上 下
120 / 156

生きるためには 6

しおりを挟む






 そこが俺とは違った。

 俺だってそれなりに、環境には適応してきた、しかし、知ってしまえば誰のせいでもないなんて言えない、悲運を、理不尽な死を、受け入れるなんてことは俺にはできない。

「じゃあ君は俺はどうしたらいいと思ってる。そのまま死ねと?」
「言った通り、生きていてほしいと思っている。しかし、俺に変えられる環境はない」
「思考停止の脳無しの考え方だな」

 その回答を予測はしていたが、少し腹が立って、詰るようなことを言う。嘘でも、俺の為になんでもする。そういってほしかったのかもしれない。
 
 しかし、俺の言葉にルシアンは、片手を手綱から離してそしてどこを触ったらいいのか少し迷ってから俺の腹に手を回した。

「そう、怒らないでくれ。俺だってその環境の中で出来ることをして生きている。君にすべてを打ち明けることや、儀式の中断は出来ない。それをしては、自分がこうして自分でいられる環境を作ってくれた人たちに義理が立たない」

 上から降ってくる声は、少し動揺しているようで、また彼を齧りたくなった。

「しかし、自分は自分にできることと命の使いどころは、分かっているし、決めている」
「そうなのかな」

 彼が何を言いたいのかわからなくて、俺は適当に答えた。それにルシアンは「ああ」と同意して、強く俺の腹に回した腕を引き寄せて後ろから抱きしめるみたいにした。

「……リヒトに寂しい思いをさせない事だ」

 言われて、俺に向いている感情をやはり不思議に思う。

 自らの命を放り投げてやることがそんなことだなんて不思議で、しかし、その使いどころを自分に設定してくれているという所は、なんとも言えない感情がわいてきそうでならない。

 俺の事をすべてを投げうって助けるというわけでも、自己犠牲をしてでも環境を変えようとするでもないその言葉は、ルシアンらしく真面目な答えで甘くて、美味しそうだった。

「やめてくれ、命が無くなったら何の意味もないだろう。第一、そんなもの優先順位も低いしね」
「知っている。自分の考え方が君とは違って、とても非情であることもわかっている。だからこそリヒトは、本当の意味でとても……」

 言い淀んで、いうのをやめたのかと思ったがルシアンは続ける。

「とても、人間らしいと思う」
「嫌味かな」
「……違う」
「嘘だ」

 否定を否定で返して、意味が分からないと思う。人間らしいというのなら、ルシアンの方がよっぽど人間らしいじゃないかと思う。

 環境に適応しても適応できない人間のこと考えてやったり、命の使いどころが、寂しい思いをさせない事だなんて俺には理解できない。

 しかし、ふと気がついた。

 こいつは、きっと沢山持っているのに、祖父みたいな人間なんだ。

 俺からすれば祖父は、救われるべき人間だった。しかし祖父は救われようとはしなかったし、考えていることはすべて俺の主観だ。

 彼は俺に、奪われているなんて一言も言わなかった。奪われていたのではなく、ただ極限まで与え続けたのなら彼の判断だ。

「……」
「自分は、君が環境をも変えようとすることにも邪魔をしない、上手くいったらいいと思うぞ」
「協力はしなくせに都合がいいな、ルシアン」
「すまない」

 結局ルシアンは俺に謝って、不毛な話はこれ以上やめることにした。それに、俺に寂しい思いをさせない云々はどうせ彼が生きたいから言っている戯言だと思い直す。

 だって、あのときにそうして献身を示していなければ、俺は彼を殺していたのだから、結局、ルシアンは俺というどうしようもない環境に適応してそんな風に言っただけだ。

 間違っていないと思う。彼が芯をもって確固たる自分があるように俺に接して、そのうえでの選択であるように見えるのだって、気のせいだ、きっと。
 
 今はとにかく早く城へと向かって、サラに話を聞くしかない。この男がすべてを話して媚びたならそんな必要もないが、頑に話さないし、眷属の身で俺とともに死ぬのに、結局協力はしないので、仕方がない。

 ……なんとか、生贄を回避する方法をさかがないと、ナオのためにも、俺の為にも。

 そう考え無言でルシアンの走らせる馬に体を預けて、城に向かうのだった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。

キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成) エロなし。騎士×妖精 ※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。 気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。 木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。 色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。 ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。 捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。 彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。 少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──? いいねありがとうございます!励みになります。

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

【完結】僕の大事な魔王様

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。 「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」 魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。 俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/11……完結 2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位 2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位 2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位 2023/09/21……連載開始

配信ボタン切り忘れて…苦手だった歌い手に囲われました!?お、俺は彼女が欲しいかな!!

ふわりんしず。
BL
晒し系配信者が配信ボタンを切り忘れて 素の性格がリスナー全員にバレてしまう しかも苦手な歌い手に外堀を埋められて… ■ □ ■ 歌い手配信者(中身は腹黒) × 晒し系配信者(中身は不憫系男子) 保険でR15付けてます

その男、有能につき……

大和撫子
BL
 俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか? 「君、どうかしたのかい?」  その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。  黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。  彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。  だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。  大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?  更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

処理中です...