100 / 156
現実味 2
しおりを挟むリヒトの方こそ、俺なんかよりもきっとずっとこの仕事が向いていたのではないかなんて思ってしまうほどに、迫真でそして妙になかしい。
……これでも、俺は、君に不義理を働いていないぞ。それに出来ることは出来るだけやろうと決めている、ただ、引き合いに出されているのが大きすぎるものなだけで。
「ルシアン、君の優しさが嘘だったとしても、それでも俺はうれしかった、頼む、詳細を教えてほしい」
……嘘ではない。嘘をつかなければならない場所以外は俺は一切嘘はついていない。そして、リヒトはそんな風に本音を話したりしない。
それがわからないほど、俺の目が節穴で、リヒトに対してまるでどうでもいいかのように接していたのだと思われていることが虚しく思えて、彼を見上げた。
俺が黙っていればリヒトは、露骨に舌打ちをしてそれから、その銀髪を靡かせて、すとんと座り込みらんらんと輝く瞳で、じっと俺を見る。それから、自分の腿の上に頬杖をついてパチンッと指を鳴らした。
途端、ぶんっと風切り音が聞こえて、びりびりとした痛みが耳に走る。
「っぐ、っ、」
どっと汗が出て、すぐに魔法で傷口を覆うために魔法を使うが、傷はあるが、あるはずのものがなく、歯の根が合わなくなる。
「……」
「はっ、っ~、……っ、」
リヒトは心底、冷たい瞳でこちらを見ている。それを俺は目を見開いて荒く呼吸をしながら見返した。水の魔術では、なくなった部位は修復できない。つまりは、もう二度と耳やその機能が戻ることは無いだろう。
変な耳鳴りの音がして、しかしリヒトは俺に近づいて、それから大きく口を開いて、傷口を覆っている魔法を舐めた。それから「じゃま」と短く口にする。
「っ、く……ッ」
「ルシアン、これ、じゃま」
「……はぁっ」
再度言われて魔法をといた。するとじゅっと水音が響いて、体が震える。傷口をどうやら舐められているようで、ごくごくという音が響いて一応はまだ耳が聞こえるのだということは理解ができるが、酷い痛みに頭がぐらぐらとする。
「ん、っ、くふ、ンン、ふふっ」
とても機嫌がいいようなリヒトの声が聞こえてくる。彼は俺の傷口を丹念になめとって、納得したように「うん」といい、その口に血が付いた人食いの化け物らしい要望で「もういいよ」と言いながら離れていく。
その言葉に即座に魔術を使って、水で傷口を覆う。このまま食われるのかと思ったが、そうではないらしく、彼はそのまましゃがんで俺と視線を交わす。
「黙っていたら俺が殺せないと思ってるのかな。それとも予想外の事にまったく状況がつかめていないのかな?」
そんな風に俺の事を探りながら唇についた血をなめとって、適当な笑顔を浮かべて、俺に言った。まったく違うのだが、リヒトは続ける。
「少しは現実味が出てきたかな。俺は君らの嘘を知っているし、最初からそのつもりなんだったら俺だって、そういう感じに合わせるさ。でも、ほら、ナオみたいな何も分からない子供もいるしな。あんまり殺伐としてたら可哀想だし、ここまで和やかなのは悪くはなかった」
「っ、はぁ、はっ、っ」
「でもごっこ遊びは終わりでいい。俺に人間が殺せないと思ってたら大間違いだ、ルシアン、な。もっと酷いことになる前に、話をしような」
言いながらリヒトは退屈そうに俺を見つめている。
……リヒトが人を殺せないなんて思っていないし、ごっこ遊びだったとも思ってない、ただ俺がどこかでしくじった、それだけなんだろう。
酷い痛みと、体の一部を欠損したという衝撃から、精神的にはくるものがあったが、それよりも目の前にいるリヒトの事の方がよほど重要であったため、今の自分が考えていることを言葉にした方がいいと思い、今まで閉ざしていた口を開いた。
「っ、はぁ、……、……りひと」
「なにかな」
「……、ふ、……」
呼吸を整える。俺は、たしかに二人をだましていた。しかし、対等でなかったとは思ったことは無いし、どちらが上だとか、そういうことは考えていなかった。
「殺して、かまわない……ただ言えないんだ。なにも」
「なぜかな? それにそんな言葉で君を見逃せるわけない。今まで俺たちをだましてきたんだもっと、上手くやれるよな? どうしてそうしない」
「それほど、器用に見えるか。自分が」
俺の言葉にリヒトは、少し考えて、それでもあまり納得がいかないような顔をした。
「覚悟はしていた。こうなった場合には自分はただ、君に殺されるとも理解していた。何も言えないのは、俺が裏切りたくないと思っているからだ」
「俺たちの事は裏切ってだまして殺そうとしていたのに?」
「……ああ、そうだ。だから、君との裏切りは命で贖う。食ってくれ、リヒト」
自分がしくじった時にこうなる事はわかっていた。というか、そうなってもいいと思っていた。たしかに俺は、自分の役目をはたして義理を立てなければならない。しかし、目の前にいる人間を何の代償もなしに裏切って騙すことは出来ない。
……だから君が何か、情報を手に入れていることをまだ誰にも言っていない。対等でありたいと思った俺のエゴだが、そうでもしなければ、俺は俺を見失う。
「動いてよければ、自死しよう。仕留めたければそうしていい」
「……」
覚悟を決めて接していたことを伝える。リヒトが今まで煽ったような言葉もまったくもって否定できるものではない。しかし、完璧に正しくはない。だから、これが俺の真実であり、そして、自分の思いだ。
29
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説
【完結済】(無自覚)妖精に転生した僕は、騎士の溺愛に気づかない。
キノア9g
BL
完結済。騎士エリオット視点を含め全10話(エリオット視点2話と主人公視点8話構成)
エロなし。騎士×妖精
※主人公が傷つけられるシーンがありますので、苦手な方はご注意ください。
気がつくと、僕は見知らぬ不思議な森にいた。
木や草花どれもやけに大きく見えるし、自分の体も妙に華奢だった。
色々疑問に思いながらも、1人は寂しくて人間に会うために森をさまよい歩く。
ようやく出会えた初めての人間に思わず話しかけたものの、言葉は通じず、なぜか捕らえられてしまい、無残な目に遭うことに。
捨てられ、意識が薄れる中、僕を助けてくれたのは、優しい騎士だった。
彼の献身的な看病に心が癒される僕だけれど、彼がどんな思いで僕を守っているのかは、まだ気づかないまま。
少しずつ深まっていくこの絆が、僕にどんな運命をもたらすのか──?
いいねありがとうございます!励みになります。
ずっと女の子になりたかった 男の娘の私
ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。
ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。
そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。
オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
配信ボタン切り忘れて…苦手だった歌い手に囲われました!?お、俺は彼女が欲しいかな!!
ふわりんしず。
BL
晒し系配信者が配信ボタンを切り忘れて
素の性格がリスナー全員にバレてしまう
しかも苦手な歌い手に外堀を埋められて…
■
□
■
歌い手配信者(中身は腹黒)
×
晒し系配信者(中身は不憫系男子)
保険でR15付けてます
その男、有能につき……
大和撫子
BL
俺はその日最高に落ち込んでいた。このまま死んで異世界に転生。チート能力を手に入れて最高にリア充な人生を……なんてことが現実に起こる筈もなく。奇しくもその日は俺の二十歳の誕生日だった。初めて飲む酒はヤケ酒で。簡単に酒に呑まれちまった俺はフラフラと渋谷の繁華街を彷徨い歩いた。ふと気づいたら、全く知らない路地(?)に立っていたんだ。そうだな、辺りの建物や雰囲気でいったら……ビクトリア調時代風? て、まさかなぁ。俺、さっきいつもの道を歩いていた筈だよな? どこだよ、ここ。酔いつぶれて寝ちまったのか?
「君、どうかしたのかい?」
その時、背後にフルートみたいに澄んだ柔らかい声が響いた。突然、そう話しかけてくる声に振り向いた。そこにいたのは……。
黄金の髪、真珠の肌、ピンクサファイアの唇、そして光の加減によって深紅からロイヤルブルーに変化する瞳を持った、まるで全身が宝石で出来ているような超絶美形男子だった。えーと、確か電気の光と太陽光で色が変わって見える宝石、あったような……。後で聞いたら、そんな風に光によって赤から青に変化する宝石は『ベキリーブルーガーネット』と言うらしい。何でも、翠から赤に変化するアレキサンドライトよりも非常に希少な代物だそうだ。
彼は|Radius《ラディウス》~ラテン語で「光源」の意味を持つ、|Eternal《エターナル》王家の次男らしい。何だか分からない内に彼に気に入られた俺は、エターナル王家第二王子の専属侍従として仕える事になっちまったんだ! しかもゆくゆくは執事になって欲しいんだとか。
だけど彼は第二王子。専属についている秘書を始め護衛役や美容師、マッサージ師などなど。数多く王子と密に接する男たちは沢山いる。そんな訳で、まずは見習いから、と彼らの指導のもと、仕事を覚えていく訳だけど……。皆、王子の寵愛を独占しようと日々蹴落としあって熾烈な争いは日常茶飯事だった。そんな中、得体の知れない俺が王子直々で専属侍従にする、なんていうもんだから、そいつらから様々な嫌がらせを受けたりするようになっちまって。それは日増しにエスカレートしていく。
大丈夫か? こんな「ムササビの五能」な俺……果たしてこのまま皇子の寵愛を受け続ける事が出来るんだろうか?
更には、第一王子も登場。まるで第二王子に対抗するかのように俺を引き抜こうとしてみたり、波乱の予感しかしない。どうなる? 俺?!
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる