って姉らしく振舞いたかったの?お姉ちゃんって僕も呼ぼうか?』
……それは、それで嬉しいけれど。恥ずかしいから考えをのぞかないでよ。
『嬉しいんだ……おっけー黙ってるね。フィーネお姉ちゃん』
……揶揄わないでよ。もう。
心の中でカミルと会話をしつつ、変な思考を読まれてしまったと、すこし恥ずかしく思いながら、ゆっくりと離れていくマリアンネと向き合った。
「とりあえず座ったら?お茶ぐらいは出すわよ」
「ありがとう、そうする」
可愛く微笑んで、先程までベティーナの座っていた場所に座るマリアンネをフィーネは、それがあまりよくない事と思いつつも、ついつい比べてみてしまう。
紅茶を入れて、先程のベティーナに出した物と同じようなお菓子を用意して、マリアンネの前に差し出す。
すると彼女は、手を組み祈りの言葉を小さく唱える。敬虔な信徒がこうして祈り言葉を言うのは知っているし、昼のときにも大司教がやっていたので、驚くということもないが、神聖さのようなものを感じて、ただじっとマリアンネの事を見てしまった。
その視線に気が付いたマリアンネは、少しだけ気恥ずかしそうにしながら、お茶とお菓子に手を付ける。
「貴族はやらないんだよね、お祈り、なんか恥ずかしいな」
「……そんなことないと思うわ。神聖な感じがして私は好きよ」
「そうかな。お姉ちゃんにそう言ってもらえるとなんか嬉しい、えへへ」
素直に笑うマリアンネにフィーネは、ロジーネにも思ったように穏やかだなと思った。穏やかで、多分きっと普通の子。少し距離は近いけれども、可笑しな子ではない。
そう考えてこれも無意識的にベティーナと比べているからではないかと思ってしまう。
美しいローズクオーツの瞳も、豪奢な金髪もない、目の前にいるフィーネの事を姉と呼ぶ少女。それは、なんとも不思議な感覚で、血族らしい繋がりも外見から感じられて、まるで昔から知っているかのように錯覚してしまいそうだった。
「ねえ、お姉ちゃんは、同じ力、同じ血を持った私がこうして聖女になってるのってどう思う?」
「どう、と言われても……そうね。会いに来てくれて、その地位に居られてよかったと思うわ。貴方も私も、多くの因果に見舞われる立場にあるでしょう、だから無事大きく育って私と対面して話している事は、とても幸運におもうわ」
「……」
聞かれてフィーネはそのまま、思った通りに返した。そもそも、血族がいる可能性なんて微塵も考えてなかったのだ。調和師という特殊な力を持っていても、守り育ててくれる人がいるというのはとても素晴らしい事だと思う。
……それがたとえ、どんな協力者の元であっても。
「じゃあ、私があなたを慕って、もしこの状況から助けて欲しい、一緒に暮らしたいって言ったらどうする?」
「! なにか、ひどい目に合っているの?見た限りでは健康そうだったから、気が付かなかったけれど、それだったら教えて、私は告げ口したりはしないから」
フィーネには信用ならない協力者の元にいるとだけあって、マリアンネの質問に、フィーネは心配でいっぱいになった。そして、流石にそれは看過できないと思う。アルノーはマリアンネまで抱え込んで転がり込むことを許してくれるだろうか。
そんなところまで考えて、心配するフィーネにマリアンネはキョトンとして、それからフィーネの問いには答えずに、次の質問をした。
「お姉ちゃんは私の唯一の血縁でしょ。あの子より大切に私のことしてくれない?」
「……あの子ってベティの事?」
「そう」
なんてことの無いような表情でそう言うマリアンネに、フィーネは首を傾げた。質問の内容もよくわからなかったし、その前にフィーネが言ったこともスルーされた。
そもそも、この子がフィーネに会いに来たのは、何か伝えたいことがあったからではないのだろうか、例えばさっき言ったような酷い目にあっているとか、教団でないがしろにされているとか。
確かに今日初対面の知らない子ではあるが、フィーネは年下で自分に頼ってくる子にとても弱かった。彼女の助けになろうと考えるぐらいには、血がつながっているという特別さと庇護したいというフィーネの欲求がマリアンネには向けられていた。
しかし、マリアンネ自身がベティーナと比べるような事を言うというのは……つまり、もしかしてだが、マリアンネもベティーナの企んでいる事を知っていて、その子を優先するのではなくマリアンネを優先してほしいと伝えたいのだろうか。
11
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです
矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。
それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。
本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。
しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。
『シャロンと申します、お姉様』
彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。
家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。
自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。
『……今更見つかるなんて……』
ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。
これ以上、傷つくのは嫌だから……。
けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。
――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。
◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _)
※感想欄のネタバレ配慮はありません。
※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
【R18】傾国の姫、異世界へ行く
やまだ
恋愛
美しさを武器にチヤホヤされて生きてきた凛。
ところがある日異世界に落ちちゃったからさあ大変!
異世界で快適な環境をゲットするため、凛はとりあえず助けてくれた獣人を籠絡することにした。
性格の悪い女が身体使って良いようにしようとしたら、ちょっと深く落としすぎてそのまま狩られてしまう話。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる