21 / 137
崇高な愛 10
しおりを挟む準備といっても、屋敷に常駐している御者にロミーに連絡をしてもらい、キースリング侯爵邸へと送ってもらうだけなのだ。本来なら招待状を持って行くべきなのだが、乗ってゆく馬車が招待客の家紋が入ったものなら不用意に入口で止められることもないはずであるし、無駄に着飾る必要もない。
それに着飾って自分の立場をアピールしてしまうと、流石にベティーナに怪しまれてしまうので、いつもの落ち着いた色の普段着のドレスのまま、フィーネは馬車に乗った。
今日の元の予定である勉強も家庭教師に用事があるといえば不用意に止めることもなく、フィーネを送り出してくれた。
ここでフィーネの行動を妨害してこないということは家庭教師までフィーネを陥れようとしているわけではなさそうだ。
これから変化する可能性はあるにしても実際に行動を移してフィーネを貶めようとしているのは、ビアンカ、ベティーナ、ハンスそれから、父でありタールベルク伯爵であるエドガーの三名で間違いないだろうということを確認して、フィーネは馬車にガタゴト揺られて、キースリング侯爵邸へと向かった。
そのあいだ、いつの間にかカミルは姿を消していた。
居てくれた方が安心ではあるのだが、人がたくさんいるところでフィーネにしか見えない彼がいると、つい話しかけたりしてしまったり、居たらいたで苦労しそうなことを考えると一概にどちらがいいとは思えなかった。
小さなハンドバックを握りしめて、窓の外を見た。
到着したお屋敷は、侯爵邸だけあって大きく高い塀に囲まれ、中には美しい庭園が広がっていた。
中に入るときに門番に聞いた、西側のトピアリーの美しいガゼボの近くへと馬車を止めてもらう。すると低木に囲まれたお庭の中から、貴族令嬢たちが遅れて到着する者がいただろうか様子を窺うように顔を出した。
……鈍感にならなきゃ。
今からとても非常識な事をするのだ。そうならなければ上手くやれないだろう。しかし、もうすでにどんな反応をされるのか想像してしまい、心臓がうるさく鳴り響いていた。それでも、時は止まってくれない、やるしかないのだ。
馬車を降りたところで、ロミーも連れて来ればよかったと後悔したけれど、彼女も急に予定を入れられたら困るだろうと思うし、フィーネの生活を支えてくれる彼女に無理をさせるのは得策ではない。
様子をうかがっていた令嬢たちは、小さく小首をかしげたり、こそこそと会話をしていて、フィーネが石畳を歩いて、ガゼボに到着するころには、今回のホストであるキースリング侯爵令嬢が令嬢たちを引きつれて、フィーネの元にやってきた。
「……お初にお目にかかります。ロジーネ様。先触れのない突然の訪問、申し訳ありません」
ドレスの裾をつまみ上げて、お辞儀をする。キースリング侯爵令嬢であるロジーネは、神経質そうな黒曜石の瞳をやや怪訝そうにしながらも一応は細めて、女性らしい笑みを浮かべた。
「……タールベルク伯爵令嬢、フィーネ様で間違いありませんか?」
「ええ、代わりの者がすでにうかがっているとか存じますが、どうしても本日、ロジーネ様にお目にかかりたく参りました」
「そう、ですか。ベティーナ様をこちらに」
そばで様子をうかがっていた令嬢の一人に、ロジーネはそう伝えてフィーネの事を観察するように見据えた。フィーネもロジーネとは初対面なので、どういった人であるかを知るために、彼女を観察する。
10
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
いらないと言ったのはあなたの方なのに
水谷繭
恋愛
精霊師の名門に生まれたにも関わらず、精霊を操ることが出来ずに冷遇されていたセラフィーナ。
セラフィーナは、生家から救い出して王宮に連れてきてくれた婚約者のエリオット王子に深く感謝していた。
エリオットに尽くすセラフィーナだが、関係は歪つなままで、セラよりも能力の高いアメリアが現れると完全に捨て置かれるようになる。
ある日、エリオットにお前がいるせいでアメリアと婚約できないと言われたセラは、二人のために自分は死んだことにして隣国へ逃げようと思いつく。
しかし、セラがいなくなればいいと言っていたはずのエリオットは、実際にセラが消えると血相を変えて探しに来て……。
◆表紙画像はGirly drop様からお借りしました🍬
◇いいね、エールありがとうございます!
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです
矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。
それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。
本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。
しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。
『シャロンと申します、お姉様』
彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。
家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。
自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。
『……今更見つかるなんて……』
ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。
これ以上、傷つくのは嫌だから……。
けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。
――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。
◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _)
※感想欄のネタバレ配慮はありません。
※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
【R18】傾国の姫、異世界へ行く
やまだ
恋愛
美しさを武器にチヤホヤされて生きてきた凛。
ところがある日異世界に落ちちゃったからさあ大変!
異世界で快適な環境をゲットするため、凛はとりあえず助けてくれた獣人を籠絡することにした。
性格の悪い女が身体使って良いようにしようとしたら、ちょっと深く落としすぎてそのまま狩られてしまう話。
茶番には付き合っていられません
わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。
婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。
これではまるで私の方が邪魔者だ。
苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。
どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。
彼が何をしたいのかさっぱり分からない。
もうこんな茶番に付き合っていられない。
そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。
拝啓、婚約者様。ごきげんよう。そしてさようなら
みおな
恋愛
子爵令嬢のクロエ・ルーベンスは今日も《おひとり様》で夜会に参加する。
公爵家を継ぐ予定の婚約者がいながら、だ。
クロエの婚約者、クライヴ・コンラッド公爵令息は、婚約が決まった時から一度も婚約者としての義務を果たしていない。
クライヴは、ずっと義妹のファンティーヌを優先するからだ。
「ファンティーヌが熱を出したから、出かけられない」
「ファンティーヌが行きたいと言っているから、エスコートは出来ない」
「ファンティーヌが」
「ファンティーヌが」
だからクロエは、学園卒業式のパーティーで顔を合わせたクライヴに、にっこりと微笑んで伝える。
「私のことはお気になさらず」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる