酒の席での戯言ですのよ。

ぽんぽこ狸

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 ロイがクラウディー伯爵家にやってきたのは、まだリディアが十歳にもなっていない時だった。両親からは、ロイは家の事情が大変で一緒に住むことになったから仲良くやるように、そんな風に言われていた。

 しかし、リディアは知っている。彼は、リディアを対等だとは思っていないし、屋敷の皆もそうだと思っていない。

 せっかく兄妹のような関係になれそうな男の子がやってきたのに、このままでは楽しくない。

 そんな子供心から、リディアはロイを慕うようになった。こうして仲よくすれば、いずれはこの場所に馴染んでリディアとも対等に遊んでくれるはずだと信じてやまなかった。

 だから父から領地の経営について学ぶロイにくっついて回って、いつだって楽しい事に誘ってあげた。

「ロイ! ロイ! このゲームを一緒にやるわよ! 丁度一緒に遊ぶ相手が欲しかったの!」

 そんなことを言いながらゲームボードを持って彼の後ろをついて回る。

「ロイ! このケーキを半分こしましょうお母さまから、お勉強が良く出来たから貰ったのよ! ……あ、でもロイの方がお兄さんだから、少し大きく持って行っていいのよ!」

 そう言いつつ、ケーキを持ったまま屋敷の廊下を走って転び、リディアは盛大にケーキをひっくり返して大泣きしたりもした。

「ねぇ、ロイ! そんなにお勉強ばかりしていても楽しくないわ、わたくしと屋敷を抜け出して遊びに行きましょう!」

 リディアはそりゃあもう天真爛漫だった。あれやこれやとロイの気を引くために色々な提案をしたり、自分のお気に入りをもって彼の元へと向かった。

 しかし、リディアはその背中を追いかけるばかりで、ロイの顔をきちんと見ていなかった。

 親を失い、親戚筋とはいえ、他領に勤めに出された子供がどんな風に追い詰められているかなんてまったく考えられない子供だった。

 無邪気に遊んで無邪気に笑い慕ってくる存在をどんな風に思うのかも、まったく考えていなかった。
 
 それでもリディアもリディアで、ロイと仲良くなりたくて必死だった。

 彼はずっとがんばっているし馴染もうともしているようすだったが、それでも対応が丁寧すぎてずっとこの屋敷の中ではういていた。

 そんな、ロイの張りつめた雰囲気をリディアは感じ取っていた。

 だからこそ、この屋敷にとどめたくて夕食の席でリディアは彼に良かれと思って口にした。その時はお客様がきていて両親とは共に食事ができない日だった。

 こんな日にも同じ子供である彼なら、リディアと一緒に食事をとって、お勉強の終わった夜は遊んで、退屈とは無縁の日々を過ごせる。

 それが嬉しくてずっと続いてほしかった。

「……ねぇ、ロイ!……わたくしいい事を思いついたわ、聞いてくれる?」
「結構です」

 リディアは、くるくるの金髪をフワフワ揺らしてゴキゲンに聞いたのだが、ロイは、いつもの通り冷たく返した。

 目元は隈が酷くて、顔は青白く生気がない。もうすぐ死んでしまう人間みたいに、勉強以外何事にもやる気がなくて、生きているだけで苦しそうだった。

「冷たいですわ、ロイ! せっかく名案を思い付いたのに、貴方もきっと喜ぶ名案ですの!」
「……」
「無視しなくでくださいな、寂しいですわ!」
「関わらないで下さいと言ってるじゃないですか」
「無理ですの。同じお屋敷に住んでいて歳も近いのに無視なんかできませんのよ」

 リディアはロイの言葉に当たり前にそう答えたが、自己中心的な言葉に見えてリディアなりに彼の事を考えてのセリフだった。

 こうしてリディアが大切にしていれば、きっとお屋敷の皆も大切におもってくれるはずで、ロイもずっと過ごしやすくなる。幼いながらも周りを見ての結論だった。

 だからこそ、続けて思い浮かんだ名案も彼に屈託のない笑みで口にした。

「それでね、ロイ! わたくしったら貴方の事を慕っているでしょう?」
「知りません」
「慕ってますの!」
「……」
「それに、ロイは年上だし、お勉強も頑張っているからえらいんですの!」

 そうして前振りをしたが、ロイの反応は芳しくない。
 
 しかし、芳しい反応なんか返ってきたことは一度もなかったので、リディアはそのことをまったく気にしていなかった。

 ロイはそういう人なんだと思っていたし、冷たくて冷静で、きちんとした人なんだろうと勝手に思っていた。

 こうなる前の彼を知らなかったし、屋敷に来てからずっとこうだったので笑ったところなんて一度だって見たことがなかった。

「だからね、ロイ! わたくし、貴方の事を”お兄さま”と呼びますわ」

 それでも笑わない人もいるし、それならそれでいい。

 優しくしてくれなくても、ただこの屋敷で一緒に楽しく暮らせればいい、だからこの場所に馴染めなくて大変そうな彼には、役割があればいいと思った。

「同じお屋敷で過ごして、同じご飯を食べて、同じ屋根の下で眠るんですもの、それって家族だわ! わたくしとロイは兄妹になりましょう!」

 兄弟になったらもっと彼はリディアに気楽に接することが出来るし、リディアもロイをもっとぐいぐい積極的に遊びに誘える。

 こんなにいいことは無いだろう。




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