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欠落令嬢 6
しおりを挟むそんなこととは露知らず、フィーネは、先生はもしかすると自分の教育の順序を間違えているのではないかという仮説を立てて、今度会った時に真偽を確かめなければと、対策まで立てた。
そして、今日この日のために、いくつも考えていた別の話題に切り替えようと、なんとか場の雰囲気を変えようとした。
「な、何か、誤解があったのかもしれません。それに、こうして二人であっているときに勉学の話をするなんて、不躾でしたね」
「まったくだ。気分が悪い、お前は本当にできの悪い、不出来な女だな。片親だからそう育つのか?」
「……分かりません」
フィーネはそのことを引き合いにだされると、好きでそうなったんじゃないと声を大にして言いたくなるのだが、それを飲み込んだ。
きっと、デビュタントを迎えて、社交界に参加するようになったら、そのようになじられることがあるのだと、既に社交界に身を置いている、年上の彼が教えてくれているのだと思うことにして、ごくっと言葉を飲み込んだ。
「大体、少しはベティーナのように、男を楽しませようとは思わないのか?いつも代わり映えのしないドレスばかり着てみすぼらしい……お前、私の送った、髪飾りはどうした、何故つけない」
ふと、気が付いたように、ハンスは言う。それに、フィーネは思わずギクッとした。
それは昨日、昼にベティーナにあげてしまったのだ、あの美しい夕日色のフィーネの瞳の色と同じ宝石のついた髪飾り、あれは、ハンスからプレゼントされたたった一つの贈り物だった。
だから、今日は必ずつけて、お礼を言おうと思っていたのに、ベティーナの物になってしまった。現物がなければお礼も言えない。それに、人からプレゼントされたものを他人にあげてしまったなんて、なんと言い訳したらいいのかわからない。
「……気に食わなかったのなら、そうだと言え。はぁ、金をどぶに捨てたな」
「! そ、そんなことは……なかったのです」
「珍しく取り乱すじゃないか、なにか後ろ暗い事でもあるのか?」
「……」
まさか、王太子からの贈り物を庶子である妹にあげてしまったなんて、おくびにも出せない。知られたらどんな処罰があるか、と思考が巡り愛らしい妹の顔が頭をがよぎる。
あれだけでもビアンカに言って、今日だけはベティーナに貸してもらえるように取り計らっておくべきだった。その手間を惜しんだ自身が悪い。
今度そのようなことがあれば、そうしようと考えるが、今、この状況はどうしようもなく、フィーネは苦しい言い訳をどうにか口にする。
「……気に入ってつけていたのですが、その、不注意で失くしてしまって」
「下らん言い訳はよしてくれ、気にしていない。どうせ、仲間内で婚約者への贈り物はどんなものを送っているかという話題に乗るために買った代物だ」
「……」
「商人に適当に選ばせたからデザインすら覚えていないしな」
ハンスはそう言いながらあざけるようにして笑みを見せる。
フィーネは、愕然とする気持ちを顔に出さないようにして、にこりと笑みを浮かべた。
それと同時に、やっぱりそうだったか……。と考えているどこか冷静な自分もいる。
元から、あれほど可愛くてそれも瞳と同じ色のアクセサリーなんてロマンチックなものを送ってくれた、という、やっぱりきちんと婚約者として気に掛けてくれているんだという気持ちと共に、……本当に?とどこか、腑に落ちない気持ちがあったのだ。
フィーネと会っている時、終始、不服そうにしている彼が、そんな風にフィーネを重要視してくれているのだろうかと。
だから、謎が解けて、腑に落ちて、ホッとしている。そう思わなければ、もう、今にも泣きだしてしまいそうで、しょうがなかった。
「……それでも嬉しかったですよ」
そんな言葉が口をついて出る。
それは、フィーネのほんの少しの本音だった。
「ハッ、気色の悪い事を言うな、欠落人間め」
「……」
……?
なにが、欠落しているというのだろうと、フィーネはナチュラルな疑問を持った。
その事を、純粋に疑問に持つところが、ハンスが彼女を欠落人間だという、理由でもあった。そうして、女のくせに詰られても泣きもせず、媚びても来ない、そういう姿勢がハンスにとって、女として、いいや、人として、感情が欠落しているように見えていたのだった。
しかし、フィーネだって、その疑問を口に出すほど、空気の読めない人物ではなく、こうして年々会うたびに少しずつ険悪になっていく、この関係に焦りつつも、それ以上何かを言うことは出来なくて、視線を伏せて、ただ、笑みを浮かべたまま、冷めきった紅茶をじっと見つめた。
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