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人間らしくしてくれる。5
しおりを挟むそんな久しぶりの痛みを感じながら、声を出さずに少し笑った。
……なんだ、自分で取れたのか。良かった、あの方々を恨まなくて済みそうだ。
そんな風に思って、ぐっと興奮からか肩口に爪を立てられて、肉が裂けるのを感じつつ、がっついて喉を鳴らすリヒトの背中を撫でる。
出来るだけ抵抗をしないように横になって彼の牙を受け入れる俺に、リヒトは腹にまたがって、押さえつけるようにして吸血鬼の力も使い、獲物の捕食する肉食獣のように爪を立てて俺をむさぼった。
吸血鬼の剛腕はこんな細腕でも爪を軽く立てただけで、人間の皮膚は切り裂かれ、血の匂いが充満する。
「ン、っ、ふ、……んく、っ」
首筋をなめ上げ、くくくっとたまに喉を鳴らして笑い声をあげる。相当に機嫌がいいらしい。氷のように冷たかった体も、人らしい体温を取り戻していく。
上機嫌が行き過ぎて彼は子供のように、足をぱたぱたとしてみたり、噛む場所を変えて、つぷつぷと何度を牙をさしてはぬいて、項を血まみれにして楽しんでいる様子だった。
本人が言ったように理性は軽く飛んで、非道を非道とも思わない、鬼らしい側面が前に出ている。
痛みに体が引き攣っても、それすら食事のスパイスだと言わんばかりにくすくす笑って、小さな舌で血まみれの肩筋をなめる。
それから邪魔だとばかりにシャツの襟首を引いて、俺を見上げた。
いつだかとてもリヒトが空腹だったときに、服を破られた思い出があるので俺はすぐに前のボタンをすべて外して、服を脱ごうとするがボタンをすべて外した段階で両肩を押さえられて、動きを封じられる。
血の気がもどった紅潮した頬に艶っぽい笑み、少年然としているのに、どこか危険な雰囲気を漂わせる神秘的なザクロの瞳、どれを取っても愛おしくて、理性を飛ばしていても知的な印象は変わらない事は不思議だった。
俺にまたがっているリヒトに見とれていると、彼は何をしようかと考えを巡らせながら呼吸を整えている俺の喉に触れて、しかし首を絞めるでもなく、気道を空気が通るのをゴキゲンに摩って舌なめずりをしながら、しばらく見つめた。
それからまた、先程と同じように、右側の首筋に顔をうずめて、思い切り深く、牙を突き立てる。
「グッ、っ、……」
悲鳴を喉で堪えて、その牙が肩と項の間のような部分の肉を抉り、ミチミチと音を立てて引きちぎられるのを酷い痛みと捕食音を聞きながら感じた。
「あ゛ッグ、りひとっ」
「ン、……」
体に出来るだけ力を入れて、堪えるが堪らず彼を呼びその体を掴む、しかしまったく引き離せそうにない。
返事なのか吐息なのか分からないような声が返ってきて、一度はなされ、再度、深く噛みつかれて汗がぶわっと吹き出した。
ぶちぶち、と肉が引きちぎられる音が体から直接伝わってきて、くちゃくちゃと肉を噛む音がする。
首筋は血にまみれて濡れた感覚がする。もうすでに噛まれていないはずなのに痛みがひどく、肉を食われたのだと理解した。
体を起こしたリヒトは心底おいしそうに口元を両手で押さえながら、咀嚼音を立てつつもごもごとしていた。
……こんな光景を可愛いと思うのだから自分も大概おかしい。
嬉しそうに口いっぱいにほうばっている姿は、なんとも小動物のようで愛嬌があるなんて思ってしまう。それから長い間、咀嚼してとても名残惜しそうにごくっと嚥下するのをこんなに大切に食べられるのなら悪くないな思う。
しかし、しばらく痛みに集中していれば、いつの間にかその痛みは消えて、眷属化の恩恵だと気がついて安堵する。
……こうなってなければ死んでいたな。
魔力が続く限りの無限の再生は、それに特化した不死性とあって水魔術を使うよりも効率がいいし再生が早い。先日、気場にも行ったばかりなので魔力の貯蔵も十分にある。
それに、眷属化によってもたらされる恩恵はもうひとつある。それは体のつくりが変わることによって吸血鬼の精製する毒である魅了の力が効きにくくなる。
もちろん完全に人間ではなくなったわけではないので、理性が飛びそうなほど性行為への欲求でいっぱいになるが、それでも多少、長く吸血行為を許容することが出来る。
今度はどんなことをするのかと目を開けてリヒトを見上げると、リヒトは徐に手を伸ばして俺の目元に触れる。
肉を食いちぎられたことによって生理的に流れた涙をリヒトは指の先で掬って自らの口に運び、それから悲しそうな顔をした。
「……痛かったよな。ルシアンの、こと食べてしまった」
今、気がついたみたいに呆然としながら言った。腹が満たされてやっと普通の精神状態に戻ってきたらしい。
しかし、それほど悲しむことでもないし、たしかに激痛は走ったがそれだけの事だ、傷は治るし、煽るような事を言ったのは俺だ。
「構わない。美味しかったか?」
言いながら少し肘をついて起き上がりリヒトに問いかける。そうすると彼は少し言い淀んでから、何故か恥じらうみたいにして、こそっといった。
「……お、おいし、かったかな」
「なら良かった。腹は膨れたか?」
手を引いてやると俺の上にのしかかるようにして、間近で顔を見つめる。問いかけると、リヒトは「まだ」と子供のように言って、チュッと口づけてそれから舌を絡めるようにしてキスをする。
……そういえば今まで性行為はしていたが、これはさっき初めてしたな。
口が小さくて、唇は柔らかく、その吐息は熱く、恋人同士がするような甘いキスに脳幹がしびれるような心地を覚える。
しかしちゅうちゅうと舌を吸われて、出してやるとぐっと噛まれた。
「づ、ッ、ん」
「ン、くふ。ンッ」
目を開くとリヒトはうっとりと俺を見ていて、そのままごくごくと血を啜る。思わぬ不意打ちとじんじんと広がる痛み、それから伝わってくる血の味になんとも言えない感情が沸き上がってくる。
リヒト相手でなければありえないような、こんなキスが、快感を生んで、頭の中を直接支配するみたいにじんじんと快楽に支配された思考を広げていく。
「っ、ん。……ちゅ、っ、ぅ」
深く噛んで、それから優しく舌を絡ませて吐息が混ざる。機嫌のよさそうなリヒトの笑い声と水音が頭の中で響いて抗いようがない。
瞳を開くとキスをしているのにひと時も目をつむらないリヒトと目が合って、煌々と光るその瞳がよく見えた。
細く、瑞々しい少年の体が押し付けられて、抱きしめるとリヒトも俺のシャツをぎゅっと握る。
ずっとこうしていてもいいくらい、粘膜同士で接触して睦合うのは心地よく、血を流しすぎて舌が壊死しようとも構わないと思うほどだった。
「っ、はぁ……ルシアン。……なあ、そろそろ……する、かな?」
しかしほどなくしてリヒトは離れていき、唇をぺろっと舐め取った後に起き上がる。
首の後ろのひもを布擦れの音をさせながらほどいて、申し訳程度にリヒトの陰部をかくしていた布を取りはらい、簡単に一糸まとわぬ姿になってしまう。
それに今まで、一度だってリヒトから誘ってきたことは無かったのだが、それを望んでくれているような姿に、ぞくぞくと自分の男としての欲望が駆り立てられる。
すでに熱を持って立ち上がっているリヒトの性器は、彼もこうして俺を吸血することによって快楽と興奮を覚えているのだとわかると、長らく触れ合っていなかっただけあって簡単に箍が外れてしまいそうだった。
「っ、」
ぐっと顔を歪めるとリヒトは驚いたような顔をして、心配そうにしながら俺の上から降りて、その表情を曇らせた。
「辛いかな? たくさんもらいすぎた? ルシアン」
甲斐甲斐しく心配するリヒトが、これほど俺を気遣ってくれるのも、俺たちの間に隠し事もわだかまりもなくなったからだと思うと堪らない。
こうして愛し合うことが出来てよかったと、心から思うと、どうしても沢山気持ちいいことをしてやりたいと思ってしまう。
「いや……ただ君が愛おしくて堪らなくなっただけだ」
言いながら起き上がってリヒトをベットの淵に座らせる。驚きながらも頭にクエスチョンマークを浮かべる彼に、微笑みながら自分もシャツを脱いで、ベットから降りた。
「……恥ずかしい事言うなよ、驚くだろ」
そう羞恥しながら言う彼は、やはり可愛らしくて、足をそろえて座った彼の前に膝をついて、足を割り開く。その状況に俺が意図してることが伝わったのか、さらに眉を困らせて、口を開く。
「そんなの、しなくても、適当に、挿れていい。女性じゃあるまいし」
彼のそそり立ったまだ成長途中の小さなものに口をつけて、先走りを舐めとる。そうするとリヒトは少し肩をすくめて、小さく跳ねた。
「それに、俺のせいで、辛い、よな。無理しなくても」
やんわりと俺の髪を掴んで引き離そうとするが、吸血鬼の力は使っていないようで、少年の些細な抵抗しかされずに、本当に嫌ではない事は理解できる。
「っ、……、ぁ、ル、ルシアン」
硬くなったものを口の中でなめて刺激して、手でも扱くと、名を呼ばれて視線だけ上げた。ついでに彼の片足を掴んで自身の肩にかけて後孔も触れるように少しリヒトの腰を引き寄せた。
「っつ、たぶん、ぅ。すぐ、いっくかっら、やめっ」
「そおか、……出していいぞ」
口にリヒトのものを含んだまま言葉を返すと食事中に喋ったような活舌の悪さで、しかしそのまま気にせず続ける。
男性らしい匂いと味でこういうのが好きというわけではないが、それも彼のものだと思うと嫌悪感はわかない。
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