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1 子供のくせに
しおりを挟むびりびりと音を立ててドレスが破られた。
デビュタントの為に仕立てられた繊細なつくりのそれは脆く儚く、ただの布切れになってしまう。
フィオナが好きなように生地を選んで、自分で仕立てていいと言ったのはメルヴィンなのに、こんな仕打ちがあるだろうか。
頭の中で描いていた素敵なデビュタントのイメージは儚く崩れ去って、思わず涙が出てしまった。
「お前な、そうしてすぐ泣いて、情けないと思わないのか?」
「……」
「それにこんなセンスの悪いものを隣で着られたら、俺の品格だって疑われるだろ。今年の流行は、重厚な色合いのドレスなんだから、最低限合わせて作れよ」
「……」
「たしかに俺はお前の好きにしていいと言ったぞ? ただ常識の範囲内でってわかるだろ。いつまでたっても本当に子供っぽいな、お前は」
言いながらメルヴィンは執務机から立ち上がってフィオナの方へとやってきた。
それから引き裂かれたドレスの布地を集めて泣いているフィオナの頭をぐりぐりと撫でる。
「仕方ないから俺が仕立てておいてやる。まったく……やっと成人するから自分のドレスは自分で仕立てるなんて言って、俺もお前の面倒を見る日々から解放されると思ったのに、やっぱりお前な~にもわかってない子供のままだな」
「……」
……それは、あなたから見ればそうかもしれませんけど。
考えつつフィオナはドレスを集め終わってぎゅうっと抱きしめていた。
第二王子のメルヴィンはすでに若者という歳ではない。ある程度成熟した大人で、社交界にも参加していて大人の遊びやマナーを知っている。
それに比べてフィオナは今年デビュタントを控えた、まだまだあどけなさの残る令嬢だ。
大人の女性に必要な美しく結い上げるための髪もずいぶん短く、その外見だけ見れば子供と間違えられても不思議ではない。
「まぁ、でも仕方ないな。俺が婚約者としてお前の面倒を見てやり始めてからずいぶん経つし、もう十分慣れたからな。お前みたいに察しの悪い子供っぽい奴でもちゃんと躾けて、立派な大人にしてやるから。それまでは俺に従ってればいいんだ」
メルヴィンは言いながらフィオナの顎を掬って、優しくキスを落とす。
フィオナはそうして繰り出されたいつものスキンシップに、腹の奥が煮えたぎるような感覚を覚えたけれど、顔には出せずに流れ落ちる涙を拭われるのを受け入れた。
「だからもう二度と自分でできるなんて口にするなよ。お前がそう言ったせいで、わざわざドレスを確認してやって、お前に言い聞かせる手間がかかったんだ。最低限面倒を見てもらう立場として、出来る限り俺に迷惑をかけないようにいい子で言う事を聞け、な?」
たしかに、彼にとってはそうかもしれない。
メルヴィンはいつだって正しい、選択を間違ってばかりのフィオナにメルヴィンはいつも正しい道を教えてくれる。
血筋だって尊いし、歳だって重ねている。
誰もが年上で偉い彼に従っていれば間違いないというし、そうしてつつましく愛されて生きることこそ女の喜びなのだと言い聞かされてきた。
けれども、何故なのだろう。
……なぜ、こんなにも苦しいんでしょうか。体の奥底からじりじりと焼けつくような苦しみがあるんでしょうか。
メルヴィンを見上げて、フィオナはぐっと唇を引き結んだ。
それから、顔に触れているその手から逃れるように身を引く。
「……では、いつになったら私は……自分の望むものを自分で選び取ることが出来るんでしょうか」
まっとうに彼を見つめて問いかけた。
すると今までは優しいような顔をしていた彼は、急に鬼のように顔をゆがめて、おもむろに立ち上がり、しゃがんだままのフィオナに向かって躊躇も容赦もなく蹴りを入れた。
「っ……カハッ」
「話、聞いてなかったのかよ!!?? お前が、何かすると俺に迷惑がかかるって言ってんだ!!!」
「っ、すみません」
「何もできない子供のお遊びに付き合ってやるほど暇じゃねぇんだよ!!」
「はいっ」
「俺のこと馬鹿にしてんだろ!! 生意気なんだよ子供のくせに!!」
「い、いいえ!」
怒鳴り散らす彼に、フィオナはとにかく、自分の将来について考えるのはやめて小さく蹲って、何とかその怒りを収めてもらおうと必死に言葉を紡いだ。
たしかに、フィオナは子供かもしれない。メルヴィンを怒らせるほど生意気で誰がどう見てもフィオナが悪いのかもしれない。
迷惑をかけて、面倒を見てもらってそのくせ文句ばかりつける。そんな子供は総じてこうして躾けられるのが常なのかもしれない。
……私が、全部悪いんでしょうか。上手くやれていないんでしょうか。大人になったらこんな風にメルヴィンを怒らせることもなくなるんでしょうか。
問いは次から次に浮かぶのに答えは出ない。ただ今はダンゴムシのように丸くなって己を守ることで精一杯だった。
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