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「ロイ、ベイリー男爵家への連絡はお父さまとお母さまからもすると思うけれど貴方からも一報入れておくようにね。いつかご挨拶に直接向かうけれど、忙しい時期に訪問しては悪いもの。春頃にでもしましょうか」
「そうですね。ベイリー男爵領は収穫の時期も近いですから、その方がいいともいます。それに……私の結婚など気にしないかもしれません」
「あら、どうして? 末弟が結婚するのよ? 嬉しいはずだわ」

 リディアはそう言って、屈託のない笑みを浮かべた。

 心の底から弟であり血のつながった家族であるロイの兄弟たちが当たり前のように祝福したり、我がごとのように喜んだりするはずだと思っている様子だ。

 ……絶対に違うとは言えませんが……この屋敷に十歳の時に来て以来、一度も会っていませんし仕送りはしていますが、丁寧な手紙のやり取りのある他人に近い存在なのではないでしょうか。

「わたくしだったら嬉しくてすぐに教えてほしいと思うけれど、同時に少し心配するかもしれないわ。結婚してうまくやっていけるのかしらって……まぁ、わたくし兄弟なんていませんけれど」

 上機嫌にグレープジュースをくゆらせてコクリと飲みこみ、リディアは再度自分の髪に触れた。
 
 それからテーブルに置いてある櫛を軽く通してから、思案しつつ髪を編んでいく。

「せっかくいるのですから、疎遠にしてはダメよ、ロイ。長年別に暮らしていようとも血のつながりはとても強い絆があるのだから、何にでも使えるのですわ。そんなものをお互いに手放すわけがありませんの!」

 美しい金髪がいつもの三つ編みとは違った形で編み込まれていき、最後にはリボンをチョンと結んで「よし」っとリディアはぱっと手を離した。

 しかし、そのことではなくロイは彼女の言葉の方にキョトンとしてしまった。

 自分は家族同士の情とか、関係の話をしていたつもりだったけれど、リディアは何かに使える可能性があるからこそ、保っておくべきだと打算的に言っているらしかった。

 それならば、相手がどんな風に自分を考えているのかという事ではなく、自分本位に連絡することもまったく躊躇なく出来る。

 ロイは、リディアのこういうスパッとしたものの考え方も好きなところの一つだった。

「はい、承知いたしました……ところで、リディアお嬢様、こんな時間にわざわざご自身で髪を結い直すのには何か意味があるのですか?」

 聞きつつも彼女のグラスにロイは実家から送られてきているグレープジュースのボトルを傾けてトクトクと注ぐ。

 あの日以来、リディアはこのボトル入りジュースが大のお気に入りになったらしく、大人の男性が夜に晩酌をする要領で夕食後に楽しむことが多い。

 注ぎ終わったボトルの口をテーブルナプキンで丁寧に拭って所定の位置に置いた。

 常にリディアのそばにいるために、使用人としての所作も覚えたが、長年やっていると板についてくるものである。

「あるわ、ほら見て、いつもは三つ編みにしているけれど四つ編みにしてみましたの、やっぱり旅行にはおめかししていきたいでしょう?」

 言いながらもリディアは丁寧にロイにその髪を見せるように持ち上げた。たしかに三つ編みよりも目が細かく、凝っている髪型という印象だ。

 しかし、リディアが美しい金髪を纏めるようになったのはオーウェンがリディアの事を頑なに、下品だと言ったからだと知っているロイは、あまり褒めようという気持ちにならなかった。

 ……リディアお嬢様はとても清楚なお方ですのに。

 それなのに、清楚さを誇張するような髪型をわざわざする必要はない。そのままで十分愛らしい。

「三つより四つの方が社交界でも強いと思いますのよ。ロイ、こんなことを思いつけるのはわたくしだけですわね」
「……」
「もう少し練習して五つ編みにしようかしら、そのうち織物みたいになってしまうかもしれませんわ」

 しかし、楽しげに言うリディアに、言われて想像してみると、それはとてもおかしな光景で思わず笑みがこぼれて「とっても素敵な案だと思います」といつの間にか肯定していた。

 あまり前向きではないロイだが、それを上まわるほどにリディアは常に発明的で前向きだ。

 彼女は三つ編みを始めた理由の事などまったく今は考えていないのだろうし、ただ本当にそう思っているからこうしているというだけなのだ。

「そうでしょう? せっかく伸ばしているんだもの、侍女に結ってもらうだけでなく自分でも楽しむ気持ちがあると手入れの時間も退屈せずに済みますの」

 自分で結った髪をゆっくり撫でて、それから、先端につけていた青いリボンをシュルリとほどいて、優しく髪をほぐした。

 それから手櫛で整えてからゆったりとリボンで結い直す。艶のある金髪がルーズにまとめられてぐっと大人の女性らしい雰囲気になる。

 二つ年下の彼女だがここ数年でとても女性らしくなったと感じることが増えた。

「……ところで、旅行に行く予定はいつ頃決まったのでしょうか?」

 会話を続かせるために気持ちを切り替えて、旅行の為におめかしをするのだと言っていた彼女の言葉を言及した。

 昼に結婚することをクラウディー伯爵夫妻に伝えて、長い間条件や時期、結婚式の件などの話をしていたが、家族だけで話すこともあるだろうと思い、ロイは席を外している時間があった。

 その時に話をしたのかもしれない。

 結婚する前の最後の家族だんらんとして出かけるのか、それとも領地内の視察兼旅行なのか、それによって準備することも、行く先も変わってくる。

 リディアに常に仕えていたいロイだったが、家族旅行についていくことは出来ないので、せめて荷物の準備だけでも手伝いたいと考えて聞いたのだった。

「今日ですわ。マグワートの生産地、ルフィア村への旅行ですのよ」
「では視察を含めた旅行になるのですね」
「ええ、その通り」

 マグワートとはクラウディー伯爵家のみが生産している特別な香味野菜のあのマグワートだ。

 オーウェンが他の貴族にマグワートの新しい事業の情報を流していたせいで滞っていた事業を正常に進行させるためにも、クラウディー伯爵が現地に赴く必要があるのだろう。

 納得して気を付けて行って来てくださいと言おうとしたときに、続けてリディアが言った。

「でも、新婚旅行ですもの。気負わずに行きましょう、ロイ」

 しかし当たり前のように言われた言葉に、一瞬思考が停止した。それからすぐに「はい」と一応答えておく。

 リディアは効率がいい事が大好きだ。稀に効率よりもクオリティをとることがあるが、基本的にはタイミングがいい事はガンガン進めていく。

 こうしていつの間にか仕事が次の段階に進んでいたり、終わっているのは日常茶飯事だ。

 そんな彼女についていくのは、大変ではあるけれど信用されているようでそこそこ嬉しいし何より楽しい。

 それにクラウディー伯爵夫妻にも、オーウェンにもそういう事はしていなかった。

 つまりはロイにだけやる行為なのだ。それがわかっているからこそ、すぐに気持ちを切り替えて、旅行の準備を自分も急がなければなと考えるロイであった。



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