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つかの間のまどろみ 1

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 いくばくかの時間が過ぎた。窓がないので日にちも時間もわからない。与えられた選択肢を未だに俺は選べずにいる。

 眠っているんだか起きているんだかわからないような日々が続いて、起きているときにはアリスティドがこの部屋へとくる。

 しかし眠っているときにはレジスがやってくると相場が決まっていた。

 というかそもそもこの部屋は一体何なのだろうと思う。こんな監禁専用みたいな部屋があり、第一王子がしょっちゅう出入りするなんておかしくないだろうか。

 それがおかしくないのだとしたら、この世界の王族というのも相当に闇深いのだと思う。

 外側にある普通の木の扉が開いて、それからきちんとそれが閉められてから、鉄格子扉が開かれる。その音に瞳を開けて、どちらかを確認した。

 この部屋には部屋全体に分厚いカーペットが敷き詰められているので足音では判断がつかない。少し古びたブーツを見てレジスの方だと理解した。

 こんな風に扉から入ってくるなんて珍しい、急に現れることの方が多いのに。

 そう思いながらけだるい体を動かして、両耳をふさいできつく目を閉じた。彼の話はもう聞きたくない。

 また、こうして思考を放棄していることをなじられるのだと思うと堪らなくなってしまう。

 クッションに頭をこすりつけて、この部屋での俺の定位置である、ベットのそばの壁際で小さく蹲った。

「……答えは出た? リヒト」
「……」
「子供のようにそうして蹲っていても、お前は大人だ、誰も助けになんて来ないし、そもそもお前のような人外、人間は同胞だとすら思わなない」

 耳をふさいでいても声は聞こえる。そんなことはわかっているが他人からそういわれると本当にそうなんだと思ってしまって喉が苦しい。

「っ、」
「人間ではないくせに人間のように悩んでるふりをしている、所詮はお前はそうして悩んだふりをして、いつもの自分らしい答えを出すんだろう。……見せかけの苦悩で時間を奪われ不安にされて、そのうえ命まで奪われるなんてナオが可哀想じゃないか」

 的確に、心を抉るような言葉に目が回る。この間の夢では、延々と俺の葬式を見せられた。ミラーハウスで一人ずっと歩き回って答えを探す夢も見させられた。

 精神的にどんどん削られているのは、理解できる。何かをしなければと思うけれども、なにも対抗手段がない。

 手足が震えて確かに今の俺はものすごく無様で、じゃあ、ナオを犠牲にしない選択肢をすればいいのかとも考えた。

「そんな無責任な自己犠牲で残った彼がここで幸せに生きていけると思ってるのか? リヒトはわかってるはずだナオは繊細で弱い、それを無視して自分を人間らしく見せるために利用するのか?」
「……、」

 この夢の中ではたまに考えを読まれたみたいな返事をされる。

 それも、あまり他人には言われたくない事であり、そんな風に選んだら確かにナオを利用していると言われてもおかしくない。
 
 唇が震えて、頭が重たくなった。考えたくない。言わなくていいことだってこの世にはたくさんあるだろう。

「……」
「っ、……、」

 でも、選択肢があるという事には変わりがない。

 俺かナオか、俺だってレジスにこんな風にずっとされてはたまらない、今すぐにでも逃げ出したい、それに死にたくない。怖い。

 しかし、それはあの子も同じで、俺よりも弱くて選択肢もなく、今だってきっと気がついていない。

 不安にさせてしまっているだろう。俺がこうして悩んでいる間ずっと我慢させてしまっているんだ。

 あんなに、人の事をよく考えられるいい子なのに、そんな風にしては報われない。

 家族からきっと大切にされて育ってきた、優しさを持っているのに他人から奪われるだけの人生にしてしまいたくない。ナオを生かしてやりたい。

 それでも、その自己犠牲すら俺の自己満足で、自分が人間らしくするためにそうしているのだと言われてしまうと、それも間違いではない。

 ナオがきっとこの世界で苦労するだろうこととか、帰れないという事実をそもそも受け入れられるのかとか、そういう現実的なものをまったく加味していないのが証拠だと思う。

 ……どうしたらいいのか分からない。なにをしたらいい、どうしたら俺は窒息して死なずに済む。苦しい、腹が減った。ルシアン、君なら何て言う。

「今頃、檻の中でお前を恨んでいるんだろう。離れてみてやっとリヒトの醜さに気がついたかも」

 思考に答えが返ってきて思わず、顔を上げた。

 俺のそばのベットに腰かけてこちらを覗き込んでいるレジスと目が合う。おもむろに顔を掴まれて、じっと見られた。

 それから、真顔のまま言う。

「ほら、やっぱり、弱点は簡単に反応を引き出せる。リヒトは今、私が怖くて、私に言われる言葉に嫌でも集中して、思考を繰り返すだろ」
「……?」
「なにが喜ばないだ。なにが……」

 何故だかその声音は怒気をはらんでいて、ものすごく珍しい事もあるものだと思う。レジスは神様というやつで人間らしい感情なんかないと思っていたが、怒ることは出来るらしい。

「……私はリヒトは好きだ。お前はすごく、扱いやすい。見ていて気分がいい」

 そんな風には思っていそうにない顔だったが、これは割と本音に聞こえる。そんなことが直感で分かるのは、なんだかんだ言ってレジスはここに来る前の俺によく似てるからだろうか。

「だけど、あれは何なんだ、十年以上生きているくせにあんなに花畑の頭は見たことがない。怖い思いをさせたら何も考えられなくなるくせに」

 つぶやくようにそういったレジスに、すぐに誰の事だかわかって俺を掴んでいる彼の腕を掴む。

「っ、ナオにあったのか?!何もしてないだろうなっ!!」
「……してない、ただ話をしただけ」

 その言い方から、きっと話は話でも世間話なんかではなく、彼を傷つける話をしたんだとすぐにわかる。

「っ~……」

 ぐっと腕を掴んで彼を睨んだ。彼は平然としていて、レジスは俺の首を掴んでくる。

 それに体が震えてこの夢の世界ではまったく、レジスにかなわない事は分かっていて、思わず反抗的な態度をとったが勢いを失って弱々しく口にした。

「頼む、たのむ、レジス、ナオには何もしないでくれ、ナオは、あれでいいんだ。き、っ君が嫌いでも、虐めないでやってくれな」
「……しない、お前の弱点だし。壊しはしない。お前が選択するまで」
「あ、ありがとうな、そうしてくれ」

 ぐっと手に力を入れられて、体に力が入らなくなる。

 約束はしたとしても、きっと俺が、あまりにも長い間、悩み続けたり本当の意味で思考を止めたら、容赦なくナオを追い詰めるようなことをするんだろうと思う。

 今は俺が彼の注目を引いているからこうなっているだけだ。




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