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ルーン文字の意味 4
しおりを挟むポン、ポンッと音を鳴らして、耳心地が良い事を確認して、適当な曲を弾いた。そうすると彼はふとこちらに視線を向けて、ツカツカと歩み寄ってきて、その手で僕の手にしているハープを乱暴につかんで遠くに放り投げた。
「……」
僕は呆然としてそれを見上げる。彼は僕を見下ろして、先程よりずっと低い声でいう。
「そんな下らない事ばかりしてないで、私のいう事を聞け。頭の悪いお前みたいな人間は痛い目にあわされないと自分の立場が分からない」
怒鳴られたわけでもないのに冷たくて、底冷えするような軽蔑の声に、先程とは違って逆らえない雰囲気を感じる。僕の居場所で僕の大切な物なのにどうしてそんな風に言われなきゃいけないのだろう。
「思い出せ、お前はこちらに来て、恐ろしい目にも合って、怖がって泣いて、逃げ出したくなって、戻ることを切望している」
「……っ」
「あの時の記憶でも見るか? 初めて死にたくないと思った経験は、なによりも恐ろしいはずだ」
彼はそういって、プロジェクターみたいに、鬼族が襲来してきたときの事をありもしないはずの壁に映し出した。思い出したくもない記憶なのに、見せられるとその光景もその時の気持ちもありありと思い出せてしまって、怖くなる。
逃げ出したくて、怖くて、でもどこにも行き場がない気持ち、それでも僕の手の中には、ムーンハープが戻ってきていてそれを抱いてぎゅうっと小さく丸くなった。
分かってて怖くてどうしようもないけれども、それはもう見たくないから目を逸らした。逸らしたら見えなくなって聞こえなくなって、思い出さなくてもよくなる。
ここではそれができる。それに、そんなのよくやってきたことだった。見なくてもいいなら、目をつむっていてもいい、そう自分は生きてきた。
「なにしてる、目を開けろ、そうして目を逸らしていて、なにか見落としたらどうする? これから起こる恐ろしい事はそうしてお前が目を瞑っていたせいで起きるかもしれない」
「……」
「それにお前はこれのせいで涙を流すことも増えて、急に不安に駆られるようなことも増えた、それは根本的にはそのことを呑み込めてないからじゃないのか。いつになったらその問題を解決しようとする」
……そんなの、分かってます。分かってますから不安で怖くて、爪噛んじゃうんですもん。
でも、それってどうしようもない事で、僕にはどうにもできなくてそれならもっと他に、やることも出来ることもあると思うんです。
……他にできる安心できること。
具体的には思い浮かばなかったけれども、でも、そういうのがあれば、きっと大丈夫になると思うんです。
……安心できれば。
「……現実逃避か? それはいつか限界が来る」
「分かってます」
「じゃあなぜ、受け入れようとしない」
「それってそんなに大事ですか」
「……」
僕は顔を上げて、変わらず僕を責めてくる変な人に言う。彼は首をかしげていて、僕はそのまま続けた。
「そんなの、誰だって怖いけど、いいじゃないですか。そんなの。それより僕は、別の事が不安なんです」
「例えば、どんな」
「リシャールが僕の事嫌いなこと……とか、お兄さんが何考えてるのかわかんないこと、とか」
「それこそ、私は、些細な問題のように思う。それについてお前は、命の危機を感じるほど、恐ろしく思ったり、不安で夜も眠れなくなったりしないじゃないか」
「そうですけど、その方が大事です」
それが僕にとっての紛れもない事実であり、それの方がよっぽど重要で、それ以上に怖い事は、ないことは無いけれども、そっちの方が僕の中での悩みであるのにしっくりくる。
僕の返答に、彼は、さらに首をかしげて、目を見開く。
「頭が悪いのか、花畑なのか、いかれてるのかどれなのかわからない」
「どれでもないです。僕はただ、安心したいんですってば……怖くないのがいいです」
「なるほど、参考にしよう。……現実ではあれほど気弱なのに、夢となるとまた一風変わった印象を受けるな、お前は」
「……夢? あ、アアッ、確かに夢ですっ」
彼が、そんな風に言って、僕は今まで全く不思議に思っていなかったこの空間の正体を知らされて、ポンと手を打って納得した。それから、確かにこんなこと現実では言えないかとも思う。
……いつも、途中で折れちゃいますもんね。
だから、伝えられない。僕は弱くて、だいぶ繊細なのでそれも仕方がないけれど。
それでも、僕の本音はいつだって同じで変わっていないと思う。怖くてどうしようもない現実があんまり好きではないけれども、毎日目を覚まして一日ずつ進んでいくしかない。
「今日はこのぐらいでいい。また会おうナオ」
「……? は、ハイ。また……」
彼に応えると、急速に意識が重たくなってぼんやりしてくる。結局、彼は誰だったのだろうという謎とともに、真っ暗な星空だけの場所は消えてすっかり眠りに落ちてしまった。
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