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21 必然的な勘違い

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 ルイーザはベッドに入って目をつむった。しかしフィオナ様の言った言葉を思い出して、変な気分になった。

 ……お庭を走り回ったりお屋敷の中を自由に探検したいはずなんてフィオナ様は言っていたけど、そんなのもっと小さかった時にたくさんやったもの。

 それに、もう立派なレディだからしたいなんて思わないよ。

 ググっと目をつむってフィオナ様の考えを否定した。なんだかどこも扱いされたようで不服だったということもある。

 しかしそれだけではなく、たしかに遠慮しているというか恐れている気持ちもある。

 ……だって、ここ王宮なの! まさかフィオナ様の言う伝手が王子殿下だったなんて全然想像してなかった!

 ここにはルイーザなんか吹けば飛ぶほど、国にとって大切な方々がいて、その人たちがたくさんの人に守られながら暮らしている。
 
 そんな場所を好き勝手に探検できるはずがないだろう。そんなことをしたらルイーザはたちまち捕まってしまうに違いない。

 そんなことはわかっているのだ。それなのにフィオナ様と来たらルイーザを幼い子供だと思って……。

 ……。

 ルイーザは子供ではないのだ、いい子だし、チェスもできるし、お仕事が忙しいときはいい子で待っていることが出来る。

 ……できるし余裕だよ……でも。

 ぱっと目を開く、お部屋の中は真っ暗で、目をつむればルイーザにチェスで負けて凹んでいるフィオナ様の面白い顔が思いだせるのに、今ここに誰もいない事が寂しくて、身じろぎした。
 
 それから布団にぐるぐる巻きになってみてから何度も寝返りを打って、どうにか一人で眠ろうと試みた。

 しかし、どうにも眠りに落ちることが出来ない。

 きっと昼間にやることがなくてぼんやりしていたから眠れないのだろう。それでもこんな時間に使用人を呼んで添い寝してもらうようなお子様ではない。

 …………でも、寂しい。

 実家でずっと面倒を見てくれた侍女も居ないし、母も、家族は今のルイーザのそばに居ない。そのことを考え出すと泣いてしまいそうだったので、考えたくない。

 しかし漠然とした寂しさはどこからともなくこみあげてきて、目を開くと夜の暗闇に、何か良くない悪魔でもお部屋の中にいるような気がしてくる。

 ……怖いし……。

 でもでも、自分は立派ないい子なのだと気持ちを奮い立たせようとするがどうにもうまくいかなくて、ベッドの上でぐるぐる巻きになりながらルイーザは発想を転換させた。

 ……こんなに私が怖いんだから、きっと隣で寝てるフィオナ様も寂しいはずだよね。

 だったら、私が添い寝してあげてもいいかも。
 
 ほらフィオナ様ってちょっと子供っぽい所もあるし。

「それがいいかもね!」

 言いながらルイーザはごろごろと転がってベッドからおり、枕をもって、こっそりと部屋から飛び出した。

 すぐ隣がフィオナ様の部屋なので、朝早くに起きて自分のお部屋に戻れば侍女にもこの子は添い寝がないと眠れない子なんだと思われなくて済むのだ。

 完璧な案にルイーザは灯りが絞られている薄暗い廊下も怖くなくて、早速フィオナの部屋へと視線を向けた。

 しかし、そこには予想していない人物がいて、ひゅっと息をのんだ。

 ……ノア王子殿下……!

「?……あれ、ルイーザだ。そういえば初めましてかな」

 ルイーザに気がついたノア王子殿下は、何食わぬ顔で近づいてきて、暗闇の中でも目立つ美しい銀髪をさらりと揺らして首を傾げた。

「こんな時間になにしてるの?」

 その髪は薄暗い廊下でも不気味に光っているように見えるし、なにより人の物とは思えない紫色の宝石みたいな瞳に見つめられると、ルイーザは声が出なかった。

 マーシア王妃殿下も同じく美しい銀髪をしていて、目の色も綺麗だと思って敬うべきお人だという尊敬にも似た気持ちになる。

 しかしノア王子殿下は、どこか存在がおぼろげで、さらにはなんだか妙な雰囲気を感じる。

 女神の加護を受ける聖者だからなのか、それとも彼自身の性質なのかはルイーザにはわからない。

 しかし、突然身分が高くて、ルイーザの事などどうとでもできる恐ろしい大人と会ったルイーザは固まって枕をぎゅっと抱きしめた。

 端的に言えばいろんな意味で怖いと思った。

「……固まっちゃった。そんなに怯えなくてもいいのに」

 言いながらノア王子殿下は、ルイーザのそばにしゃがみ込んで、すこしだけ表情をほころばせてから言う。

「それに、子供は寝る時間でしょ。早く部屋にもどりな」

 言われた言葉に逆らおうという気持ちなどみじんも湧かずルイーザは消え入りそうな声で「はい」と小さくつぶやくように返事をして深く頭を下げた。

「フィオナが言っていた通り素直だね。じゃあおやすみ」

 そういって彼は、そのままフィオナ様の部屋へと向かっていった。

 ノア王子殿下がいなくなって極度の緊張から解放されたルイーザは、大きなため息をついて、その場に崩れ落ちた。

 心臓がバクバクして変な汗を掻いてしまった。

 なんならついに出会ってしまったのだとフィオナ様に報告して自分の行動と彼の行動を一から十まですべて話して、粗相がなかったかどうか聞きたいような気分だった。

 しかし、ノア王子殿下は最終的にフィオナ様の部屋に入っていったのだ。

 今から添い寝をお願いしにフィオナ様の部屋にルイーザが入ることは出来ないだろう。
 
 ……って、こんな時間にフィオナ様のお部屋に行くのはどうして?

 すぐに疑問に思って思考を巡らせるとすぐに答えはわかってしまった。

 ルイーザはああして母に売り払われて以来、テリーサの隙を見て使用人に話を聞いたり物語を読んだりして、ちょっと大人な話を知っているのだ。

 それによると男の人には耐えがたい欲望があり、若い女性の体を欲しているらしい。

 そしてその欲望を満たすためなら何でもしてしまうのが男のサガという物らしいのだ。
 
 だからルイーザも売ったらお金になるのだし、きっとこんな普通ではない時間に会いに来たということはノア王子殿下にフィオナ様も……。

 ……そんな、よく考えたら私は、自分がされて嫌だったことをフィオナ様に無理やりおねだりしてしまったの?

 フィオナ様はノア王子殿下に頼ることを躊躇していた。つまりは望んでなかったのだ。でも彼は陽気にフィオナ様の元を訪れて欲望を発散しているに違いない。

 ……。

 けれども、可哀想だという気持ちとともに、理性的に他にどうにもならなかったじゃないかという気持ちもある。

 ルイーザを助けてくれたフィオナ様もルイーザに言われなくたってそうしていたかもしれないし、自分の選択の責任を自分で負う大人だといつも自称している。

 ……でもフィオナ様、子供っぽいところあるし、こうなるって知らなかったのかも。

 だとしたら可哀想だ。

 ルイーザだって、世の中の大人は皆嘘つきでルイーザをどうでもいいと思っていることを知った時、それから自分が売り払われる原因であった男性の欲望を知った時とても男の人が嫌いになった。

 あんなに逆らえない地位の人に求められて無理やりフィオナ様が汚されたらやっぱりどうしても悲しい。

 考えれば考えるほどルイーザは悲しくなってきてと、ぼとぼとお部屋に戻りベッドに入った。

 それから、目をつむって、もしどうしても嫌でフィオナ様も逃げ出したくなったと言われたら、ルイーザはそれでもいいよと優しく言ってあげようと心に決めたのだった。


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