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しおりを挟む食事と湯浴みを終えてリディアとロイとエイミーの三人はお屋敷の談話室に集まっていた。
大きなソファーの置かれた広い部屋で、灯りをともして机には季節の花とリディアのお気に入りであるボトル入りのグレープジュースが置いてあった。
ロイはリディアの近くのソファーに座って、彼女に給仕をしつつ、彼女たちの会話に時々混ざって楽しい時間を過ごしていた。
しかし、リディアの飲むそのワイングラスに入ったグレープジュースをエイミーは苛立たしげに注視しており、時折、会話に集中していない様子だった。
彼女がお酒を嫌っていて、実際にはリディアはお酒を飲んでいなかったしそう見えるだけなのだが、酔っていなくともお酒という存在そのものが嫌いな様子でそんな彼女にいよいよリディアは聞いたのだった。
「これが気になりますの?」
たあいもない話をしていた二人だったが、リディアは唐突に隣にいるエイミーに問いかけた。
彼女は一度口をつぐんで、自分の指先をいじりながら、リディアを見ずに言った。
「リディアもやっぱり飲むんですね」
「ええ、まぁ、これはわたくしのお気に入りですもの」
飲まないでほしいと思っていることにリディアは気が付いていたが、知らないふりをして、グラスを傾けた。
友人の気に入っているという言葉を聞いて、エイミーはちらりとリディアに視線を送ってすぐに、視線を逸らす。そしてそのまま口をとがらせて言う。
「そんなもの飲むなんて不潔です。聖女の私とお話するのに、不敬です」
自分が偏ったことを言っている自覚があるのか、エイミーはリディアに目を合わさないままで、そんな彼女はリディアから返答がないとさらに続けた。
「そもそも、それは悪魔の飲み物なんです。理性の箍を外して人が罪を犯すように仕向ける最低の毒薬です。そんなものを作っている人間も悪魔なんです!」
「……」
「そんなものを飲んでいたら、いくらリディアでも女神さまに見放される。すぐにやめた方がいいです!」
そういう彼女を横目にリディアはごくごくと喉を鳴らしてグレープジュースを飲んだ。
「世の中、皆、腐ってます。そんなものに頼らなくても人間はより豊かで清く生きられるのに、不浄な世界に自分から足を突っ込んでいるんです、私はそんな物に屈しません」
飲み干してから、ロイにグラスを差し出した。彼はいつもの通りに注いで美しく透明感のある赤がワイングラスの中で揺れて、美しく光を反射している。
「私は清く正しい聖女ですから、リディアに勧められても絶対に飲みませんし、この世界から根絶させて見せます。こんなものを生業にしている人間も皆いなくなるべきなんです」
厳しい瞳で酒を根絶すると息まく彼女にリディアは、真顔でグラスを傾けてそばにいる彼女の頬を片手でつかんでぐっと引き寄せた。
「っえ?!」
それから、ぐっと口を開かせて、無言でグラスの中のものを彼女の口に注ぎ込んだ。
「ごぼっ、っ、っ、っ~」
エイミーはバタバタと手を動かしてリディアに抵抗しようとするが、風の魔法がやんわりと使われていてリディアに触れることは出来ない。
しかし何とか不浄なものを飲みこまないようにエイミーは必死で鼻で息をして難を逃れようとした。
……強情ですわ。
リディアは、そんな彼女の抵抗を無視してグラスをロイに渡して小さな鼻を塞ぐようにつまんだ。
「あがっ、っ~!!」
すぐに息が苦しくなったらしく、彼女はごくっと喉を鳴らして、ぱっと手を離すと彼女はぶるぶると震えだした。
それから浅く呼吸をし始めて、両手を喉にもってくる。
それはまるで致死量の毒を飲んでしまった人間のようなしぐさで、リディアがどうなるかと観察していると、彼女は震えたまま死を覚悟したみたいな深刻な顔をした。
「……」
しかし、数秒経っても何もない事に疑問を持ち、片方だけ眉をあげて頭にクエスチョンマークをたくさん浮かべて、聖女らしからぬあほらしい顔をした。
「……っふふ」
「あ、今、私の事を笑いましたね?!」
「ふふっ、だっておかしいんだもの」
「酷いじゃないですか! お酒なんて飲ませて、この聖女の私に!」
エイミーはそう言ってリディアをキッと睨みつけた。しかし、怒りたいのはリディアの方だ。
お酒が嫌いな人間は別にいてもいいし、個人の自由だ。そういう人に強要するようなことをしてはいけないと思うし、リディアはやらない。
しかし、今のがお酒ではないとわからないということは、エイミー自体は飲んだことがないのだろう。それなのに、一方的に批判するだなんて、何様のつもりだという話だ。
「あら、嫌ね。……酷いのは貴方の方ですの。お酒の味も知らないで文句ばかり言うどころか、作った人間を侮辱するだなんて、わたくしの友人はこんなに酷い人間だったのかと疑ってしまいますわ」
「っ……いつ私がお酒を飲んだことがないといいましたか!」
リディアに反発するためにエイミーはリディアにとっては不確定であるはずの事を言ったが、その反論を予測していたとばかりに、リディアは自分の飲んでいたグラスをエイミーに差し出した。
「貴方に先程飲ませたもの。実はお酒でもなんでもないんですのよ。ほら、自分の舌で確かめてみなさい、変な味はしないでしょう」
言われてエイミーは恐る恐るグラスを手に取った。それから、クンクンとにおいを嗅ぐ。
それでも安心できない様子でワイングラスをくるくると回してみて、リディアをちらりと見た。
しばらく見つめて嘘はないと判断したのか、決心して難しい顔でグラスを傾けた。
「……ん」
ぎゅっと目をつむって苦い薬でも飲むように、エイミーは苦しそうに口に入れて、それからぱっと顔を明るくした。
……わかったようね。
コクリと飲みこんで、プハッと息を吐き出す。それから呟くように「美味しい」と口にした。
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