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 ところでリディアの父であるレナード・クラウディーと母であるカレン・クラウディーはとても仲がいい。

 父レナードは貴族にしては珍しく、愛人を持つこともなくカレンと娘のリディアの為に尽くすし、母カレンは若い男と体の関係を持つ事もなくレナードを愛し、娘を愛している。

 そんな愛があふれた家庭で育ったリディアは、娘が結婚して新婚旅行に行ったことに看過されて、二人だけで領地の視察という名の気兼ねのない夫婦旅に出るのだって当たり前のこととして受け入れていた。

 彼らは早々に仕事を終わらせて、屋敷の番をクラウディー伯爵家若夫婦に任せて二週間ほどの旅行に出た。

 今までもこうして屋敷を開けることはあったし、男性貴族はロイもいるし、リディアには風の魔法もある。

 こんな田舎で危険もないし、両親がいなくなってやることといえば同世代とパーティーだろう。

 今まではオーウェンがいて彼が勝手に友人を呼ぶので自粛していたのだ。

 なんせ、彼の友人はあまりよくない噂を聞くし、リディアの社交界での友人がパーティーに来て鉢合わせてはいけない。

 けれども今はこのクラウディー伯爵家の別邸は今やリディアの天下である。

 もともと、入り婿になる人が同居で窮屈な思いをしないように、なんて理由をつけてこの屋敷を建ててもらったものだった。

 しかし、オーウェンのような男が来て、父や母と生活が断絶されてオーウェンの問題の発見が遅れたという欠点が目立っていたが、ロイを婿にした今、もはやリディアの邪魔をする者はいない。

 ……わたくしのお屋敷ですもの、どんなことをしても許されるのですわ!

 そんな風に考えながら、リディアは屋敷を建てた時の設計書を書き写したものに自分の要望を書き連ねていった。

「……全面ガラス張り?」

 リディアの要望をお茶菓子の準備をしながらロイが読み上げて、見つかってしまったからには、とリディアはロイに説明するために顔をあげた。

「ええ、そうですの! だってどうしてもお屋敷の中って、灯りをつけても重苦しい雰囲気がするというか、空気が滞っている気がするわ。でもこれなら日が昇れば、毎日沢山日の光を浴びて、スッキリした日々を送れると思いますの」
「……なるほど?」
「オーウェンの件でお父さまとお母さまから貰ったおこずかいがたんまりあるし、大規模に改装するなんて楽しいと思いません?」

 満面の笑みでリディアはロイに問いかけた。

 その笑みに、ロイは敏感に彼女の度が過ぎる遊び心が発揮されている事を察した。

 リディアは常に行動的で発明的な性格をしているし、それは一般的に見て良い方向に発揮されることの方が圧倒的に多い。

 しかし、両親の不在、それに加えてリディアの日々を鬱屈としたものにしていたオーウェンもいない今、自分の味方のロイだけとの楽しい日々がやってきたのだと、少々箍が外れている様子だった。

 しかしリディアの案を真正面から否定すると、これはこれでまた大変な方向へと話が進む可能性がある。

 そうならないようにロイは使用人みたいな優しい顔をして、とりあえず用意していたリディアのリクエストのヨモギオセンベイを出した。

「たしかに、気分が明るくなりそうですね」
「ええ、そうでしょう? 今から楽しみですね!」
「……さようですか。ところで、料理人が作りながら困惑していたオセンベイが完成したのでお出ししますね」

 ……ついに完成したんですわね!

 彼の言葉にリディアはぱっと意識を切り替えて、テーブルに広げていた紙を纏めて整えた。

 それからお皿に載って出てきた、お米でできたお菓子を見た。

 紅茶が淹れられてそばに並び、ロイとリディアは向かい合って座った。

 それから二人で新開発のお菓子を眺める。

 これは、東邦の国をまねて作ったもので、マグワートは東邦の国ではヨモギと呼ばれているらしく主食の米に混ぜて、捏ねて食べるんだそうだ。
 
 そしてお米を捏ねて混ぜて作るものといえば、オセンベイだろう東邦ではお茶菓子として食べられているらしいし。

 間違いないと確信してリディアは本で見つけた少ない記載から、料理人に要望を伝えてそれから試作を重ねてやっと完成したのだ。

 ……それにしてもすさまじい色ね……。

「用意してくれてありがとう、料理人にも臨時手当を渡さなければいけないわね」
「はい……どうぞ召し上がってみてください」
「……た、食べてみるわ」

 焼き色がわからないほどに濃い緑色をしていて、手に取るとクッキーよりも硬い手触りだった。

 自分が作らせたものではあるが、香りからして、マグワートの良くない部分を引き出しているような、えぐみのある緑の匂いがした。

 しかし、無理を通して作ってもらったのだから食べるしかない、と決意を決めて、一口大に割って口に入れて、ゴリゴリと噛んでみる。

 舌にまとわりつくような苦みで思わず「うっ」と鈍い声を漏らした。

「……独特な味わいに仕上がりましたね」

 平然とした様子で咀嚼するロイに、何故そんなに当たり前にこのまずさを受け入れられるのだろうと考えたが、きっとリディアに持ってくる前に味見をしていたのだろう。

 だからこそ味を知っていた、しかしそれでもリディアに合わせて一緒に口にしてくれるのは優しさからだ。

 こんなにまずいものを作らせてしまった料理人にもロイにも申し訳ない。

 研究に失敗はつきものだし、何かをやるならば上手くいかなくて割を食うこともあるという事をリディアは重々理解している。

 しかし、自分一人の問題ならまだしも、ロイや他人に迷惑をかけてしまうのはいただけない。

「はぁ、ごめんなさい。……まさかこんなにおいしくないとは」
「構いません。リディアお嬢様が満足したのならそれで」
「ええ、満足ですわ。何事もやってみることが大事だとは思いますけれど、その労力に見合う成果が出るか、どうかきちんと考えてやりたいことを決めるべきですわね」

 作って貰ったのだから残すわけにはいかず、リディアは青臭い変な味がするオセンベイを一生懸命食べながら言った。



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