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「リディアの成人を祝って……乾杯!」

 クラウディー伯爵である父がグラスを掲げると、隣に座っている母も軽くグラスを持ち上げて優雅に傾けた。

 それに続くようにしてオーウェンの両親であるアディソン子爵夫妻が控えめに最初の一口を口に含んだ。

 リディアとオーウェンは向かい合うように座る両親のそれぞれ隣に座ってお見合いのように向かい合っていた。

 美しい前菜が到着し、まっさらなテーブルクロスの上にコトリと置かれ、両家の正式な顔合わせを含めた晩餐会がクラウディー伯爵家で開催された。

 実のところもうすでに結婚の話はまとまっているが、爵位を無事継承できる年齢まで待ってから結婚という話だったので、その通りにきちんとリディアが育ったことを確認する会でもあった。

「おめでとうございます。リディア様、オーウェンと見合いをしたときは、まだあんなに幼い少女だったのに、とても美しく立派な女性になりましたな」
「ええ、美しい金髪に、宝石のような碧眼、人形のような容姿に惚れてしまいますわ」

 アディソン子爵夫妻は開口一番リディアをほめた。

 そのための会なのだからまったく当たり前の発言だが、リディアはそんなことはお構いなしに一杯目の赤ワインを喉にごくごくと流し込んだ。

 ……美味しい。

 プハッと飲み終えてグラスを空にするとすぐに控えていたロイがグラスに並々とワインを注ぐ。

「……あ、あら、良い飲みっぷりですわね。貴族社会では付き合いも大切になりますもの、たくさん飲めて悪いことは無いですわ……」
「リディア……お前は初めての酒なんだから、あまりピッチを上げすぎないほうがいいんじゃないか?」

 と、若干引き気味にアディソン子爵夫人とオーウェンがリディアに声をかける。

 しかし、その声など聞こえていないかのようにリディアは二杯目のワインをグイッと傾けた。

「ク、クラウディー伯爵、なかなかにリディア嬢は有望な人材のようですな……ご、豪快で……」

 アディソン子爵はオーウェンが無視されたことによって、この会の雰囲気が悪くならないように、クラウディー伯爵へとフォローするように声をかけた。

「あ、ああ……まあ、まずは食事だ。リディア、酒とは食事と共に優雅に楽しむものでそのようにただグラスを空ければいいという事でもないぞ」

 クラウディー伯爵も窘めるように言って、話題をそらして前菜に手をつけた。

「そうですな。何とこれは、クラウディー伯爵領地でしか栽培を行っていないという……あの、伝説の香味野菜!」
「その通りだ、今日は特別な晩餐会であろう、ふんだんに使ったコースを用意した。是非楽しんでくれ」
「ふふっ、あなたとても楽しそうですわね」
「そりゃあ……娘のハレの日だ、盛大に祝ってやらなければ……」

 彼らはリディアを無視して、和やかな雰囲気を作り出そうと努力をした。

 その努力を知っていてなお、リディアはグラスを傾けた。

 ……この日の為に沢山飲み物を飲む訓練を重ねたのだもの、十杯は軽いわ。

 真剣に胃の中にワインを流し込むリディアと、ワインボトルを次から次に開けて注ぎ続けるロイ。

 二人の異様な真剣さに、クラウディー伯爵夫妻、アディソン子爵夫妻共に新しく始めた話題に集中できていない。

 どうにか、自分たちだけはこの会を何とか平穏に終わらせるために、料理について話してみたり、思い出話を語ってみたりするが、ごくごくと喉を鳴らすリディアに、最終的には視線が集まってしまう。

 どう反応したらいいのか困り果てるアディソン子爵夫妻は妙な汗を掻いていて、娘が突然の奇行に走り始めたクラウディー伯爵夫妻は困惑して顔を見合わせる。

 しかし、そんな中でも、一人だけイラついて機嫌悪くリディアを見つめていたのはオーウェンだった。

 オーウェンは、これから結婚する相手がこんなに非常識なことをする人間だなんて自分の沽券にかかわる事態だと憤慨して、厳しくリディアを見た。

「おいっ、リディア。晩餐会とは皆で楽しく食事を楽しむ場だ! それをぶち壊してまで酒ばかり飲むだなんてマナー違反も甚だしいっ」

 義両親もいる前でオーウェンはイラつきに任せてリディアを叱責した。

 その主張は確かに間違っていないし、リディアはもうすでに成人して婚約者もいる立派な大人だ。

 そんな彼らの婚約関係にわざわざ口を出すほどクラウディー伯爵夫妻も野暮ではない。オーウェンの指摘に娘がどう出るかと親として心配する気持ちとともに、彼らの関係性を測ろうと娘を見た。

「……」

 オーウェンの言葉を受けてリディアは一度、グラスを途中で置いた。

 そのグラスには美しく明るい紫色をしている透き通ったワインが揺れていた。

「……あら、わたくし大人になったんですもの。お酒を飲んで怒られるいわれはありませんわ」

 そういう事を言っているわけではないという事をリディアも理解していたし、この行為が皆を困らせているということは十二分に知っている。

 しかしそれでも、またグラスを手に取って、ぐっと飲み干す。

「ロイ」
「はい、お嬢様」

 そしてもうテーブルにも置かずにグラスを横に差し出した。そうするとロイが並々とワインを注いだ。

 そしてまたごくごくと飲み進める。

「そういう話をしているんじゃない!」

 ごくごくと飲み進める。

「おい、聞いてるのか、リディア!」

 ごくごくと飲み続ける。

「……っ、どうしてこんなことを……」

 怒りに青筋を浮かべてオーウェンはオールバックにかっちり固めている髪を執拗に櫛で整え始めて、イラつきは限界を迎えているのだと察せられる。

 ……そろそろかしら。

 彼のそんな様子を見て、リディアは突然席を立った。

「失礼、お化粧を直しに行ってまいりますわ」

 全員の視線を集める中で、リディアはお手洗いに行く時と同じ言葉を言って、それから、ふらふらとした足取りで歩いた。

 すぐにロイがダイニングに扉を開いて、ゆったりと出ていく。

 それから数分間、晩餐会の出席者五人は、お互いに今日はもう開きにして後日改めた方がいいのではないかと視線を交わした。

 あと十分彼女が戻ってこなかったら、そういう話になるはずだったが想像よりもずっと早くリディアはロイに導かれるようにしてふらつきながら戻ってきた。
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