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人間らしい裏切り 9
しおりを挟む大きなグリズリーが勝手知ったるタールベルクの屋敷の中を追いかけてくる。フィーネの手には血にぬれたナイフ、屋敷の廊下は夕焼けに染まっているだけなのに、まるで血染めのように真っ赤だ。
「はっ、はっはあっ、はっ」
呼吸を乱しながら走る、グリズリーの目にずっぷりと刺さったナイフの切っ先をフラッシュバックのように思い出して、フィーネは今度こそ、そこにささなければと根拠なく強く思う。
後ろからは、フィーネの逃走などまるで意味もないとばかりに、獣の荒い吐息が聞こえてきて、すぐそばまで迫っていた。
あと数歩、もうすぐにでも追いつかれてその鋭い牙で腕を今度こそ噛みちぎられるかもしれない。そんな恐怖に、フィーネは足を止めて、ぐるんと身をひるがえして、両手でもって、ナイフを魔物の顔面に突き立てた。
感触はまるで硬いあぶら粘土にフォークを突き立てた時のように重たい感触で、グリズリーの真っ暗で野生的な瞳がフィーネを責めるように見ている。
そして大きな腕を振り上げて、フィーネを攻撃する。フィーネも負けじと、ナイフを何度も振り上げて、獣に突き刺した。吹きあがる血しぶきはもはやどちらのものかもの分からない。
しかし、その血塗られた世界で、急にスパっと魔物の首が切れて、ごろっとフィーネの方に転がってくる、重たく雨に濡れたドレスみたいにびちゃっと音を立てて足元に転がる首にフィーネは絶えることなく、叫び声をあげた。
こんなことになるなんて、と思うけれども、どうすれば正解だったのかなど誰にもわからない。それにフィーネは生きている。その生きるということはどうしてもフィーネが望んだことなのだから、フィーネを喰らおうとする生き物が死ぬのは当然だった。
「っ!!」
飛び上がるようにベットから跳ね起きた。無意識のうちに、涙を流していたようで、頬を伝って落ちていく大粒の涙と全身をぐっしゃりと覆う汗を気持ち悪く思いつつも、部屋を見渡す。そこは慣れ親しんだ自分の寝室であり、いつも眠っているベットは相変わらずフィーネを柔らかく包み込んでいる。
「は、はぁ……」
ため息をついて、頭を抱える。どうやら、夢を見ていたようだがグリズリーの魔物に襲われたのは事実のようで聞き手の右腕は酷い痛みを訴えていた。
『フィーネ。おはよ。もう夜だけど』
ベットの天蓋からひょっこりとカミルは顔を出して、彼を見たことによって少し気持ちが落ち着く。フィーネは夜だということに驚きつつも、部屋を明るくしておいてくれたことを誰にお礼を言えばいいのか、考えつつ、笑みを浮かべる。
「おはよう。カミル」
『あ、待って、フィーネ』
ベットから降りようとすると、カミルは焦ったような表情を浮かべて、視線をテーブルの方へと向けた。そこにはフィーネを助けてくれた精霊騎士の一人であるアルノーがおり、読んでいた本からぱっと顔を上げて立ち上がりずんずんと近づいてくる。
……な、なんで、彼が私の部屋にっ。
出会いがしらの二人の横暴をフィーネはすぐに思い出して、身を固くした。それから貼り付けた笑みのまま急いでベットから立ち上がって、距離を取ろうとした。
しかし、そんなフィーネの思いとは裏腹にアルノーは思い切り傷がある方の腕をがっしり掴む、痛みから張り付けた笑みを崩して、身をこわばらせる。
「急に動くやつがあるか!横になるか、せめて座ってくれ」
怒気を孕んだ声でそう言われて、フィーネは、そうだったと思う。この人は横暴な人らしいのだ、それにフォルクハルトもフィーネの意思を無視した行動をする人だ。
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