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夜の静けさの中で 1
しおりを挟む泉へと出発してから三日目。大きくて休むところのある馬車なので、あまり疲弊することなく、それなりにゆっくりと浄化の泉へと向かっていた。
初めて乗った時に驚いたが、きっとこの世界の要人が旅をするときの為に作られているものだと思う。
都内の一人暮らしようの部屋ぐらいは大きくて多少揺れるけれども、カーテンで俺の寝る場所と、ナオの場所は分けられている。そしてそれぞれ窓がついているので解放感について問題もない。
それに昼間は、カーテンを上げて、四人で顔を突き合わせて話をしたり、窓から見える街並みで気になるところを聞いたりしながら、ここ三日過ごしている。
ナオは、外出によって少しは気分転換になっているようで、彼の癖もなりを潜めていた。
リシャールと一緒に窓の外を眺めて異世界を堪能している彼をみつつ、揺れのせいでいつもよりひどい出来のコーヒーを飲んで、隣にいるルシアンを見た。
いつものように部屋の端に立って俺を監視する必要がないからか、ルシアンは、少し眠たそうにしながら、魔法で出した水の形を変幻自在に変えて、何やら幾何学模様を水に映し出している。
「……それは何をしてるのかな」
「……! 自分に声を掛けたか?」
俺の声に暫く反応を示さずにいて、それからはっと気が付いたようにルシアンは俺の方を向いた。その通りだと頷くとルシアンは、目頭をぐっと押さえてそれから、きつく目を閉じた後にぱっと開いて俺に言う。
「すまない、なんて言ったか教えてほしい」
「……その、魔法、何の意味があるのかな」
その間にも雪の結晶とも取れる様な不思議な形を水で描いていて、俺は指をさしていう。
するとルシアンは、目の前のそれを俺の方へと持ってきて、小さな水でできた子猫の形へと変えて、俺の膝の上で可愛く猫が動きにゃーんと鳴く仕草をした。
もちろん、その仕草だけで音は出ていないし、猫は可愛いが水が透き通っていて撫でてやるとフワフワというよりぷよぷよしていて不思議な感触をしていた。
「考え事をしながら魔術を使っていただけなんだ。変な形になったりするがあまり意味はない。それよりこの魔法を見てくれ、可愛いだろ?」
ルシアンが言うと俺の膝の上に乗っていた子猫は、なにもない場所を階段を上るみたいな仕草をしながら段々と上がっていき最終的には俺の肩に乗った。
「……子供受けしそうだな」
「ああ、子供は動物が大好きだからな、今度里帰りした時に、披露するつもりだ」
可愛いだろうと言われて、なんとなくそのまま可愛いと肯定するのが気恥ずかしくてそう言ったが、ルシアンは端からそのつもりだったらしく、俺の言葉に頷く。
彼は、良い稼ぎ頭だろうし、きっと仕送りなんかもきちんとしているんじゃないかと思う。それに帰ってくるときには子供受けする手土産も持ってくるなんてなんて優良物件なのだろう。
きっと元の世界でこんな男がいたら、女性が入れ食い状態になるに違いない。
「……他にも何か作れるのかな」
「よく観察したことがあれば何でもできるぞ。……例えば……」
俺がそう聞けば、彼は簡単にその猫を蝶に変えて、鳥に変える、それはとても不思議で、それでも俺の魔法とは大違いだ、なんて考えてそれから自嘲気味に笑った。
「ふっ、君の魔法は君らしくていいな」
「いや、少し待ってくれ、もっと出来るんだ」
そういってルシアンは難しい顔をしながら、魔術に集中する。なにができるのか全く分からなかったが、コーヒーを少し飲んでから彼を見ていると水の生き物たちが集合してそれから一枚のお盆のようになってそれが洋風な豪華なお盆になる。
もちろん透き通ったままだ。
「……皿?それかトレーかな?」
馬車が、ガタゴト揺れて、俺たちも小さく揺れるのにそのトレーは空中に浮遊したまま動かない、しかししばらくすると、くるっと回転して、縦になり皿など物を乗せるものではないとわかる。
それからふと、その水の揺らめきが消えて、俺の姿を映し出した。
それは水鏡という物だろう。この世界にも鏡は存在している。しかし、高級品らしくあまり大きなものは召喚者塔には置かれていなかった。
こうして胸元まで映す鏡はきっと貴重なのだろう。
「こんなに綺麗に映るものなんだね」
「……色々と条件がいるが、これはさすがにツールにでもしてみようかと思っているぐらい渾身の魔法だ」
彼は少し自慢げに俺の事を見て、笑みを見せる。彼も何日もずっと塔の中で過ごすよりも、こうして移動している方が楽しいのだろう。いつもよりも生き生きとしている気がしたが、妙な明るさというか、そういうものを若干感じるような気がする。
……気のせいだったらいいんだけどな……。
そうでは無ければ、何か落ち込むようなことがあったのかもしれないなと、考えてから、そのケアをしてやるほど俺は彼と近しくないか、と結論付けて、水鏡を見る。
少し前に見た不思議な夢、いつかまたあれの続きを見ることになると思うし、彼にもきっと会う時が来るのだと思うが、正直、会いたくはなかった。あんな風に自分の心を無理やり見せられるようなのは疲れるだけでいいことなど一つもない。
それに土足で入ってきて、踏みにじられるというのは堪えるものがある。
けれども出来るだけ会いたくないとは思うのに、なぜそうなのか、彼が誰なのか、どういう事を言っていたのか具体的には思いだせない。
ただ、俺の顔をしていたという事は、いま鏡をみて漠然と思いだした。
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