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欠落令嬢 9

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 ……ああ、良くないわ。最近、哲学の授業が多くあったせいで、自己認識についてばっかり考えてしまう。

 それを考察するのはよい事だとしても、実益にはならないのだから、考えるべきことはほかにある。

『わっっ!!!!』

 !!!!

 突然の大きな声に、フィーネはベットの上で飛び上がって驚いた。ギッシッ!と大きくスプリンクのきしむ音がして、声のした方をばっと見れば、そこには淡く光を放つ、少年が、いたずらっぽい笑みを浮かべて立っていた。

『あいっかわらず、感情が乏しいね!!』
「……??」
『でも僕にちょっとは驚いた?』

 彼は窓辺へと歩いていき、シャッと音を立ててカーテンを開く。窓からは月明かりが差し込んで彼を照らし出す。

 フィーネは急な二つの出来事に、もしかしたら夢かもしれないなんて、現実逃避したが、そんなはずないのはフィーネが一番よく理解していた。

 とりあえず、害はなさそうなこの少年は、自分より幾分、年下に見える。

 二次成長期が来る前のあどけない少年は、光を纏っていることも相まって、精霊なのではないかと思うほど神秘的だった。

 たとえで、そう考えてみたのだが、意外としっくりくる……というか、人間らしくはなかった。だって不思議なことに彼は硬そうな革靴を履いているというのに足音を立てていない。

 それに、窓の冊子は月明かりに照らされて、影を落としているのに、彼の影はどんなに目を凝らしても、見当たらない。

 そういうたぐいの存在なのかもしれないと思えば、先程の記憶を突然、手に入れた出来事と関係があると考えてもいいだろう。

「……貴方。精霊か何かなの?」

 驚きが抜けきっていない中でも、フィーネはやっとそう言葉にした。少年は、口をへの字に曲げて、それから美しい金髪をなびかせて、フィーネのベットへとやってくる。

『つまんない。せっかく幼い君に会えるのを楽しみにしてたのに、全然驚かないんだもん。もっとないの?きゃー!!とか、いやー!!とか』

 そう言いながら、ベットに乗り上げて布団の上に乗るがやはり、スプリンクは軋まないし、よく見てみれば薄っすら浮いているような気さえする。

「驚いてるわ。これでも、心底」
『ふーん? ところで僕のことは覚えてる?』

 問われて、フィーネはフルフルと頭を振った。すると少年は『やっぱりね』と少し寂しそうに笑みを見せて、ハンスによく似ている、その青い瞳を陰らせて、少しだけうつむいた。

 その姿がなんとも儚げで、それに、ハンスに似ているのにフィーネをまったく忌避することのない、何なら懐いていそうな少年にフィーネはふと手を伸ばしていた。

 こんな素性もわからない、不思議な存在に、本来なら慎重派な彼女が触れるなどありえない行為だったが、恋焦がれて、どうにか仲良くなりたいと望んでいる彼によく似たその顔でそんな顔をされると、どうしてもいてもたってもいられなくなってしまうのだった。

『……覚えてないんじゃないの?』
「覚えてないんだけど……ごめんなさい」
『なんで謝るの?』
「うん。上手く言い表せないけど、なんだか許してほしくて」

 伸ばした手は小さな少年の頭をゆっくりと撫でていた。触れてみると、彼にはしっかりと感触があって、髪は柔らかくてつやつや、その瞳はフィーネのことを映し出している。

 ……ハンス殿下にそっくりだから、つい撫でてしまったなんて言ったら、気に障るかしら。

 彼とはこんな触れ合いすらしたことがない癖に、それでも、この少年がどんなに得体が知れなくても親近感がわいてしまった。

『フィーネは、なんだか難しいこと言うよね。僕、よくわかんない』
「うん。でもなんだか、貴方が悪いものじゃないってことはわかった気がする」
『……』

 フィーネが少し微笑んでそういうと少年はやっぱり口をへの字に曲げて『そういうとこ変わんないね』とぽつりと言った。それから、枕を背もたれにして、ベットに座っているフィーネのそばに座って、フィーネを見据えた。

 フィーネは、彼が落ち込んでいる様子だったのが、少しはましになったかなと思って頭を撫でるのをやめる。

『いろいろ、聞きたいことあるでしょ?』
「ええ、まあ」
『僕に分かることなら教えてあげるよ』
「……」

 そう言われてフィーネは、頭の中を軽く整理した。どうやら事情を分かっているらしい彼にきちんと説明してもらえるのであればそれは、とても助かることだ。

 正直、このまま記憶があって、前のフィーネがやり直したかったことをやり直せるとしても、具体的な行動に移せるまでにすごく時間がかかってしまうと思うから。

 それにフィーネは、考えすぎるタチなのだ。そのくせあまり、それがよい結果を生むことがない。となればある程度のところで、話を切り替えてくれる人物はいた方がいいだろう。

 しかし、質問をするとして、まずは何から聞くべきだろうか。こういう事はだいたい謎が多いまま、物事が進んでいくのが相場だ。

 ベティーナに貸してもらって読んだファンタジー小説はそうやって運命に翻弄される少女の姿が描かれていた、もしかするとこの人間らしからぬ少年も、何か一つ二つヒントは残しても、正解は教えてくれず、いなくなる展開があるのかもしれない、それでは困る。



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