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渇き 2

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 ……今、考えたこと全部前言撤回!僕だって、リシャールがどう思ってようとどうでもいいですもん!

「じゃ、じゃあ、ゲーム、したいですっ」
「そっか、チェス?トランプ?他に何かあるっけ」
「RPGがいいです。そ、それかスマホゲーム!パズルのは嫌です」
「……こっちにはないものだよね。聞き取れないよ」
「だって、リシャールには、関係ありませんもん。ぼぼ、僕がなにしたくてもっ」

 僕がそういうとリシャールは少し目を見開いて、それからポリポリと耳の後ろを掻いた。そんな仕草をされても、態度を変えるつもりは無いし、それにリシャールに用意ができない物なのは理解はしている。

 それでも急に突き放された僕のささやかな抵抗だ。それにどうせこの後、機嫌なんてすぐに直るので放っておいてくれても構わない。

「……ナオくん。拗ねてる?」

 ……その通りですけど、拗ねてる人にそう聞くのは逆効果だと思いますよ。

「…………」
「……はあ、困ったね。……なにに怒ってるのかわからないけど…………ふふっ、かわいい」

 そう言いながらリシャールは無視を決め込む僕の頬を人差し指でつついて、声を上げて笑う。ゆったりとして控えめな笑い声は、とても優しそうに響くのに、怒っているボクの事を全く馬鹿にしている。

 ……これでも割と、本当に不機嫌なんですけど。

 それなのに、揶揄われているようなことを言われて顔が熱くなっていく。

「ナオくん、こっちでも出来そうな君の好きなことは無いの?」
「……」
「無いなら、刺繍でいい? 俺、得意だから教えてあげるよ」

 突然そう宣言されて「エッ」っと声を上げてしまった。彼はこんななりをしていて、確かにとてもよくボクの事を気遣ってくれてすごいななんて思っていたが、趣味として一番にあげるのが刺繍とは意外というか、びっくりだ。

 そんな僕の反応にリシャールは「やっとこっち向いた」と笑って、自分のシャツの腕の裾を引っ張り出して、僕に見せてくれる。

「ほらこれ、自分でやったんだよ。女性主人の側近もやっていたことがあったから、色々出来るし、編み物や刺繍なんかは、やってみると楽しいものだよ」
「…………すごい。……かっこいい」

 彼の袖には、ワンポイントでお洒落な柄が金色の糸で刺繍されていて、趣味としては男性らしくはなくても、かっこよくてお洒落な物だった。

 それに、こんな見た目をしていてもリシャールはやっぱりまめで、どこか柔らかい雰囲気を持っていて、親しみやすいような気もする。

 しかしたまに毒づく、それさえなければと思うが絶対意図的なので僕に気に入らないところでもあるのだと思う。

 けれど、そんな様々な感情を忘れてしまうくらいには、完成度が高くて女性みたいな趣味をまったく恥ずかしがらずに言う彼に、僕はいいなと思ってしまった。

「そう? ……ナオくんは素直でいい子だね」
「コ、子ども扱いやめてください」
「子供だよ。小さいし」
「っう」

 そういってリシャールは、僕の頭をポンと撫でる。そんなに撫でやすい位置にあるとは思えないんだけれど割と彼はしょっちゅうそうするのだ。

 生理的に無理だとか、嫌だとかそういう事は思わないけれども、大きな手が自分に迫ってきて頭を撫でられると割と驚く。びっくりして声が出てしまうのだ。

 ……それに、やっぱり子供扱いは恥ずかしいっていうか。

「それでどうするの、ナオくん。やりたいことは見つからなさそう?」

 言われて、趣味の話だったことを思い出す。今の刺繍を見て、正直リシャールとちくちくママ友の集まりみたいにパッチワークをしたり編み物をしたりして過ごすのも楽しそうだけど、やりたいことがないわけではないのだ。

「……ア、エエト、そのっですね」
「うん、急がなくていいよ」
「……、……は、い」

 僕が口にしようと頑張っていると、彼はそう言ってくれてジンと心があったかくなって、彼なら笑ったりしないかと思えて目を合わせた。

「が、楽器を、昔からやって、見たくて」
「うん。用意するよ。どんなのがいい?」
「ふ、吹くやつじゃなくて、はじくやつがいいです」
「分かった」

 こちらの世界に前の世界と同じ楽器がない可能性があったので、ある程度の範囲で要望を伝えて後はリシャールに任せることにする。

 ……僕、音痴だし、手先も器用じゃないけど、あれならはじけば音が鳴るし、それにきっと楽しいと思う。

 昔にピアノ教室に通わされていたこともあるし、楽譜がなくても簡単な曲なら前の世界の曲を演奏できるかもしれない。出来ればきっと寂しさも和らぐ。
 
 それに、こんな趣味女々しいって言われると思って、誰にもやってみたいことを言えなかった。だから今ここでやろうという決断ができるとは思って居なかった。

 そう考えるとやっぱりそれは、リシャールのおかげ……。

「いいね。ナオくんぽくて」
「……僕っぽい?」
「うん。育ちがいいお坊ちゃんって感じがする」

 ……前言撤回。絶対リシャールのおかげじゃないし、僕は僕であるし、お坊ちゃまなんかでは決してないです。決して。



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