16 / 67
16
しおりを挟むその心からくるように見える優しい顔に、訝しんでいたハンブリング公爵もこの程度で、威張れるのならとゆっくりと手を伸ばした。
ショットグラスが皺皺の老人の手に包まれて、ゆっくりと彼の口に触れる。
苦みとスパイスの味わいが初めにきて、嚥下すると鼻からさわやかな香りが駆け抜ける。
ハンブリング公爵はお酒に対して非常に熱い思いを持っている人間だが、時間をかけて試作を重ねたマグワート酒を気に入ったのだということは一瞬で察することが出来た。
しかし、ひと息で嚥下し終わると、ぐっと目を大きく見開いた。
すぐに魔草の効果が出たのだろう。そのグラスは彼の手から滑り落ちて、コトンとカーペットに音を立てて落ちる。
コロコロと転がって、残ったしずくが艶やかにグラスの側面を滑り落ちた。
「……」
「ゔ……ゔゔ、ゔ」
低く呻くような声、焦点のあってない瞳はうつろでぐったりとソファーの背もたれに体を埋めて、意味のある言葉を発することもできずにただ小刻みに震えていた。
「父上?! ま、まさか毒を?!」
すぐに反応したのはエルトンだった。
彼は父の異常にすぐにリディアに疑いの目を向けた。しかし、そんな彼にリディアは落ち着いて、彼ら全員に言い聞かせるように言った。
「いいえ、まごうことなくマグワートの魔草からできたお酒ですわ。ただ、少し効きすぎているようですね。まぁ、そうなるとわかっていて飲んだんですもの、当たり前ですわ」
……嘘ではありませんの。
ただ、マグワートに含まれる成分のうち普段はなんてことない微量な毒だったものが表面化して、幻覚や麻痺などのお酒大量に飲んだ時と同じような症状がでる酷いお酒になってしまっただけですわ。
魔草を使ったお酒は普段の数倍は回りやすい、もちろんそんなことも知っていて、ハンブリング公爵だって飲んだこともあったのかもしれない。だからこそ警戒せずに口にした。
しかし、深く知らない植物からできたお酒だ。こんなにひどいことになるとは予想できなくても、何か企みがあると考えるべきだったのだ。
ただでさえ、自分のプライドを守るために若者の頭を踏みつける様な行為をしているのだから慢心してはいけない。
「ロイ」
十分に彼が苦しんでいることを確認してから、背後にいるロイへと声をかけた。
「はい、すぐに治しますね」
すぐに要求を理解してロイは、ゆったりと歩いてハンブリング公爵の元へと向かった。
それから膝を折って集中するように目を瞑ると、どこからともなく現れた水流が優しくハンブリング公爵の上半身を渦を巻くように包み込んで、魔力の美しい光の粉が宙を舞った。
ロイの魔法はやさしくて素敵な物だとリディアはとても優しい気持ちになったが、目を覚ましたハンブリング公爵を見た瞬間に、またすぐにギラリと瞳を輝かせた。
「……さて、ハンブリング公爵閣下」
言いながらも立ち上がる、彼は酷く汗を掻いていて、顔を真っ青にしていた。
その様はまさしくベッドから飛び起きて、彼には連絡をしないでほしいと懇願したディアドリーの様相に酷似していた。
……さぞ苦しいでしょう。血の気が引いて体が自分の思う通りに動かない、それがどれだけ怖い事か。
わたくしにはわからないけれども、想像は出来ますわ。
そして他人の痛みを想像できない人間にはわからせればいい。
「お酒がすぐに回って毒にも感じる人は決して貴方を馬鹿にして飲まないのではないとわかりました?」
すぐそばまで行って、リディアは、とても思いやりのある声で言って彼を覗き込んだ。
リディアの言葉に震えると息を吐いて彼は、一度頷こうとしてから、ぶんぶんと首を振りぎりっと歯ぎしりをした。
辛く苦しくてもプライドだけでその恐ろしさをこらえて、鋭い瞳でリディアをにらんだ。
「ここ、こんなもの……きりょ、くでなんとでもなるわいッ」
「そうですのね、では応援してますわ。その苦しみを知ってなお、これを口にできるのなら称賛しますわ。ロイ」
「はい、お嬢様」
ロイを呼べばすぐに新しいマグワート酒が手渡されて、リディアはハンブリング公爵の手を取って握らせた。
しかし、信じられないとばかりに、目を見開いてこちらをみるハンブリング公爵にリディアの方だって驚いた。
まさか、アレだけで終わりのはずがないだろう。
アルコールを飲めない体質だと知っていたということは、一度飲んで酷い思いをしたからもう二度と飲みたくないと考えているはずだ。
だからこそ、それでも飲むのが礼儀だと、言うならば当然恐ろしさを知った上でもう一杯飲むしかない。
「できますわよね。気力で何とでもなるのでしょう?」
グラスを持つ彼の手をぐっと握りこんで、リディアは聞いた。ハンブリング公爵は、信じられないものを見るような眼でリディアを見つめていた。
340
お気に入りに追加
780
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結済】平凡令嬢はぼんやり令息の世話をしたくない
天知 カナイ
恋愛
【完結済 全24話】ヘイデン侯爵の嫡男ロレアントは容姿端麗、頭脳明晰、魔法力に満ちた超優良物件だ。周りの貴族子女はこぞって彼に近づきたがる。だが、ロレアントの傍でいつも世話を焼いているのは、見た目も地味でとりたてて特長もないリオ―チェだ。ロレアントは全てにおいて秀でているが、少し生活能力が薄く、いつもぼんやりとしている。国都にあるタウンハウスが隣だった縁で幼馴染として育ったのだが、ロレアントの母が亡くなる時「ロレンはぼんやりしているから、リオが面倒見てあげてね」と頼んだので、律義にリオ―チェはそれを守り何くれとなくロレアントの世話をしていた。
だが、それが気にくわない人々はたくさんいて様々にリオ―チェに対し嫌がらせをしてくる。だんだんそれに疲れてきたリオーチェは‥。

忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。

婚約白紙?上等です!ローゼリアはみんなが思うほど弱くない!
志波 連
恋愛
伯爵令嬢として生まれたローゼリア・ワンドは婚約者であり同じ家で暮らしてきたひとつ年上のアランと隣国から留学してきた王女が恋をしていることを知る。信じ切っていたアランとの未来に決別したローゼリアは、友人たちの支えによって、自分の道をみつけて自立していくのだった。
親たちが子供のためを思い敷いた人生のレールは、子供の自由を奪い苦しめてしまうこともあります。自分を見つめ直し、悩み傷つきながらも自らの手で人生を切り開いていく少女の成長物語です。
本作は小説家になろう及びツギクルにも投稿しています。

完璧な妹に全てを奪われた私に微笑んでくれたのは
今川幸乃
恋愛
ファーレン王国の大貴族、エルガルド公爵家には二人の姉妹がいた。
長女セシルは真面目だったが、何をやっても人並ぐらいの出来にしかならなかった。
次女リリーは逆に学問も手習いも容姿も図抜けていた。
リリー、両親、学問の先生などセシルに関わる人たちは皆彼女を「出来損ない」と蔑み、いじめを行う。
そんな時、王太子のクリストフと公爵家の縁談が持ち上がる。
父はリリーを推薦するが、クリストフは「二人に会って判断したい」と言った。
「どうせ会ってもリリーが選ばれる」と思ったセシルだったが、思わぬ方法でクリストフはリリーの本性を見抜くのだった。

俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?
柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。
お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。
婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。
そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――
ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる