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しおりを挟むその心からくるように見える優しい顔に、訝しんでいたハンブリング公爵もこの程度で、威張れるのならとゆっくりと手を伸ばした。
ショットグラスが皺皺の老人の手に包まれて、ゆっくりと彼の口に触れる。
苦みとスパイスの味わいが初めにきて、嚥下すると鼻からさわやかな香りが駆け抜ける。
ハンブリング公爵はお酒に対して非常に熱い思いを持っている人間だが、時間をかけて試作を重ねたマグワート酒を気に入ったのだということは一瞬で察することが出来た。
しかし、ひと息で嚥下し終わると、ぐっと目を大きく見開いた。
すぐに魔草の効果が出たのだろう。そのグラスは彼の手から滑り落ちて、コトンとカーペットに音を立てて落ちる。
コロコロと転がって、残ったしずくが艶やかにグラスの側面を滑り落ちた。
「……」
「ゔ……ゔゔ、ゔ」
低く呻くような声、焦点のあってない瞳はうつろでぐったりとソファーの背もたれに体を埋めて、意味のある言葉を発することもできずにただ小刻みに震えていた。
「父上?! ま、まさか毒を?!」
すぐに反応したのはエルトンだった。
彼は父の異常にすぐにリディアに疑いの目を向けた。しかし、そんな彼にリディアは落ち着いて、彼ら全員に言い聞かせるように言った。
「いいえ、まごうことなくマグワートの魔草からできたお酒ですわ。ただ、少し効きすぎているようですね。まぁ、そうなるとわかっていて飲んだんですもの、当たり前ですわ」
……嘘ではありませんの。
ただ、マグワートに含まれる成分のうち普段はなんてことない微量な毒だったものが表面化して、幻覚や麻痺などのお酒大量に飲んだ時と同じような症状がでる酷いお酒になってしまっただけですわ。
魔草を使ったお酒は普段の数倍は回りやすい、もちろんそんなことも知っていて、ハンブリング公爵だって飲んだこともあったのかもしれない。だからこそ警戒せずに口にした。
しかし、深く知らない植物からできたお酒だ。こんなにひどいことになるとは予想できなくても、何か企みがあると考えるべきだったのだ。
ただでさえ、自分のプライドを守るために若者の頭を踏みつける様な行為をしているのだから慢心してはいけない。
「ロイ」
十分に彼が苦しんでいることを確認してから、背後にいるロイへと声をかけた。
「はい、すぐに治しますね」
すぐに要求を理解してロイは、ゆったりと歩いてハンブリング公爵の元へと向かった。
それから膝を折って集中するように目を瞑ると、どこからともなく現れた水流が優しくハンブリング公爵の上半身を渦を巻くように包み込んで、魔力の美しい光の粉が宙を舞った。
ロイの魔法はやさしくて素敵な物だとリディアはとても優しい気持ちになったが、目を覚ましたハンブリング公爵を見た瞬間に、またすぐにギラリと瞳を輝かせた。
「……さて、ハンブリング公爵閣下」
言いながらも立ち上がる、彼は酷く汗を掻いていて、顔を真っ青にしていた。
その様はまさしくベッドから飛び起きて、彼には連絡をしないでほしいと懇願したディアドリーの様相に酷似していた。
……さぞ苦しいでしょう。血の気が引いて体が自分の思う通りに動かない、それがどれだけ怖い事か。
わたくしにはわからないけれども、想像は出来ますわ。
そして他人の痛みを想像できない人間にはわからせればいい。
「お酒がすぐに回って毒にも感じる人は決して貴方を馬鹿にして飲まないのではないとわかりました?」
すぐそばまで行って、リディアは、とても思いやりのある声で言って彼を覗き込んだ。
リディアの言葉に震えると息を吐いて彼は、一度頷こうとしてから、ぶんぶんと首を振りぎりっと歯ぎしりをした。
辛く苦しくてもプライドだけでその恐ろしさをこらえて、鋭い瞳でリディアをにらんだ。
「ここ、こんなもの……きりょ、くでなんとでもなるわいッ」
「そうですのね、では応援してますわ。その苦しみを知ってなお、これを口にできるのなら称賛しますわ。ロイ」
「はい、お嬢様」
ロイを呼べばすぐに新しいマグワート酒が手渡されて、リディアはハンブリング公爵の手を取って握らせた。
しかし、信じられないとばかりに、目を見開いてこちらをみるハンブリング公爵にリディアの方だって驚いた。
まさか、アレだけで終わりのはずがないだろう。
アルコールを飲めない体質だと知っていたということは、一度飲んで酷い思いをしたからもう二度と飲みたくないと考えているはずだ。
だからこそ、それでも飲むのが礼儀だと、言うならば当然恐ろしさを知った上でもう一杯飲むしかない。
「できますわよね。気力で何とでもなるのでしょう?」
グラスを持つ彼の手をぐっと握りこんで、リディアは聞いた。ハンブリング公爵は、信じられないものを見るような眼でリディアを見つめていた。
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