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現実味 6
しおりを挟む「見たら、思い知るよな。君自身がやろうとしてたこと、本当にそうしなくても疑似的に近い事をすればわかる、思い知ったらいい。君に俺がどんな感情を向けてしかるべきか」
「……っ、それでも、こんなことをするやつがあるか。分かっている、しっかりと、理解してる」
言いながらナイフを二人で引っ張り合いのようにして、力がかかりすぎて二人共の腕が震えてた。自らにナイフを刺そうとする俺と、それを阻止しようとするルシアン。
彼の言っていることの方が一般的には正しい、しかし、一般が当てはまらない状況だってあるだろう。それが今で、俺はどうしてもその現実味がなければ腑抜けてしまいそうだった。
「してない、分かってないよ。どうせ死にはしないんだから、な」
「そ、そういう問題ではないだろ」
「そういう問題なんだッ!」
自分には珍しく声を荒げた、それから、責めるように俺を見るルシアンを縋るように見た。
恐怖に突き動かされなければならないだろう。こんな知らない土地でいつの間にか生贄にされるところだったなんてB級ホラー映画みたいな展開、ぞっとして恐怖して、それから思い切りをつけて逃げるべきだ。
その現実味が彼といると足りなくなる。奪われないようにするための自分の戒めが消えてしまいそうになる。
「……」
「っ……」
口には出さなくても、そう訴えかけるように一歩も引かないでいると、ルシアンはぐっと眉間にしわを寄せて、それから口を開く。
「それで、君は満足するんだな?」
あきらめたようにそう言って、彼はナイフを逆手で持った。グリップの尻の部分を親指で押さえるように持って心底嫌そうに、俺の腹にナイフを当てる。
「……こうして殺すと俺は理解しているし、リヒトの言う向けて然るべき感情がどんなものかも……理解している」
言ったまま、片手で俺の腰を抱いた。ルシアンはいまだに、甘ったるいままというか、俺から見て絵空事のような情を抱いたままのように見えているのにじんと痛みが走った。
すでにナイフの切っ先が俺の腹をかすめている。
「だが、分かっていないというのなら、リヒトを殺す気でいたというのがどういうことか、わかってないというのなら……示すだけだ」
「……」
「いいんだな」
聞かれて頷いた。そうすると何故かルシアンは、俺の腹の中にナイフを突き立てながら、頬にキスをして、抱きしめるのと同じ要領で刺した。
「っ、……」
じんと、熱くて、涙が零れ落ちる。ルシアンの小さな息づかいが聞こえて、彼の握った刃物が俺の中身を切り裂いて、冷たいものが腹から下に流れていく、熱かったのは刺されてすぐだけで、それからは熱すぎて冷たいような感覚に血の気が引いていく。
体の一点が痛いというより、痛みだけしか体の感覚がないような心地だが、ルシアンの手がナイフを握り直すささいな動き、それから、自分がどんな風に腹に力を入れているのか、肉の動きがはっきりして気持ちが悪い。
刺さっているということがありありと理解できて、気を張っていれば意識をきちんと保っていられそうだけれど、なにかあればすぐに叫び声でも上げてナイフを引き抜き、患部を押さえたい衝動があった。
心臓が耳元で鳴り響いている様な心地がして、細い吐息を漏らしながら、彼を押して少し離れてルシアンを見上げた。
自分の予想……というか理想では、彼は、取り乱して、こんなはずではなかった!なんて言って、なんてことをやろうとしていたんだ、自分は!みたいなそういうイメージだった。
「……大丈夫か?リヒト、痛いだろ」
なんせ彼は、俺からみて存外真面目で優しく、普通の人間だった。
しかし、そう当たり前の事のようにルシアンはそういって、俺の腰を摩って、ナイフを動かさないまま、様子をうかがう。
その手ではナイフを他人に突き立てることが出来るのにそれと同時に、心配もできる。
それはとても不思議で、しかし、割と冷静にその手を離さずに俺を見ている彼に、妙にゾクゾクする。痛みで頭がバカになっているのかもしれない。甘ったるいだけではない、ルシアンも分かっている。こうして命をやり取りしていることをわかっている。
「っ、ひ……い、たいな」
「そうだな。抜くか?」
「く、ゆっくり」
分かっていてこうなんだ。それは、おかしなことだけど、丁寧に抜き取られるナイフの刀身を感じながら、妙な笑いがこみあげた。
こちらの世界でおっきな剣を振り回すような仕事をしている彼が、そもそもそれを分かっていないはずがなかったのだと、今更ながら理解できる。
ルシアンにとって現実的な彼の優しさも、残酷さも猟奇性も繋がっている。
「んっぐ、っ゛……ふ、ふふっ」
「……リヒト?」
ナイフを抜き取って俺の腹を圧迫して止血をするルシアンに、どうにも笑いがこみあげてくる。それに気がついてルシアンはまた困惑したように首を傾げた。
しかしそんなのはどうでもいい、元の世界とは、倫理観も道徳も違うだろう、違うからこそ別々に考えてしまうものも、ルシアンは両方を持ち合わせていて、やさしい人らしい考え方の中には、仕方ないから刺すという選択肢もある。
「っ、ふ、あはは」
「りひと?」
「ふふっ、ウン……うん、ああ、納得がいった。これは、現実味なんか感じられないな」
そして俺も、刺されて馬鹿みたいに血が出ても平気で、抜き取られれば、痛みは引いて、楽になって後を引かない。現実味なんて感じようもないのだ。
思ったことを口にだして納得する。そうだろう、人間じゃなくなったのだから死の概念だって変わってくる。
死にたくはなくても、愛も情もあるのだし、ひとつながりで存在している。
「そうか。よくわからないが、良かったな」
「ああ、ああっ。ふふっ、なあルシアン、君いいなぁ」
「やりたくてやったわけじゃないんだが」
「うん、ふふっ」
痛みはあっという間に引いたけれども、余韻として手が震える。見上げたルシアンは、仕方なさそうにこちらを見ていたが、そのまったく普通の人間じみた性格のまま、あの痛みを俺に与えた多のだと思うと、くらくらする。
そして血を流したからなのかお腹が空いてきた。
衝撃的なまでの痛みは、俺の人間らしい箍をいくつか外してしまったようで、ルシアンにとびかかるように押し倒して、彼が固い床に頭を打ち付けて、表情をゆがめるのを眺めた。
両肩を押さえてかってに起き上がらないようにして、妙に冴えすぎている視界のまま、彼を見つめていつものように聞く。
「なあ、少しひどく食べてもいいかな」
「……、……ああ、もういいのか、考え事は」
「いい、どうでもいい。今はただ、刺激的なのが楽しいから」
さしたり、吹き飛ばしたり、噛んだり、食ったりしながら、気持ちい事をして、されて、美味しく食べて、それが今の自分にはとても、心地いい。
道徳的な指標はどこかに消え去って、差し迫った危機を考えることを放棄してルシアンに言う。
彼は「そうか」といつものように返すだけで、俺が人間じみていないのも、刺された直後に今度はルシアンを食べて、セックスしようとしているのにも何も言わなない。
その許容に堪らない物を感じて、その熱狂に身を任せた。
今日は寒く、ナオは今一人で、そして、刻々と死が迫ってきているのにそれでも、愉悦に浸りたくて欲望のままに今を選択した。
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